おまけ
*おまけ*
とある組織の情報屋ワタリガラスは、話題に上がっていた白百合の君と呼ばれるオリガの屋敷の、弟デニスの部屋にいた。
「これ、うまいなあ」
高級菓子店から取り寄せた高いお菓子を、まるで駄菓子でも食べるようにむしゃむしゃと食べ続けている。
「うまい、うまい」
テーブルの上には紅茶と珈琲の両方が置かれ、何種類もの高級菓子が木の椀に山のように盛られている。
その部屋の主であるデニスは高級菓子にもお茶にも目もくれず、黙々と作業に没頭している。
大きな木の椀に山ほど入っていた高級菓子をすべて食べ終えたワタリガラスは、別のお菓子に手を伸ばそうとして、デニスのことに気が付いた。
「お前、さっきから何してんの?」
ワタリガラスが覗き込むと、デニスのそばには大量の武器が置いてある。
銃も遠距離用から近距離用まで十数種類のものがあるし、ナイフや爆薬やその銃弾も山ほど置いてある。
姉オリガとは血の繋がらない弟デニスは、組織では白犬と呼ばれ、財閥総帥一家の護衛を任されている。
ワタリガラスはその武器のあまりの多さに驚き、デニスに恐る恐る尋ねる。
「白犬お前、今度は軍隊でも相手にするつもりなの? 今回の任務は何なの?」
白犬と呼ばれたデニスは、ワタリガラスをゆっくりと振り返る。
その両目には静かな怒りが宿っている。
「違う、これは僕個人の問題だ」
弟は冷たく答える。
「何? じゃあどうしてこんなに沢山の武器弾薬が必要になってくるんだ? お前の問題っていったい」
ワタリガラスが問うと、デニスは元の作業に戻る。
「姉さんに悪い虫がついた。だからその虫を駆除しなくてはならない。その処理に必要な武器を用意した。近々そいつを標的にするつもりだ」
銃や弾薬を入念に手入れしながら、デニスは淡々と答える。
標的、という物騒な単語を聞いて、ワタリガラスは冷や汗を流す。
情報屋のワタリガラスはデニスの話を聞いて、その悪い虫とやらの正体がすぐにわかった。
眉をひそめ、デニスの方に身を乗り出す。
「お前、その悪い虫ってあのアレクセイ・ユスポフだろ。あいつはお前の姉ちゃんの従兄弟だろう。そいつがお前の姉ちゃんに何したって言うんだ。お前の守るべき財閥関係者を標的にするつもりか。組織の命令を無視するつもりか?」
ワタリガラスとしては珍しくデニスを心配している。
親切のつもりでデニスに忠告する。
デニスは銃を手入れする手を止めない。
「大丈夫だ。少し痛い目に遭ってもらうだけだ。姉さんの前からいなくなってもらうだけだ。大丈夫だ。何も問題ない」
デニスの目は真剣だった。
ワタリガラスはぞっとして震え上がる。
「ちょ、ちょっと待て、白犬。それはやばいって。財閥関係者に手を出したら、ボスからどんなお咎めを受けるかわかったものじゃないぞ。下手したら命令違反で、お前が処罰されることになるかもしれないんだぞ?」
ワタリガラスが言っても、デニスはまったく意に介さない。
同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫だ。問題ないさ。これもすべて姉さんを守るためだ。姉さんの身が安全であればそれでいいんだ。悪い虫は駆除しなければいけない。姉さんの身は守らなければいけない」
「そ、そういう問題じゃないだろ! お前の任務はあくまでも財閥総帥一家の身の安全を確保することが第一で、財閥関係者も守らないといけないだろう。お前がわざわざ財閥の火種になってどうするんだよ! お前、あの策士のアレクセイ・ユスポフに喧嘩を売って、ただですむと思ってるのか? 下手したらお前の命が危ないだろう!」
その後、ワタリガラスは言葉を尽くして粘り強くデニスを説得する。
その説得が功を奏し、渋々ながらデニスも一時は諦めてくれたようだった。
しかし姉オリガに何かあるごとにぼやく。
「やっぱりあの時、駆除しておけば良かった」
そうぼやく時のデニスの瞳は真剣そのもので、ワタリガラスは最早何を言っても仕方がないと諦めていた。
「お前の姉ちゃん好きには、あえて何も言わないけどさ。組織の命令に逆らうのだけは止めてくれよ。下手したら俺まで巻き添えを食うから」
ワタリガラスは人知れず溜息を吐いた。
無論、その言葉はデニスの耳には届いていなかった。