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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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6 一から十まで我儘

 ランプの灯が照らす薄暗い地下室の中。魔王と少女は重苦しい沈黙のまま、互いに互いの目を見据えていた。ただし魔王は床に座っているので見上げる、少女は見下ろす姿勢だが。

 見つめ合う、というより睨み合うことしばし。沈黙を破ったのは魔王だった。


「お前には関係ない」


 一言で切って捨て、魔王は何事もなかったように墓碑に向き直った。

 だが少女が納得するはずもなく、


「こらっ、無視するな魔王」


 声音に苛立ちを混じえながら、少女が近づいてくる。しかしそればかりは許容できぬと、魔王が声を上げた。


「止めておけ」


 これまでとは違う、様々な感情を押し込め殺した制止の声に少女が歩みを止めた。


「そこから先に踏み込めば、お前は後戻りができなくなる」


 これはハッタリ抜きの事実である。

 聖剣やこれまでの勇者との戦いを知ってしまえば少女は居ても立っても居られなくなるだろう。それこそ自ら聖剣を破壊しようと身を乗り出すかもしれない。

 短い時間ではあるが、魔王は少女がそういった性質(タチ)の人間だというのは何となく分かっていた。

 だからこそ、少女に教えるわけにはいかない。

 この呪いのループに少女を巻き込む必要はない。平穏を捨ててまで聖剣(呪い)に付き合わせるわけにはいかない。

 少女は勇者の運命から逃れられた。ならばそれで良いじゃないか。このまま何も知ることなく、冒険者でも何でもやって日常を生きればいい。それでいい。

 魔王が渇望した、二度と手にすることのできない〝日常〟を謳歌すればいい。

 だと言うのにこの少女は、


「お断りよ」


 彼の厚意を無碍にして踏み込もうとする。


「……お前は馬鹿か? このまま無知でいれば、平穏かどうかは知れないが、日常に戻れるというのに。それを自ら捨てる気か?」


「別に捨てる気なんてないわよ。つうか、この世界に来ちゃった時点で日常なんかどっかいっちゃったわよ」


「そういうことが言いたいんじゃない」


「ならなによ?」


「これ以上はお前には関係ない。俺の事情だ」


「その事情に、成り損ないでも勇者のあたしも関係してるはずなんだけど」


「だから……」


 ああ言えばこう言う。これでは埒が明かない。そう思った魔王は立ち上がり、少女と真正面から相対する。


「死ぬぞ」


「死なない。死んでやるかっての」


「知る必要がないことだと、何度も言っているだろう」


「あたしにとっては知る必要のあることよ」


 魔王の言葉に欠片の迷いもなく少女は言い返す。

 一度たりとも目を逸らそうとしない。決して退かないという意志が感じられる。だが同時に、何か異常な執着のようなものも垣間見えた気がした。


「……何故そこまでして関わろうとする」


 魔王が問うと少女は黙り込み、苦々しげに表情を歪めた。


「――後悔したくないから」


 沈痛な面持ちで、少女はまるで己の罪を告白するように言った。


「ここで見て見ぬフリをしたら後悔する。あたしは……もう後悔したくない」


 だから、と少女は続けて。


「これは一から十まであたしの我儘。あたしが後悔しないための我儘」


 いっそ清々しい程に言い切った少女は躊躇いなく踏み出し、魔王の眼前で堂々と仁王だった。


「さあ――教えてもらうわよ!」


 ニカッと太陽のように眩しい笑顔を浮かべる少女。その笑顔は穢れがなく、まるで――


『―――さん』


 記憶の中の、彼らの笑顔と重なった。


「ん? どうかした?」


「……いや」


 魔王は気づかれない程度にこっそり吐息を洩らした。


「全く……ずるい奴だよ」


 魔王はすっと何気ない動作で歩み寄り、少女の手を掴んで引き寄せる。いきなり引っ張られた少女は踏ん張ることもできず、そのまま彼の腕の中にすっぽり収まることとなった。

 この一連の動作に僅か一秒。あまりにも鮮やかな手並みに少女は何が起こったさっぱりだったが、腕で抱きしめられたあたりでようやく理解が追いついたようだ。


「な、なにすんのよぉ!?」


 顔をトマトのように真っ赤にして、少女は必死に魔王の腕から逃れようとする。しかし魔王からは逃げられない。


「このっ、変態! 早く離しなさいよっ!」


「分かった、話そう」


「そっちじゃない!」


 腕が剥がせないと悟ったか、少女がゲシゲシと脛を蹴り始める。なかなかに陰湿な狙いどころではあるが、その程度で怯む程魔王は柔ではない。


「なんで効かないのよっ!?」


 パニック一歩手前まで陥る少女。面白いくらい初心な反応である。

 一つ言っておくと、魔王は少女に欲情したわけではなく、まして卑しいことを考えているわけでもない。これはあくまでもしも(・・・)の事態が起きた時に少女を守るために必要な行為なのだ。

 年下に口で負けた腹いせの、ちょっとした仕返しの心積もりがなきにしもあらずだが。


「離せぇこの痴漢やろおぉおおぉぉ!」


「痴漢とは失礼な。ただ腕で拘束しているだけだろうに」


「そ・れ・を! 世間一般では痴漢って言うのよ!」


 少し虐めすぎたか、と頭から湯気を発しながら本格的に抵抗を始めた少女に、魔王は打って変わって真面目な声音で言う。


「分かった、話すから落ち着け」


「早く離しなさい!」


「いや、腕は離せない」


「なんでよぉ!?」


 最早悲鳴にも近い声を上げる少女。予想以上に反応が初心なのに嗜虐心を擽られるが、このままでは一向に話が進まなくなる。


「何でこんなことをしているか。それはこれから語ることを聞けば分かる」


「だからってこんなことする必要――」


「――ある」


 少女の言葉を遮って魔王が断言する。そこには欠片もふざけている空気はない。それを少女も汲み取ったのか、腕の中で大人しくなった。


「これから語るのは俺の過去であり、紛うことなき真実だ。到底信じられることではない。だが、何があっても俺から離れるな。いいな?」


 魔王の言葉に少女は黙して頷く。それを確認して彼は語り始めた。


 勇者に対抗するために召喚された魔王であること。

 勇者と戦い、勝利したこと。

 聖剣が勇者を殺したこと。

 勇者と戦い続け、全てを失ったこと。

 死ぬこともできず、延々勇者と戦い続けていること。


 言葉にしてみると案外薄っぺらなものだな、と魔王は思った。

 少女は彼が元日本人の召喚者であることに関しては大して驚かなかった。魔王が日本人という単語を口にした時点で、ある程度予想はしていたのだろう。

 だが、聖剣が勇者を殺すというのには過剰な程反応した。それも仕方ないといえば仕方ないだろう。一つ間違えれば自分も聖剣の餌食になっていたかもしれないのだから。


 ――いや、まだ危機は去っていない。


 何故魔王が少女を抱きしめているのか。それは偏に聖剣を警戒しているからだ。

 これまでの経験で、魔王は聖剣が勇者を殺すのに幾つかの条件があることに気づいていた。


 勇者が魔王に敗北する。

 勇者が魔王に戦意を喪失する。

 勇者が聖剣の真実を知る。


 これらのうちいずれかを満たすと聖剣は問答無用で勇者に牙を剥いた。

 少女は成り損ないでも勇者だ。既に魔王に敗北し敵意もなくなっているようだが、聖剣の真実を知ることを引き金に命を奪われる可能性がないとは言い切れない。

 もしもそうなった時は、この身を挺してでも少女を護る。魔王はそう心に決めていた。

 少女も聖剣の(くだり)で行動の意図を悟ったようで、魔王と同じように周囲への警戒を始めていた。


「…………」


「…………」


 耳に痛い程の静寂が流れる。お互いに神経を尖らせているため声を発することもない。ただただ無言の時間が流れる。

 そうやってしばらく。どれくらいの時間が経過したかは分からないが、聖剣が現れる気配もなく、魔王がほっと一息吐いて少女を解放した。


「どうやら問題ないようだな」


「そうね……」


 ずっと同じ体勢なのが辛かったのか、少女は肩やら腕を回して身体を解す。しかし、ふと何かに思い至ったように動きを止めた。


「ねえ……別に抱きしめる必要はなかったんじゃない?」


 少女の咎めるような強い口調に対して、魔王は無言。悪戯がばれた子供のように目を逸らした。

 実際、彼女を護るのに抱きしめる程密着する必要なんてなかった。せいぜい手が届く範囲にいれば問題ない。それを態々抱きしめたのは、ただの意趣返しであった。

 この魔王、存外根に持つのである。

 魔王は追及してくる少女をのらりくらりとやり過ごし、ランプ片手に地下室を出る。


「ちょっと待ちなさいよ、この変態魔王っ!」


 地下室に少女の罵声が響いた。




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