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失恋

「あなたとは遊びだったの」

 彼女が他の男と腕を組んで歩いていた。

 自分と付き合っているはずの彼女が、親しげに他の男と歩いているのを見るのは我慢できず、彼は彼女に問い詰めた。

「あなただって、遊びのつもりでわたしと付き合ってたんでしょう? お互いさまよ」

 彼女は美しい顔であでやかに微笑む。

「そんなことを言っては可哀想だよ。元は君だって彼と付き合っていたんだろう?」

 隣の腕を組む相手の男も、彼女と一緒に笑っている。

 まるで彼を憐れんでいるかのように、蔑んでいるかのように笑い続けている。

「あら、それは昔の話よ」

 彼女は腕を組んでいる相手の男を見る。

 高い笑い声が耳につく。

 まるで現実味が感じられない。

 声が遠いどこかから聞こえてくるようだった。

 彼女は冷たい笑みを浮かべ、彼に向き合う。

「あなたとはこれっきりね。さようなら、アレクセイ」

 今まで何度となく彼に愛をささやいていたその赤い唇で、彼に冷たくそう言い放ち、彼女は若い男と連れ立って歩いて行った。

 街角の雑踏に紛れ、見えなくなった。

 彼は信じられない気持ちでその場に立ち尽くしていた。


 *


「そりゃあ、お前が悪いって」

 薄明かりの中、友人はビリヤードの棒を片手にそうつぶやいた。

「俺は前もって忠告しといたはずだぞ? あの女はやめとけ、って」

 ここは会員制のクラブの一室。

 弱い明かりの灯った部屋にビリヤード台と数多くの種類の酒瓶ののったカウンターがある。

 青年はそこで酒をグラスに入れ、ふて腐れた顔でちびちびと飲んでいる。

 友人はカウンターに座っている青年を振り返ろうともせず、ビリヤード台の上の玉に狙いを定めている。

「確かに彼女の美しさや家柄は非の打ちどころはないさ。だが、彼女の評判はどうだ。お前も社交界で彼女の評判は聞いているだろう? 性格は気まぐれで自由奔放。付き合った男は数知れず。今現在も多くの男性と浮名を流しているという話だろう? そんな女と付き合った以上は、浮気は日常茶飯事だと割り切らないとな」

 友人は手に持ったビリヤードの棒で玉を素早く打つ。

 小気味よい音を立てて玉が転がり、別の玉に当たり散らばっていく。

 いくつかの玉が台の隅にある穴へと落ちる。

「アレクセイも馬鹿だよな。どうしてそんな女と付き合う気になったのやら」

 同じくビリヤード台に向かった別の友人が応じる。

 友人達の間からどっと笑い声が起こる。

 カウンターで酒の入ったグラスを手に、青年は見るともなしにビリヤードに興じる友人達を眺めている。

 グラスの中の氷が高い音を立てる。

 このクラブでは、青年はよく友人達とこうして時々集まっては酒を酌み交わす。

 このクラブのオーナーは友人の父親でもある。

 そのため隠れて集まったりするには絶好の場所だった。

 青年は不機嫌に眉を寄せ、口を引き結んでいる。

 先日、彼女に振られたのがまだ尾を引いている。

「そうは言っても、先に言い寄って来たのは彼女の方だぞ? おれは彼女が好きだと言うから付き合っただけで」

 酒が入って不機嫌さが増している青年の言葉を聞いていた別の友人が苦笑する。

「それこそ彼女の思う壺だったんじゃないのか? お前が鼻の下を伸ばして寄って来るのを待ってたんじゃないのか? そしてお前は見事に彼女の手中にはまったと」

 酒のグラスを持っている別の友人は、まだ酔っていないようだった。

 ビリヤードに興じている友人二人のゲームの様子を見守っている。

「アレクセイが悪いと、俺も思うね。前々から彼女の評判は聞いていたのに、自分は大丈夫だと油断したアレクセイに非がある。振られるのが嫌なら、最初から裏切るような女性を相手にしてはいけないと俺は思うよ?」

 ビリヤードに興じていた太めの友人は台の上の玉の様子に目を凝らしている。

 そのうちの一つに狙いを定め、かちんと棒で打つ。

 玉が台の上を真っ直ぐに転がっていく。

 玉を打った友人は、結果を見ることなく青年を振り返る。

「そうさ。裏切られるのが嫌なら、最初から裏切らない女性を選べばいいんだよ。そう、例えば白百合の君のような女性を」

 部屋の隅で酒を飲んでいた友人がぶっと吹き出す。

「おいおい、またこいつの白百合の君びいきが始まったよ」

 ビリヤード台でゲームをしている友人も声を立てて笑っている。

「何だよ。何がおかしいんだよ。ぼくが彼女のことを話して何か変なことがあるのかい? 彼女はぼくの相談に親身になって聞いてくれたんだぞ?」

 太めの友人は顔を真っ赤にしている。

 酒を飲んでいた友人は手をひらひらと振って応じる。

「お前のダイエットの失敗談を、面白おかしく聞いてたんじゃないのか? お前の長話から逃げるに逃げれずに、我慢して聞いてくれたんだよ。白百合の君は人が良いからな」

「何だと! 誰の話が長話だって? 彼女は本当にぼくのことを心配して、話を聞いてくれたんだぞ」

 二人のやり取りに、他の友人達も必死に笑いをかみ殺している。

 青年は呆れた顔でその様子を眺めている。

「白百合の君ねえ」

 青年は従兄弟だという黒髪の女性の姿を思い浮かべ、グラスの酒を一口口に含んだ。

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