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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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9 永いプロローグの終わり

 

 宝物庫での一件の翌日。夕香が人間の大陸に向けて出立つ当日。イザヨイの姿は地下室にあった。

 墓碑の前。イザヨイは昨日見つけた酒を(さかずき)で呷る。雑味の少ない味わい深い酒が喉を通る。

 久しぶりだが、悪くはない。あとは肴と共に杯を交わす相手がいれば文句なしであるのだが。

 墓碑の前に無造作に置かれた飲む者のいない杯を見やる。


「まったく……あいつは鋭すぎる……」


 愚痴を吐きながらイザヨイは今朝のやりとりを思い浮かべる。



      ▼



「じゃあ、行くわね」


 イザヨイが見繕った武具を身につけ、準備万端で夕香が言った。イザヨイはただただ頷くだけだった。


「……できれば、アンタを独りにはしたくない」


「お前は俺の母親か」


 まるで子供の心配をする母親のような表情を浮かべる夕香に、思わず突っ込まずにはいられなかった。


「だけど、まあ無理は言えないしね」


 だから、と夕香は続けて。


「――無理やり忘れることないから」


 そう言って夕香は小さく笑みを浮かべると背を向けて歩き出した。その姿はまるで追いかけてくるのを待っているとイザヨイに言っているようだった。



      ▼



 夕香は読心術を心得ているのではないかと、割と本気で思ったやりとりだった。実際、言われた時は心を見透かされているような心地がしていたのだ。

 ふぅ、と一息吐いてイザヨイは一気に酒を飲み干す。


「さてと……」


 空になった杯を置いて墓碑と向き合う。

 年若い少女に諭されて気づくなんて情けないにも程があるが、気づけないままでいるよりは何倍もマシだった。


『――無理やり忘れることないから』

 

 まさにその通り。 

 イザヨイは頑なに全てをやり直すことに固執していた。全てを捨て、ゲームのようにリセットしてまた初めから。そんなことできるはずがないのに。

 それに気づけたからこそ、イザヨイの決意は固まった。

 過去を忘れる、全てを捨てる。違う、そうじゃない。まだ何も終わっていない中途半端な幕をこれから下ろしにいくのだ。

 過去を、過ちを、全てを背負い決着をつけに往く。それが果たすべき責務であり、イザヨイにできる唯一のけりの付け方だろう。


 ――ならばもう迷うことはない。


 身に着けていたマントや装飾を外して墓碑の隣に置く。代わりに傍らに置いてあった黒いローブを羽織って、前もって用意していた金貨や佩剣を携える。


「俺は往くよ。もうここに戻ることはないと思うけど……全てが終わったら、どんな手を使ってでもそっちに逝くよ。だから――」


 ローブを翻し、墓碑に背を向ける。


「――待っててくれ」


 悲壮な決意を胸に、イザヨイは今ここに一歩を踏み出した。



     ▼



 城の出入り口である巨大な城門の上に立ち、イザヨイは視界一杯に広がる荒野を一望する。正確には夕香の姿を探す。

 彼女が出発してからそう時間が経っているわけではない。見晴らしのいい高台なら目を凝らせば見つけられないことはないはずだ。

 夕香を探すことしばし。イザヨイはようやく彼女の姿を発見した。


「軽く驚かせてやるか」


 酒が入っている故のお茶目か、ちょっとした悪戯心に駆られてイザヨイは魔術を行使する。

 それはかつてちょっとした出来心、魔王城で割とガチのかくれんぼをした時にレムと共に作り上げた魔術。


 ――幻影魔術。


 光の屈折を弄ることで周囲から己の姿を見えなくする、または幻影を見せる魔術。ただしあくまで弄るのは光の屈折であることから、騙せるのは視覚のみ。音や気配は誤魔化せず、第六感的なものが研ぎ澄まされているガイノスや、同じく魔術の天才レムには尽く看破されている。そのためイザヨイの中では死に魔術と化していた。


 魔術によってイザヨイを取り巻く空間が僅かに歪む。これによって彼の姿は周囲から視認できなくなった。

 続いて空中に魔術を用いて足場を形成する。これもまた、空を飛んでみたいなどという理由でレムと遊び半分で作り上げた魔術である。

 しかしこの足場形成、その名の通り虚空に不可視の足場を形成するだけであって空を飛ぶことはできない。できて空を跳ぶである。

 当初の構想では空を飛ぶつもりであった。だが如何せんイザヨイの知識は召喚当初の高校二年生レベルである。空を飛ぶ原理など分かるはずもなく、大気を圧縮して足場にするという発想に行き着くのが限界であった。

 そんな紆余曲折を経て生みだされたのが足場形成である。

 不可視の足場を蹴り、空高く跳び上がる。しかしすぐに勢いを失いイザヨイの身体は重力に従って落下を始める。が、その前に新たな足場を形成して跳び上がる。

 蹴る、足場形成、蹴る、足場形成を繰り返す。幻影魔術に足場形成の連続行使と、並みの魔術師なら脳の処理が追いつかずパンクする所業を軽々やってのける。

 何百年と戦ってきた数字的な経験値ではない、確かな経験の賜物である。

 空中を自由に駆けながら夕香に一気に詰め寄る。イザヨイが急接近しているなどと夢にも思っていない彼女は妙に重い足取りで荒野を歩いている。

 そんな夕香の傍らを風の如く駆け抜ける。突風が巻き起こり、周囲の砂塵が舞い上がった。


「うわっ、砂が目に……」


 突然の突風に怯む夕香。その間にイザヨイは魔術を解いて姿を現す。


「もう、なんなのよ……」


 夕香は苛立ちを募らせながら砂を払い――そこで動きを止めた。


「…………」


 目を瞬かせ、眉間を揉み、更に頬を抓る。そこまでしてようやく現実だと認識して夕香が目を見開く。


「い、いつの間にっ!?」


「さあ、いつだろうな? くくくっ」


「笑うなバカっ!」


 期待を裏切らない反応に笑みを洩らすと夕香が顔を真っ赤にして食いかかってきた。イザヨイはそれを適当にあしらって歩き出す。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


 背中に投げかけられた制止の声に歩みを止め、イザヨイは首だけ回して後ろを見やる。


「何だ?」


「大丈夫なの?」


「大丈夫じゃなければここにいないだろう」


「でも……」


 申し訳なさそうな、心苦しい表情を浮かべる夕香。恐らくイザヨイに無理をさせたとでも思っているのだろう。

 まったく、この少女は……。

 俯いて目を合わせようとしない夕香の頭に、イザヨイの掌が載せられる。


「気にするな。どの道あのままだったら何も変わらないままだった。夕香のお陰で、俺は踏み出せたんだ」


「イザヨイ……」


 彼の言葉に幾分か気が軽くなったのか、夕香が顔を上げる。それに対してイザヨイはにやりと笑みを浮かべる。


「それに、泣き虫の勇者を一人にするのは心配でな」


「あたしの感動を返せええええっ!!」


 喚き散らしながら殴りかかってくる夕香を楽々とイザヨイは躱す。それがまた癇に障ったようでしつこく追いかけてくる。

 とりあえず夕香が疲れるまで付き合ってやるか、としばらく追いかけっこをしていると、不意にイザヨイが足を止めた。


「――これは……」


 地面から感じる僅かな振動。それの発生源にイザヨイは目を向ける。


「なにしてんのよ……?」


 肩を上下させながら、夕香が唐突に足を止めたイザヨイを訝しむ。しかし今の彼には誰の声も届かない。ただ真っ直ぐ一点――魔王城を見つめる。


「一体なんなのよ……――えっ?」


 イザヨイの視線を辿った夕香が、その光景に驚愕の声を上げた。


「なんで、崩れてんのよ……!?」


 彼女の言葉通り、二人の視線の先では魔王城が轟音と共に崩壊の一途を辿っていた。


「まさかアンタ自分で?」


「どこに自分の城を壊す魔王がいるか」


 夕香の疑いをキッパリ否定して、イザヨイは崩れ落ちる城を見やる。

 ガラガラとその形を崩していく魔王城を前にして、イザヨイの胸中は驚く程穏やかだった。何百年という永い時を共にしてきた城、愛着の一つや二つあるはずだが。

 しかし、感慨深いものはあっても不思議と悲しみなどの感情は湧かなかった。多少なり予想していたのもあるだろうが、イザヨイには城が門出を祝福しているように見えた。


 ――いってらっしゃい。


 立ち上る砂塵に呑まれて崩れ去った魔王城をしかと見届けて、イザヨイは再び歩み始める。心なしかその足取りはさっきよりも軽い。


「いつまで呆けているつもりだ?」


 呆然と砂煙の柱を見つめている夕香だったが、イザヨイの声に我に返ると慌てて彼の隣に並んだ。


「……いいの?」


「またか。いいも何も、崩れてしまっては仕方ないだろう」


 そう返すと、夕香は微妙な表情を浮かべる。


「そうじゃなくて、色々思い出とかあったんじゃないの?」


「まあな。だがいつまでも縋っているわけにはいかない。だいたい思い出なんてものは形に残すものじゃない。ここに仕舞っておけば十分だ」


 と言って、イザヨイは親指で自身の胸を指し示す。


「……なによそれ。魔王の癖にかっこつけてんじゃないわよ……」


 不満そうに夕香はそっぽを向く。しかし横顔からでも分かるくらい、夕香は嬉しそうに笑っていた。イザヨイもそれにつられて自然と笑みを零した。


 荒涼とした荒野を、二人並んで往く。



      ▽



「まさかここまで『彼女』が介入してくるなんて思わなかったな~。ボクちょっとビックリだよ~」


 少年とも少女ともとれる容姿。どこか愛らしさを感じる顔立ち。そして過剰なまでに露出の激しい衣装。極めつけは側頭部から生える一対の捻じれた角と背から生える蝙蝠のような翼。

 何とも小悪魔めいた雰囲気を醸し出すソレは、目の前に映る光景を愉しげに眺めていた。


「どうしよっかな~、消しちゃおっかな~」


 声を弾ませながらソレは悩む素振りを見せる。その実、内心は既に決まっていた。


「うん、放っておこう! その方が面白そうだし、そろそろ飽きてきたからね~」


 結局のところ、ここに帰結するのだ。


「城が落ち、魔王も勇者に落とされる。そこから始まる物語……ふふっ、いいね~」


 愉悦に顔を歪ませ、ソレは玩具を前にした子供のように(はしゃ)ぐ。


「ボクを退屈させないでね――二人とも」


 不気味なまでに響く哄笑を残して、ソレは跡形もなく消え去った。



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