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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
31/41

31 覚悟を決めた者 覚悟に応える者



 最初、リリスは己の走馬灯が見せる幻だと思った。そう思いたかった。しかし夕香は現実にここに立っている。リリスのピンチに颯爽と駆けつけ、その命を救ったのだ。


「大丈夫、リリス?」


 視線はリュヴィウスに固定したまま夕香が訊いた。

 しかしリリスはそれに答えず、溢れ出そうになる感情を抑え逆に問い返す。


「どうして、来てしまったんだ。イザヨイ君は……」


 リリスはイザヨイを信用していた。彼の実力を直接目で見たことはなかったが、それでも夕香以上の実力者であるのは確かだと感じていた。

 イザヨイならば、力づくでも夕香を連れて街を離れてくれると信じていた。夕香を大切にしているであろう彼なら、こんな命の危険に溢れた戦場に送り出すはずがない。だからリリスはイザヨイに任せたのだ。それがどうして今ここにいるのか、リリスは理解できなかった。

 夕香は一瞬だけ目を泳がせて、


「ぶん殴って、きたわ」


 苦々しげな表情で言った。

 イザヨイよりも実力が劣るであろう夕香が、彼を殴ってここまできた。普通に考えれば不可解な話だ。しかし、イザヨイは何だかんだ夕香に甘い節がある。そこを突かれて、という可能性に至ってリリスは頭痛を堪えるようにこめかみを抑えた。

 故にリリスは気づかなかった。自分に背を向けている夕香があからさまにほっとした表情を浮かべていることに。


「どういうことだ……」


 二人が話している間に立ち上がったリュヴィウスが、驚愕を通り越して間抜けとも思える表情で呟いた。


「何故、壁が残っている……!」


 リュヴィウスの視線の先。そこには常と変わらぬ威容を保つ防壁の姿があった。


「ヘルのブレスを防ぎきったというのか。いや、そんなことは不可能だ。ならば……」


 リュヴィウスの鋭い視線が夕香を射貫く。


「貴様の仕業か、人間……!」


「知らないわよ、そんなこと」


 真っ向から睨み返して、夕香は腰の剣をいつでも抜けるように手を運ぶ。そこに背後から待ったがかかる。


「ダメだ、ユウカ君。彼の強さは次元が違うんだ。いくら君でも勝てるわけがない……!」


 実際に戦ったリリスだからこそ痛い程分かる。ここ一カ月で夕香は目覚ましい成長を果たしたが、それでもリュヴィウスには及ばない。あまりにもリュヴィウスが強すぎるのだ。


「僕が時間を稼ぐ。ユウカ君はその間に逃げるんだ」


 肩に走る激痛に顔を顰めながら、残った騎士剣を手にリリスが再び立ち上がる。

覚束ない足取りでリリスがリュヴィウスの前に歩み出ようとする。しかしそれを遮るように夕香の手が差し出された。


「無理しちゃダメよ。その傷じゃまともに剣も振るえないでしょ? あとはあたしに任せて、リリスは一旦退いて怪我の治療をしてきて」


 夕香にしては珍しく的確な指摘にリリスは力なく呻く。

 リリスの肉体は既に限界を越えている。武器も片方は失われ、今の彼女にランクA冒険者としての戦力は期待できない。自分のことである以上、リリスもそれをよく理解している。

 理性的に考えるのならば、消耗したリリスではなく夕香が戦うべきなのは明らかだ。だが感情がそれを拒絶する。

 まだ幼い顔立ちで愛らしい少女。それがリリスの目に映る夕香の姿だ。年齢も容姿も性格も状況も、何もかもが違う。だが護るべき少女が戦おうとする姿は、どうしようもなくかつての己の主を彷彿とさせた。

 彼女を戦わせたくない。もう二度と失いたくない。今度こそは自分が護らなければならない。

 リリスは強迫観念に突き動かされるように一歩を踏み出し、二歩目を踏み出そうとして、


「――リリス」


 柔らかくも一本芯が通った声に歩みを止めさせられた。


「あたしの心配はしなくて大丈夫。それよりもリリスはみんなのところに戻って、指揮をしてきて」


「ど、どうして?」


「リリスには防壁を護ってほしいの。さっき見た感じだと、かなりキツイ状況だったから」


 そう言って夕香は防壁の方を一瞥する。


「リリスになら任せられる。冒険者のみんなを纏めて、なんとか持ち堪えて。その間にあたしがアイツを倒すから」


「無茶だ! いくら君でも彼には――」


 勝てない、そう告げようとするも夕香の力強い眼差しを受けて言葉を飲み込んでしまうリリス。

 この眼をリリスは見たことがあった。覚悟を決めた者特有の、何かを成し遂げる者がする眼だ。その眼を今、夕香がしている。


「あたしを信じて、リリス。絶対にアイツは倒すから、ここは任せて」


 自信満々に宣言する夕香。その小さな背中がどうしようもなく大きく感じられて、リリスは最早止める言葉を失った。

 この世には絶対なんてものはない。夕香の絶対にも根拠なんてありはしない、はずなのに、どうしてか夕香の言葉には無条件で信じてしまいたくなる響きがあった。圧倒的実力差を覆してしまいそうな何かがあるように感じられた。


 ――彼女になら託せるかもしれない。


 しばし瞑目して苦悩するリリスだったが、ややあって迷いを断ち切るようにその目を開いた。


「分かったよ。でも、一つ約束してほしい」


 そう言ってリリスは夕香の目を真正面から見据えた。


「必ず、生きて帰ってくるんだ」


 その約束に夕香は無邪気に笑って、


「――あったりまえよ。絶対死んでなんかやらないんだから」


 茶目っ気を交えてそう答えた。

 強大な敵を前にしているとは思えない程に気楽で気負いのない口調。しかしそれが逆にリリスを安心させた。

 リリスは一度だけリュヴィウスを見やると、残った騎士剣を握り締めてその場から立ち去った。

 ようやく一人となった夕香は肩の力を抜くように吐息を零し、相対するリュヴィウスへと目を向ける。


「茶番は終わったか?」


 リュヴィウスは険しい表情で夕香を見据えていた。僅かな一挙一動も見逃さぬと言わんばかりに。


「わざわざ待ってくれるなんて、随分紳士的なのね」


 夕香は敵意剥き出しでいつでも抜剣できるよう構える。


「別に待ってやったつもりはない。ただ、貴様からは色々と聞き出さなければならないことがあるようだからな」


 と言ってリュヴィウスは空を仰ぐ。

 彼の視線の先、そこでは漆黒のドラゴンが何か(・・・)と格闘している。

白炎を吹き、鉤爪を振り回し、咆哮による衝撃波を撒き散らす。ただそのどれもが虚空を狙ったものばかりで傍から見ると錯乱して暴れているようにしか見えない。

 しかしここにいる二人にはまた別な光景に映っていた。


「目を欺く技か。それに空まで飛べるとは、随分と頼もしい仲間がいるのだな、人間」


「さあ、なんのことかしら」


 リュヴィウスの鎌かけに動ぜず返す夕香。まるで前もって予想していたかのように落ち着き払った対応だった。

 その態度に一筋縄ではいかないと判断して、リュヴィウスもまた臨戦態勢を取る。


「あくまで白を切ろうというのならばいい。その身体に直接問い質すだけだ」


 問答は不要とばかりに戦意を漲らせる。それに応じるように夕香も剣を抜き、身体強化を行使する。

 息が詰まるような緊迫が二人を包み込む。


 ――そっちは頼むわよ、イザヨイ。


 胸中でそう呟いて、夕香はリュヴィウス目掛け駆け出した。



      ▼



 最初、防壁の上に取り残された兵士達は何が起きたか理解できていなかった。

 目前まで迫っていた煌々しい白炎に呑み込まれると身構えたはずだったのに、いつまで経っても痛みや熱さは感じない。いや、感じることすらできぬまま一瞬で燃やし尽くされたのかもしれない。そう思って目を開けば視界には自分と同じく首を傾げる兵士達の姿があった。

 皆生きている。防壁も依然とその威容を失うことなく残っている。先の白炎はまるで幻だったかのように。

 しかし、兵士達の中でも魔術に精通した魔術師達は何が起きたかを正確に理解していた。故に、魔術師達は一様に愕然とした表情で立ち尽くしていた。

 その様子に気づいた指揮官が混乱を抑えて彼らに尋ねた。


「何が起きたのだ?」


「お、恐らく何らかの魔術が行使されて我々を護ったのだと思われます。しかし……」


 魔術師は自分の後ろに居並ぶ他の魔術師達を見回す。誰も彼もが自分ではないと首を横に振っている。


「あの白炎から我々を護る程の魔術を扱える者はここにはおりません。いえ、それ以前にあんな無茶苦茶な規模の魔術を行使できる人間なんて……」


 あり得ない、魔術師はそう断じたかった。しかし現実に自分達は護られた。正体不明の規格外魔術師の手によって。そうである以上彼らは認めないわけにはいかなかった。

 魔術師達の葛藤を察し、指揮官はそれ以上の詰問をやめた。というか、これ以上は彼らでも説明できないのだと悟ったからだ。

 自分と同じく混乱から抜け出せない兵士達へ指揮官は的確に指示を送り、残っている者達に周辺の魔物への攻撃を開始させる。ただし狙うのはあくまで小型中型で、漆黒のドラゴンを刺激しないよう細心の注意を払う。


「もうしばらくは保てそうだな……」


 しかし、指揮官の表情は優れない。理由は言わずもがな、上空遥か高くに佇む漆黒のドラゴンの存在。それに付け加えて正体不明の規格外魔術師。

 ドラゴンに関しては完全に敵であるので問題ない。いや、問題はおおありなのだが敵味方の区別がしっかりついているうえ、自分達の力でどうこうなるレベルを越えているので手の出しようがない。よって気にするだけ無駄だ。

 だが、正体不明の魔術師に関しては敵味方どころか人間かどうかも不明だ。自分達を護ってくれたことから一応人間側と考えられはするが、そうだと断じることもできない。

 そもそも、その魔術師は一体どこにいるのだろうかと指揮官は周囲を見回すが、それらしい魔術師は見当たらない。


「叶うなら、我々の味方であってほしいものだ」


 そう口にして、指揮官は兵士達の指揮へと戻った。



      ▼



 その頃、防壁と兵士達を護った張本人ことイザヨイはと言えば、戦場の真上の空に文字通り立っていた。

 幻影魔術で姿を視認できなくし、虚空に足場形成で悠然と佇み、真下で繰り広げられる血で血を洗う争いをイザヨイは見下ろす。


「まさか、あれ程の魔族が生きていたとはな……」


 物憂げに呟くイザヨイの視線が戦場のある一点に固定される。そこでは今、この戦場において最も強力な魔族リュヴィウスと乱入した夕香が衝突していた。


「面倒なことになったな……」


 溜め息と共に呟いて、イザヨイは自分の正面を見やる。

 イザヨイの目の前には、漆黒のドラゴン――リュヴィウスがヘルと呼ぶ――が黒翼を広げ威嚇するように唸っている。

 今現在、イザヨイの姿は完全に見えなくなっている。それは目の前のヘルも例外ではないのだが、本能かそれとも視覚以外の感覚で捉えているのか、ヘルはイザヨイの存在を確かに感じ取っているようだ。


「明らかに変異種なうえ、魔族昇華一歩手前といったところか」


 変異種とは文字通り通常の個体とは変異した魔物のことである。変異種は基本的に通常種よりも強力な個体になり、種によっては魔族と同じく固有能力を有するものもある。

 それだけでも十二分に厄介だというのに、このドラゴンは魔族昇華一歩手前という、下手な魔族より手強い個体である。イザヨイの見立てでは恐らくあと三カ月もあればこのドラゴンは理性を持つ魔族へと進化する。それ程までに強力な個体なのだ。


「面倒だが、やるしかないか」


 そう言ってイザヨイは無手(・・)で構える。腰に吊っている剣は抜かない。代わりに今回は魔術を全面的に使っていく。

 イザヨイは人間の大陸に乗り込んでから今に至るまで、人前では一度も魔術を使う姿を見せていない。よってもしもリリスあたりに疑われたとしても、自分は魔術が使えないので違うという弁が立つ。そういう理由でイザヨイは今回の戦いに魔術だけで臨むと決めていた。

 夕香との会話で問題になっていた正体の露呈も、イザヨイが戦ったことがばれなければ問題はない。姿の見えない誰かが戦っていたとして、それが魔族であると疑われたとしても、その矛先がイザヨイに向かなければいいだけの話である。かなり屁理屈ではあるが、そういった魂胆もある。

 純粋にここ最近魔術を使っておらず、腕が鈍っていないか確認したいという意味合いもあるが。


「さて、まずは軽いところからいこうか」


 気負いなく言って、イザヨイは無詠唱かつ一瞬の間に術式を構築し、


「生憎手加減は下手らしいからな。あまりすぐ墜ちてくれるなよ?」


 イザヨイの周囲一帯に数えるのが馬鹿らしい程の《火弾》が出現した。その数は軽く五十は越えている。

 もしもこれと同じことを人間がやろうとすれば、火球の数だけ魔術師を揃えなければならないのだが、イザヨイにとっては所詮軽いところである。

 心なしか驚愕しているように見えるヘルへとイザヨイは容赦なく《火弾》の雨霰を放った。






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