憂い無し
「終わった……かな」
ルリは亡骸となったネメシスを見てそう呟いたあと、一度溜め息を吐き。
「さて……と」
ルリはくるりと後ろに振り返り、未だ拘束されているナンシー達を見た。
「とりあえず拘束からの解除はしてあげる……けど、それ以上はしないよ。その方が良いでしょ?」
「ええ。でも、その前にひとつ、貴女に言っておくことがあるわ」
「……何かな?」
どうせ悪態をつかれるのだろう。ルリはそう思っていた。だが、ルリの予想とは裏腹に、ナンシーは唯一自由に動かせる頭を下げ。
「――ごめんなさい、今までの発言は全て撤回するわ」
ルリに謝罪をした。
「……え?」
「許してほしい……なんて言わないわ。でも、ただ謝りたかったの……」
「どうして……?」
「立ち向かう勇気、どんなときでも諦めない心、全てが勇者に相応しいものだったわ……。そして何より……」
ナンシーはルリの後ろを見て。
「初代のご先祖様が貴女を認めなさってるのに、それを私が否定することなんて出来ないわ、それこそ冒涜よ……」
「???」
ルリはナンシーが言ってることがわからない様子だったが、とりあえずは認められたということが理解できたようで、笑みを浮かべた。
「そっか……。ありがとう、ナンシーさん」
「……私が言うのもなんだけれど、よく今まで酷い扱いを受けていた人に礼を言えるわね……」
呆れたような顔をするナンシーをよそに、ルリはナンシーや、その息子達を拘束していたものを、彼らを傷つけないように剣で破壊していった。
そして全員の拘束を解いたあと、改めてルリはナンシーとその息子たちを見て、体調が悪そうな者や、傷を負っている者が居ないのを確認した後。
「じゃ、大丈夫そうだし。僕はもう行くね」
そう言ってルリは振り返り、洞窟の外へと向かい始めた。
「待って」
「え?」
だが、ナンシーの呼び止める声に、一度踵を返したルリが、再び彼女達の方を向くと、何やら申し訳なさそうな顔をしたナンシーの息子達が、横一列に並んでいた。
「この子達、貴女に言いたいことがあるらしいの。良ければ聞いてあげてくれないかしら?」
「言いたい……こと?」
なんだろう。そうルリが思っていると、息子達は一斉に頭を下げた。
「「「「今までのこと……本当にすみませんでした!!」」」」
突然謝られたことにより、ルリは少し動揺したが、すぐに冷静になり。
「別に大丈夫だよ。気にしないで?」
もう気にしていないのは本当のことなのでそう言ったが、息子達はその発言にすぐには納得しなかった。
「貴女が気にしていなくても僕らが気にするんだ!」
「そうだ、私たちは貴女の命をも狙ってしまったんだ、何もせずに許して貰おうとは思わない」
「その通りだ。だから何かの形で俺たちに責任を取らせてくれ」
「何でも言ってほしい。出来ることなら何でもするよ」
「いや、その、えーっと……」
ナンシーの息子達による押しの強い謝罪に、ルリは困って、それを表すかのように人差し指で頬を掻いた。
「そんなこと言われてもなぁ……さっきも言ったけど僕は別に気にしてないよ?」
「だ、だけどそれじゃ――」
「とにかく、僕は気にしてないったら気にしてないの。だから、貴方たちも気にしちゃ駄目! ……ね?」
最後にウィンクしながら、ナンシーの息子達にそう伝えると、息子達は全員顔を赤く染めて、視線をルリからそらした。
彼らが目をそらして反論しなくなったのを、ルリはナンシーの息子達が自分の発言に納得したと判断して、踵を返した。
「それじゃ、僕は行くね」
「えっ――?」
息子の一人が疑問の声を上げたがもう遅い。ルリはすでに洞窟の外へと走り出しており、すでに彼らの声はルリに届きそうもなかった。
呆然とする息子達をよそに、ナンシーは、ルリの去っていった方を眺めながら呟いた。
「ルミネ・リスナー……本当にごめんなさい。そして、ありがとう」
――――――――――――――
ほぼ同時刻、俺は未だにモモガロス達と格闘を繰り広げていた。
と言っても、自分で言うのも何だが、かなり健闘したと思う。
何故なら、合計8匹ほど居たモモガロス達を、残り一体まで減らしたからだ。
と言っても、俺はただ逃げていただけで、勝手にモモガロス達が数を減らしていっただけだ。
つまり、どう考えてもモモガロス達が俺の追跡を諦めただけである。
だが、この最後の一頭は中々諦めてくれない。よほど飢えているのだろうか。
逃げながらも、首だけでチラッと後ろを振り向いてみると
「グジュルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
目を充血させ、2mほどの舌の出してヨダレを垂らしながら追いかけてきているモモガロスが居た。
いや、あれ最早別個体だろ。さっきまで一緒に追いかけてきてた他の7頭と色々と違すぎるだろ。主に狂気性的な意味で
「グジュタョヌメュギジャアァァァァァァ!!」
どうやって発音してんだお前。そしてそろそろ諦めてくれよ。
「グボォッ!!」
何かを吐き出したかのような声に、再び後ろを振り返ると、何やら見た目だけでもネバネバしているとわかるような液体がこちらに射出されていた。
「危なっ!?」
俺は寸前でそれを回避すると、そのネバネバな液体は、偶然目の前に出てきたモモガロスに命中した。
「グギュルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?!!!?」
モモガロスはそのまま吹き飛ばされ、木にぶつかると、ネバネバな液体により、木に固定された。
モモガロスはなんとか脱出しようとしているようだが、むしろ暴れれば暴れるほどネバネバが絡まるようで、ついには指一本動かなくなった。
モモガロスは脱出を諦めたのである。
俺を追ってきていたモモガロス(?)は、ネバネバに捕まったモモガロスに近き、顎からバキバキッという音が聞こえたかと思うと、口が自身の体の大きさの2倍ほどに開き、木とネバネバごと、モモガロスを丸のみした。
「……ゲプ」
「やっぱお前別個体だろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
涙目で俺はその場を全力で離れた。
あのキチガイモモガロスは、諦めたのかわからないが、それ以上、追ってくることはなかった。
「……はぁ……はぁ……なんとか逃げ切れた……」
肩で息を吐きながら休憩していたそのときだった。
「アル!!」
顔を上げると、ルリが洞窟内から出てきていた。どうやら逃げている間にここまで戻ってきたようだ。
「ルリ、無事だったのか! どうだったんだ?」
「うん! 全部解決したよ! これで大丈夫!」
ルリは満面の笑みでそう言ったあと、キョロキョロと周りを見渡した。
「あっ! モモガロスが全部居なくなってる! アル、倒したんだね!」
「え? あ、それは……」
正直に逃げていたことを話そう、そう思ってルリの顔を見た俺は、ひとつの事に気がついた。
「……? ルリ、少しスッキリしたか?」
「え?」
「なんつーか、表情が少し軽くなってる気がしてさ。何かあったのか?」
「ふふっ、言ったでしょ? ″全部″解決した……って」
全部? ……ああ、なるほど。
「……そっか、良かったな」
何があったのかはわからないが、きっと親族とのいざこざも一緒に解決したのだろう。
「うん! じゃあ、私たちもそろそろ帰ろっか」
「おう。……………………ん?」
今、何かおかしくなかったか?
「なぁ、ルリ、今――」
「大丈夫、今さら慣れたことを変えるつもりはないよ。これからも僕は僕のままだから安心して。それじゃ、行こっか」
俺の言葉に被せるようにそう言うと、ルリは歩きだした。
「あ、ああ……」
何だが釈然としないが、ルリが安心しろというのなら大丈夫なのだろう。
俺は特に気にせずにルリの後を着いていった。
ちなみに、余談ではあるが、王都に戻ってからというもの、ルリに4通の手紙が定期的に届くようになったのはまた別のお話。