飾らない自分
「さて、そろそろ依代になっていただく覚悟は出来たでしょうか?」
ルリはボロボロになり、床に這いつくばりながらも、反抗の意思を宿した瞳でネメシスを睨んだ。
「おやおや? この状況でまだそんな目をしているのですか。もう貴女には先程の力を使う余力は残っていないのでしょう?」
「そうだね……、もう全然体に力が入らないよ……。でも……」
そう言って、ルリは地に触れた手に力を入れ、体を支えることにより、なんとか立ち上がった。
だが、ルリはフラフラの状態であり、またいつ倒れてもおかしくはなかった。
「貴女……どうしてそこまで……」
これまで一言も喋らなかったナンシーが、ルリの立ち上がったのを見て、驚きながらも話しかけた。
ルリはその声に振り向くと、
「だって……この程度のことで諦めたらさ……ご先祖様やお母さんに怒られちゃうよ……」
「でも、もう無理よ!! だって、貴女はそんなにボロボロなのよ!? 私や息子たちもこの有り様……貴女一人で何が出来るっていうの!?」
「うん、確かに……、僕一人じゃ、今までなんにも出来なかった……けどね……」
ルリは再び前を向くと、ネメシスを見据えた。
「僕には支えてくれた人が居た。 お母さん、お父さん、ヘレンさんにファルちゃん。そして……アル。皆が支えてくれたから、やってこれたんだよ。だから……僕はその人達が笑って暮らせる世界にするためにも……諦めたくない!!」
ルリの言葉に、ネメシスは無意識のうちに拍手を送っていた。
「素晴らしい! この絶望的状況でまだ信念を失わずに強く在れるとは! まさに勇者たるものの凛としたお姿でございます!!」
ルリはネメシスの言葉と拍手を聞き流して、瞳を閉じた。
(でも……やっぱり……僕は一人じゃ無力なんだよ……だから――)
ルリが瞳を閉じたとき今まで支えてくれて居た人達の姿が、脳裏に鮮明な形で浮かび上がってきた。
自分を受け入れてくれたアル、ヘレン、ファル。彼らにとっては普通のことだったのだが、ルリにとってはとても嬉しかった。親族から迫害され続けた彼女にとっては、ただそれだけで救われたのだ。
そして、ルリの父、母。
親族が揃いも揃って自分を迫害している中、二人だけはいつも優しくしてくれた。女として生まれた自分を認めていてくれた。
『ルリ、父さんはルリが生まれてきてくれただけで嬉しいんだ。女とか男とか、そんなの関係が無いさ』
これはルリの今は亡き父の言葉、まだルリが幼い頃に頭を撫でながら言ったこの言葉は、どれだけ彼女を救ったことだろうか。
『ルリ、男っぽく演じる必要なんてないわ。貴女は貴女らしく生きればいいの。自分を飾り続けてなんかいたら、いつまで経っても強くなれないわよ? 女であることを……誇りなさい。……大丈夫。きっと皆、貴女を認めてくれるから。』
これは、ルリが旅に出る前に彼女の母がかけた言葉だ。彼女の母の言葉は的を居ており、皆、ルリの事を認めてくれた。
だから、
「皆、お願い……僕に――!」
そこまで言って、ルリは言葉を止めた。
(いや、そうじゃないよね)
ルリは一人頷くと、再び口を開いた。
「お願い、″私″に――力を貸して!!」
その直後だった。彼女の体が先程よりも強い光に包まれ始めたのは。
「これは……中々大変なことになりましたねぇ……。こうなれば……目覚める前に……!」
ネメシスは自身が出せる最高速度でルリに飛び付くと、彼女を貫かんとして手を突き出した。
だが、ネメシスが手を突き出した先にあったのはただの白い光の集合体であり、ネメシスが突きを出したことにより、それは霧散した。
「しまっ――」
ネメシスは気づくのが遅かった。何故なら、すでにネメシスの体は背後に立つ少女の剣の餌食になっていたのだから。
「ぬはっ!?」
背後から背中を切り裂かれたネメシスは、堪らずその場に倒れこんだ。
「ぐ……ぅぅぅぅぅ! こちらは老人なのですから、もう少し手加減をしていただいてもよいのではないですかな……?」
「君みたいな人に手加減するほど、私は優しくないの」
言いながら、ルリが剣を上にあげた、そのときだった。ナンシーには、ルリの背後に白い光に包まれた一人の男の姿が見えた。
(あれは……まさか――)
その姿は、ナンシーがまばたきした瞬間には消えてしまっていた。それでも、ナンシーは確かにその姿を見た。
そして、ネメシスはただただルリの振り上げた剣を見て、安らかな表情をしていた。
「お願いします……コイツを……いや、私を……止めてください……」
ネメシスの発したその言葉に、ルリは初めてネメシスの人間らしい一面を見たような気がした。
「安心して、すぐに終わらせるから。――じゃあね、ネメシスさん」
そう言って、ルリは剣を振り下ろした。
それによりネメシスは絶命し、辺りには鮮血が散ったのだった。