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あるクラブで

「残念だったな。白百合の君はおれに気があるんだ。お前は諦めて他の女を探してくれ」

 青年はビリヤードの台に向かい、太った友人に向かってそう宣言した。

 その一言に、クラブに集まっていた他の友人達は絶句し、ある友人などは盛大に酒を拭き出した。

「ど、どうしてそうなるんだよ! 白百合の君に先に声を掛けたのは、ぼくの方だぞ?」

 太った友人は顔を真っ赤にして怒鳴る。

 青年は友人の怒りを気にした様子も無く上機嫌に笑っている。

「仕方がないだろう。こういうのは順番じゃないからな。何と言ってもオリガはおれのことを愛しているんだから」

 玉を棒で打とうとした青年に、太った友人が詰め寄る。

「な、何だよ、それ! オリガさんがアレクセイのことを好きだなんて、社交界ではちっとも噂になっていないぞ? むしろアレクセイがオリガさんに付きまとって迷惑していると噂になっているくらいなのに。愛してるだなんて、その話はどこから出てきた話なんだよ! 嘘を言うな!」

 青年は太った友人の怒鳴り声に耳を貸さず、友人を憐れむように見つめている。

「オリガはおれの従兄弟だからなあ。お前にはわからないだろうが、親戚同士色々と親身に付き合うこともあるんだよ。この前だって、オリガには親身になって看病してもらったし、その前の夜会の時もそうだったからね」

 青年は顔をほころばせる。

 気持ち悪いくらいに頬が緩んでいる。

 カウンターで酒を飲んでいた友人たちは、冷めた目付きでそのやり取りを見守っている。

 小声でささやき合う。

「なあ、アレクセイの話、本当だと思うか?」

「あいつの愛してる云々の話は、本当かどうか怪しいからなあ」

「アレクセイも立ち直りが早いなあ。この前手酷く振られたばかりなのにねえ」

 三人の友人はグラスを片手に、青年のやり取りをつまみに酒を飲みかわしている。

 ビリヤード台のそばの太った友人が、顔を真っ赤にして怒鳴ている。

「彼女が看病してくれたからって、それは親しいことにならないんだぞ? それならぼくだって、ダイエットのための良いスポーツジムを紹介してもらったし、スポーツ用品の売っているお店だって教えてもらったさ」

 カウンターにいた友人たちは、口には出さなかったが、目線でお互いの意志を伝え合う。

(それはお前があまりにも太ってるからだろう)

(オリガ嬢じゃなくても、あれだけ長話されれば誰だって紹介するよ)

(それって、ただの友人だよなあ。まったく脈は無いんじゃないのか?)

 三人の口から一斉に溜息が漏れる。太った友人に同情する。

 一方の青年は太った友人に憐みの目を向け、ぽんと肩を叩く。

「そんなことは関係ないさ。オリガとおれは愛し合っている。オリガとおれと結ばれる運命にあるんだ。お前には悪いが、オリガのことは諦めてくれ。お前には他に良い女性がきっといるはずさ」

「何がどうしてオリガさんがお前を愛するって言うんだ? アレクセイの話は説明になってないよ!」

 太った友人は尚も食い下がる。

 そんなやり取りを、友人三人は酒を片手に見守っている。

「どっちに懸ける?」

「俺はアレクセイになびく方に」

「じゃあオレは両方振られる方に」

 青年と太った友人は自分達が賭けの対象になっているとも知らず、まだ言い争っている。

「とにかく、ぼくはお前がオリガさんと愛し合っているなんて、信じないんだからな!」

「そうは言っても、オリガとおれが親しい間柄なのは、秘密のことだからなあ。世間に公表するのは結婚を前提にした婚約発表の段階になってからだろう? その頃には、オリガと俺とは周囲も羨むような間柄になってるだろうからなあ」

 相変わらず青年は上機嫌で話し続ける。

 太った友人に首根っこを捕まれ、がくがくと揺さぶられてもそれは変わらない。

 しかし友人たちは普段の青年が恋多きことを知っているため、すぐには信じられない様子だった。

「オリガ嬢がアレクセイのことを好きだなんて、果たして本当のことかなぁ?」

 青年の言葉に、カウンターの友人は疑問を差し挟む。

「やっぱり俺、両方振られる方に賭けるわ」

「あ、じゃあ、僕も両方振られる方に」

 すると最初に両方振られる、と提案した友人が困ったように言う。

「全員同じじゃ、賭けにならないだろう?」

「それはそうだけどさあ」

「あのアレクセイのことだから、どうせ振られるに決まってるさ」

 カウンターにいる三人はそろって苦笑いを浮かべている。

「それに、あのアレクセイのことだからな。たとえオリガ嬢に振られても、また次の恋を探すだろうさ」

 三人はお互いに顔を見合わせ、持っていたグラスを打ち鳴らした。

 かちんと甲高い音が響く。

「「「アレクセイが新たな恋を見つけたことに、乾杯」」」

 友人三人はお互いに笑い合ってグラスに口をつける。

 ビリヤード台の前では、青年と太った友人がまだ言い争っている。

「アレクセイの言うことなんて、信じられるか!」

「やれやれ、男の嫉妬は醜いぞ。お前もいい加減オリガのことは諦めろ。おれがオリガ幸せにしてやるから」

「オリガさんは親切でお前に付き合ってるだけだ! お前に気があるなんて嘘だ!」

「ほら、またそう言って真実を見ようとしない。いい加減現実を見ろよ」

「証拠を見せろ、証拠を!」

「今のところは、オリガとおれとの関係は公然には秘密になっているんだ。そのうちに教えてやるよ」

「本当だな? もし嘘だったら、お前の大嘘つきだと言いふらして、笑い飛ばしてやるからな」

「好きにするといいさ」

 ビリヤード台での青年と太った男のやり取りは、まだ続いている。

「まだやってらあ」

「二人ともよく飽きないねえ」

「ま、ほっとくのが一番だな」

 カウンターでグラスを傾けていた友人三人はにこにこと笑っている。

 クラブの天井からの明かりを受けて、カウンターの酒瓶と、ビリヤード台の上の玉が光を受けて輝いていた。


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