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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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8 宝物庫の一幕


 情報交換をしてから数日。イザヨイと夕香は考えに煮詰まっていた。

 夕香は如何にして勇者であることを隠して戻るかに頭を悩ませていた。時折聞こえてくる話はどれも現実的ではなく、仮面を被るなど明らかに投げやりな案を候補に上げていた。仮面は怪しすぎるだろう……。

 イザヨイも同じく、未だに踏ん切りがつかないでいた。

 どうしても脳裏にチラつく皆の笑顔が振り払えない。あの笑顔の中に戻りたいと思ってしまう。


 イザヨイも夕香も行き詰っていた。だからこそ根を詰めすぎるのはよくないという結論に至った。

 何かしらの息抜きをして頭を切り替えようということになったのだが、如何せんここは魔族の大陸ど真ん中の魔王城。かつて城塞都市があって賑わっていた城の周囲も、今では荒れ果てた不毛の地。息抜きに散歩なんてすればもれなく魔物とエンカウントする。それでは息抜きにはならない。

 となると必然的に行動範囲は城内に限られる。

 そこでイザヨイは夕香の武器や防具が使い物にならなくなっていたのに思い至り、同時に忘れかけていた宝物庫の存在が思い浮かんだ。

 その名の通り宝物庫にはこれまでに得た宝物の数々が溜め込まれている。中にはア―ティファクト級の魔導具やら武器防具もあったはずだ。

 実のことを言うと、イザヨイも宝物庫の仔細な内容を把握しているわけではない。あれはこうだそれはこうだ、とかなり昔にレムから懇切丁寧に説明された憶えはあるのだが、内容は既に綺麗サッパリ忘れてしまっていた。

 おまけに勇者を倒すと彼らがアイテムボックスに溜め込んでいた大量の品々が放出され、整頓するのも面倒だと片っ端から宝物庫に放りこんでいたがために最早何が何だか。

 まあ剣や防具の一つはあるだろうと、軽い気持ちで夕香を引き連れて宝物庫に訪れたのだが。 


「…………」


 夕香絶句。眼前に雑然と積まれた品々の山にショックを受けて軽くトリップしているようだった。


「……はっ!? あたしはなにを……」


 数秒の時間を要して、夕香は我に返った。それでも目前の山々に圧倒されているのか、入り口から一歩も動こうとしない。


「なんなのよこれわけ分かんない。あの剣の山なによ。なんか如何にも強力そうじゃない。それに……うわぁ金貨で山ができてるぅ~」


 再び魂がどこかへ旅立ちそうになっている夕香の背を軽く押して宝物庫に入る。

 手入れの一つもしていないので酷く埃っぽく、所々老朽化が目立つ。本当にどうして崩れないのか不思議で仕方ない。

 何か掘り出し物はないか、とイザヨイは宝探し気分で漁り始める。夕香も恐る恐る剣の山へと手を伸ばす。

 漁ってみると案外色々あるもので、実用性皆無の黄金の剣や禍々しいオーラを放つ杖などと、使おうとは思わないものの面白い品が幾つか出てくる。


「……ん? このローブは……」


 あちらこちらへと手を伸ばして何気なく手に取った黒いローブ。

 光をも吸い込むような闇色のローブと今着ている衣装とを見比べる。どちらも黒いことに変わりないが今着ている衣装は装飾が目立つ。いくら魔王らしさを求めているといえど、これでは悪目立ちしてしまう。

 人間の大陸に行くのであれば、このローブに下をもう少し地味な服に着替えれば問題ないだろう。行くのなら、だが。

 つくづく自分の意気地のなさに、イザヨイは溜め息を洩らす。


「溜め息なんて吐いてどうしたのよ?」


 耳聡く反応した夕香が尋ねてくる。イザヨイは軽く肩を竦めて強引ではあるが話題を変える。


「それより、目ぼしい物は見つかったか?」


 露骨な話の逸らし方に顔をムッとさせるも、夕香は堆く積まれた品々へと目を向ける。


「……物が多すぎて選べないわよ。だいたいなによこの量。どうすればこんな溜まるわけ?」


「そう言われてもな。向こうから勝手に来るんだ」


「来る? ……まさか、これ全部勇者の持ち物なの?」


「そうだ」


 肯定すると夕香は複雑な表情を浮かべて宝物庫を見回した。


「なんか……墓荒らしみたいで嫌だわ」


「気持ちは分からなくもないが、使わずこのまま眠ったままなのも宝の持ち腐れだろう」


「そうだけど……理屈じゃないっていうか……」


 表情を曇らせて夕香は手に持つ剣を見つめる。所々に赤黒い斑点の付いたそれはいつだったかの勇者が持っていた剣だ。

 真面目で優しい性格故に罪悪感を抱いているのだろう。だがこのまま手ぶらで終わらせるわけにはいかない。イザヨイは夕香に合いそうな武具を見繕う。


「これなんかどうだ?」


「……ん」


 イザヨイが差しだした防具をおずおずと受け取り、夕香は早速装備し始める。

 彼女の着替えが終わるまでの間、イザヨイはイザヨイで他に何か目ぼしい物がないか手当たり次第漁る。


「ん、これは……酒か」


 恐らく夕香の前の勇者が遺した物であろう酒瓶を手に取る。封を開けて匂いを確認してみるとそれなりに上物らしく、丁度良い具合に熟成された芳醇な酒の香りが鼻腔を擽った。


 久しぶりに酒を飲むのも悪くないか。


 酒瓶を邪魔にならないように除けると、丁度夕香が着替え終わった。


「どう?」


 見せつけるようにポーズをとる夕香。イザヨイが渡したのは胸や肩などの要所を覆う、動きを阻害しないシンプルな防具だ。似合っているかどうかは、まあなかなか様にはなっている。だが、


「防具が似合っているって言われて嬉しいか?」


「凄くガッカリだわ」


 心底呆れたと言わんばかりに夕香が肩を竦める。心なしか機嫌が悪く見える。


「あとは、剣か」


 夕香に見合う剣を探すイザヨイ。探す……。


「何故だろうか。お前は剣よりも拳を振り回している方が合っている気がする」


 防御結界を破った一撃があまりにも強く印象に残っているせいか、イザヨイには夕香が剣を振り回す姿が思い浮かばなかった。相手を殴り飛ばすビジョンは鮮明に浮かび上がるというのに。


「参ったな……」


 脳内に浮かぶイメージが強すぎるあまり剣を持つ姿が想像できない。

 剣の山と向かいあってイザヨイが悩んでいると、すぐ隣に夕香が腰を下ろした。


「あたしさ、明日ここを出ようと思う」


「……そうか」


 ガチャガチャと金属音を立てながら、告げられた言葉に努めて平坦に答える。


「右腕の調子も良くなったし、もう大丈夫」


「そ、そうか……」


 あれ程の大怪我が一週間で完治。この世界に元の世界の常識は通用しない。だがイザヨイは、目の前の少女にはこの世界の常識も通用していない気がしてならなかった。


「それで、さ。その……」


「何だ?」


「いや、うん。ちょっと待って……」


 一度大きく深呼吸をすると夕香は意を決したように口を開いた。


「アンタは、これからどうすんの?」


「…………」


 イザヨイは手を止めて隣に目線だけ向ける。そこには不安げな表情で自分を見つめる夕香がいた。


 どうするか。いや、どうしたいかだ。


 正直、もう既にイザヨイの中で答えは出ている。その選択が最善であると思っている。だが、それでも彼は己の選択に自信が持てなかった。

 それはかつての過ちが後ろ髪を引いているからだ。失う痛みを知り、間違えることに怯えている。決断することを怖れている。

 どうしようもなく弱いな、とイザヨイは思う。

 答えず黙っている沈黙に堪えかねた夕香がぽつぽつと零す。


「あたしはさ、できればアンタも一緒に来て欲しい……なんて、ね。ほら、アンタ強いし。案外一人旅って不安なのよ。だから、えーっと……」


 子供のように思いつく限りの言葉を並べたてる。核心に触れないように、慎重に。

 夕香はイザヨイに気を遣っている。自分の身勝手に付き合わせるのに抵抗を感じているのだ。だから、明確に言えない。

 イザヨイは口ごもる夕香から視線を剣の山へと戻す。すると、視界の中央あたりにある一本の剣が目に留まった。

 それはこれといって装飾が派手なわけではなく、武骨でどこまでも真っ直ぐな印象を抱かせる。それでいて絶対に折れない芯の強さを感じられた。

 イザヨイは剣を手に取り、夕香に差し出した。


「これでどうだ」


 夕香は無言で剣を受け取ると何回か試し振りをする。結果、彼女のお眼鏡に適ったようで、小さく頷いて剣を抱きかかえた。

 イザヨイはそれを見届け、軽く彼女の肩を叩いて宝物庫をあとにする。その際に酒瓶とローブを手に取って。

 老朽化目立つ廊下を歩きながら、イザヨイは独りごちる。


「ほんと、弱いなぁ……」


 廊下を吹き抜ける風に、ローブが揺れた。




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