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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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25 リリスの過去

 目を覚ました時、少女は瓦礫と瓦礫の隙間にいた。

 身体のあちこちに大なり小なりの傷を負い、満身創痍の状態だった。

 何がどうしてこんな状況に陥ったのかは明確に理解している。魔物の大群が少女の暮らしていた街を襲ったのだ。自分は幼いながらも剣を手に取り、騎士として仕える幼き主を護るため果敢に戦って――


「お嬢様……」


 痛みに混濁していた思考が明瞭になり、少女は主の姿を探す。痛みに悲鳴を上げる身体に鞭を打ち、瓦礫の隙間から這い出す。

 瓦礫から這い出た少女の目に映ったのは地獄そのものだった。至る所で火の手が上がり、建物であった物はその尽くが瓦礫の山と化し、運が良いのか悪いのか生き残った者達の絶望と悲嘆の合唱が響いている。

 かつての影も形もない、蹂躙し尽くされ変わり果ててしまった街の姿に茫然とする少女。そんな少女の足元で、赤い水溜まりが形成されていた。

 少女は自らの靴を侵食するその液体に目を向け――驚愕に目を見開いた。

 赤い水溜まりの正体は血溜まりだった。そしてその血溜まりに横たわる小柄な少女の姿。

 過剰にならない程度に装飾された服を纏っているその少女は貴族の令嬢であり、騎士である少女の仕える主だった。


「お嬢様!」


 悲鳴染みた声を上げて少女は主を丁重に抱き起こす。まだ体温があり息も辛うじてしている。主はまだ生きている。


「お嬢様! 起きてください、お嬢様!」


 必死に呼びかけつつ主の怪我の具合を確認して、少女は絶望する。仰向けに倒れていたため分からなかったが、背中に鋭利な爪で裂かれたかのような三本線が深く刻まれていた。その傷の具合があまりにも酷いうえ、血を流しすぎている。

 最早一刻の猶予もない。今すぐにでも適切な治療を施さなければ主は死ぬ。

 少女はすぐさま医者を呼ぼうと顔を上げて、再び絶望する。

 街が崩壊し、次から次へと怪我人が湧くこの状況で医者を呼べるはずがない。それ以前に生存者の中に医者がいるかも不確かだ。だからと言って悠長に他の街へ医者を探しにいく猶予もない。主の容態は刻一刻と死へと向かっているのだ。

 主を救う手立てが自分にはない、と幼いながらも聡明な少女は理解して、絶望に項垂れる。

 そんな少女の頬を、血に濡れた手が優しく撫でた。


「リリス……大丈夫?」


「お嬢様!? 意識が戻られたのですね!」


「うん……なんとか、ね」


「お嬢様……」


 死の淵に立っているにも関わらず、常と変わらない微笑みを浮かべる主に、リリスはどう反応していいか分からず歯噛みする。


「私があの時、不覚を取らなければこんなことには……!」


「そんなことないわ。リリスは……ちゃんと私を護ってくれた」


 激しく自分を責め立てるリリスの頭を、まるで母親が子を慰めるように主である少女は撫でる。


「リリスは頑張ってくれた。だから、そんな風に自分を責めないで」


「お嬢様……しかし」


「もう……じゃあ、一つ私と約束して」


 なおも言い募るリリスに少女はほんの少し目を細めて言う。


「私の分まで生きて、今度は護れるように強くなって」


 リリスに抱き起こされた体勢のまま、少女はかつて街だった瓦礫の世界を見渡す。少女の瞳に映るのは生き残った人々の姿だ。


「もう二度と、こんなことが起きないように強くなって。ね? 約束」


「しかし、私の主はお嬢様だけで」


「そのご主人様はいなくなっちゃうんだから、また新たなご主人様を見つけなさいな。きっと私よりも良い人が見つかるわ」


「そんなこと……」


 否定しようとするリリスの瞳が涙に濡れる。腕の中で死に向かっていく主を繋ぎ留めることができない無力さに、泣きたくなる。


「ほら、泣かないの。綺麗な顔が台無しよ」


 そっと目尻に溜まった涙を拭って、少女は気丈に笑う。激痛に意識が飛びそうになるのを必死に堪えて、身体の末端から冷たくなっていく恐怖を押し殺し、少女は笑顔を絶やさない。

 自分の大切な騎士が路頭に迷わないように。間違っても復讐なんて辛い道を歩ませないために、少女は最期の瞬間まで笑顔で在り続けようとする。それがリリスのためにできる、唯一のことだから。

 だから――


「……リリス」


 今までの朗々とした口調ではない、弱々しい蚊の鳴くような声で幼き騎士の名を呼ぶ。


「ごめんね……」


 それは何に対する謝罪か、真意はリリスにも計り知れなかった。ただ、その一言を最期に少女は静かに瞼を閉じた。

 力を失った手が血溜まりを打つ。抱き起こす身体から伝わる生の鼓動が完全に止まった。


「お嬢様……? そんな……ああ……あぁああ……!」


 瓦礫と化した街に、幼き騎士の慟哭が響いた。



      ▼



 時間は少し遡る。

 東の空から太陽が顔を覗かせる、丁度日の出の時間帯。テルムスを護る防壁の物見塔で見張りをしていた兵士は、ようやく交代の時間だと欠伸を洩らした。隣では相方の兵士も疲労の色濃い表情で目を擦っている。

 ここ最近は境界の森の動向に一段と気を払っていたため、兵士達は非情に疲弊していた。境界の森から漂う異常な空気に、彼らも神経を張り続けていたのだ。早くベッドに横になって休みたい。そんな思いが兵士達の心を埋め尽くしていた。


 異変に気づいたのは交代のために塔から下りようとした、その矢先だった。


「何だ? あれ」


 境界の森の遥か彼方、魔族の大陸の上空。ぽつぽつと謎の黒い点が浮かび上がり、その数を急激に増加させていた。


「あれは……」


 小さく呟きながら目を凝らすと――


「ど、ドラゴンだ――!?」


 遠く離れていて分かり辛いが、魔族の大陸上空を埋め尽くす黒点の正体はドラゴンの群れだった。

 いや、正確にはドラゴン及び空を飛ぶ魔物の大軍勢である。巨大な蜂や蜻蛉(とんぼ)といった翅を持つ昆虫に翼を持つ怪鳥。翅や翼を持たずとも飛行能力を有する魔物も、いる。

 それらの魔物が大群を成してテルムスに迫ってきている。その現実に兵士は顔色を、青を通り越して土気色にして、半ば絶叫しながら兵士の詰所に報告へ飛んでいった。

 また、魔族の大陸ぎりぎりまで調査に出ていた冒険者達によって大量の魔物が軍勢と成して侵攻してきている事実が、ほぼ同時刻に冒険者ギルドへ齎された。



      ▼



 重苦しい空気が部屋を支配している。

 通路から部屋に場所を変え改めてリリスから事情を聞いた夕香は、ベッドに腰掛けて険しい表情を浮かべている。イザヨイは適当な壁に背を預けながら、やはりか、と予想していた事態に小さく嘆息を洩らした。

 イザヨイの溜め息に耳聡く反応した夕香は彼に鋭い視線を飛ばし、


「境界の森から魔物がいなくなったのは、こういうわけだったのね」


 目で「気づいていたのね?」と問うてくる夕香に、イザヨイは目を合わせず床に視線を彷徨わせるだけだ。代わりに応じたのは夕香の向かいのベッドに腰掛けるリリス。


「そのようだね。でも、まさか魔物が軍勢となって攻めてくるなんてね。……十年前と同じだ」


「十年前……それって」


 リリスの言葉尻を捉えた夕香が、何か思い当たる節があったのか改めて視線をイザヨイに向けた。向けられた当人はわけが分からず、若干困惑の表情を浮かべている。


「ユウカ君は知ってるみたいだね」


「知ってるというか……実際に見てきたから」


「そっか。なら、ちょっと僕の昔話に付き合ってくれるかな」


 そう言うリリスの表情は、常の凛々しさはなくどこか儚げで、それでいて隠しきれない膨大な感情が滲みでていた。

 それは悲しみか怒りか、それともまた別の何かか。何れにせよ、夕香とイザヨイに否はなかった。


「十年前のことだ。僕が住んでいた街に魔物の大群が押し寄せて来た。正確な数は明らかになっていないけど、優に千は越えていたよ。そんな数の暴力に街一つの戦力で対抗できるわけもなく、あっという間に街は蹂躙された」


 当時の状況を思い浮かべているのか、リリスは遠い目で天井を仰ぐ。夕香も実際にその目で被害状況を見てきたからか、痛ましげな表情でリリスを見ている。


「街の被害状況は酷かった。生き残りもほんの僅かで、それも数十人に満たない程度。生き残った者もその殆どが家族や友人を失って絶望していたよ」


 そこまで言って、リリスはふっと自嘲気に唇を歪めた。


「ここまで言えば分かるだろうけど、僕はその数十人の生き残りの一人。家も家族も何もかも失って、それでもおめおめと生き続けている元騎士だよ」


「リリス……」


 まるで自分を嘲るような物言いをするリリスに、夕香が思わず名を呼ぶ。そこにいつもの貴公子然としたリリスの姿はなかった。

 その様子を見て、イザヨイの胸中は複雑なものだった。何せ自分は魔王だ。リリスがどう思っているのかは知れないが、客観的に見れば彼女の街を襲った者達の親玉なのだ。もし自分の正体が魔王と知れたらどうなるか、考えるだけで頭が痛くなる。

 先の夕香の視線は恐らくこのことを言いたかったのだろう。


「まあ、僕の昔話はこれぐらいにしておこうか」


 陰鬱とした空気を払うように手を打ち鳴らし、いつもの凛とした表情を繕うリリス。


「それより問題なのは今だ。正直今回の襲撃の規模は十年前とは比べものにならない。下手をすればテルムスどころか王都あたりまで攻め入られるかもしれないんだ」


「それって、テルムスは……」


「幾らテルムスが防衛に優れていても、数が違いすぎる。そのうえ魔物には空中戦力も沢山いるという報告があったから、あの強固な防壁も意味をなさない。正直、テルムスは詰んでる」


「そんな……」


 純然たる現実を突きつけられて夕香が表情を曇らす。

それなりに過ごしてきた街に愛着が湧いていたのだろう。だがそれはリリスも同じはずだ。むしろリリスの方がその思いは強いだろう。そのせいか、いつもよりも口調が平坦だ。


「テルムスの領主は聡明だからね。この街に未来がないと悟るとすぐさま住民に避難指令を出したよ。そのせいで街は大混乱だけどね。南門は逃げる住民達で大混雑だよ」


 言われて意識を宿の外へ向ければ、確かに慌ただしく人の行き交う音や怒号が聞こえてくる。リリスの言う通りかなりのパニックに陥っているようだ。


「まあそれは住民達の話だね。ここからは冒険者の話だ」


 そう言ってリリスは正面の夕香と壁に凭れるイザヨイに目を向ける。


「ついさっき、冒険者ギルドが強制依頼を発令した。依頼内容は住民達が街を脱出するまでの時間稼ぎ(・・・・)。ランクはD以上の冒険者で、それ以下の者は住民達の護衛に回される」


「時間稼ぎって、その数を!? そんなの無理に決まってる!」


「そうだね。正直、生きて帰って来られるとは思ってないよ。でも、誰かがやらないといけないんだ」


「そんな……でも……」


 既に覚悟を決めているのか、リリスの表情に迷いはなかった。そんなリリスに何か言い募ろうとするも言葉が見つからず、夕香は黙り込んでしまう。


「そこで君達二人なんだけど……どうする?」


「どうするって……?」


「君達のランクはE()。つまり強制依頼の対象外だ。でも実力に関しては申し分ない。だから時間稼ぎと護衛、どちらにつくかは君達が決めてもらっていい、とギルドの職員が言っていたよ。僕はそれを伝えるために来たんだ。そしたら修羅場に遭遇しちゃったわけだけどね」


 最後に空気を和ませようと軽くリリスが冗談を付け加えるも、夕香は取り乱すこともなく真剣な表情でリリスを見据えている。


「そんなの決まってるじゃない。あたし達も時間稼ぎに――」


「――悪いが、俺達は護衛に回らせてもらう。リリス」


 今までずっと口を挟むことのなかったイザヨイが、夕香の言葉を遮って返答する。そのことに虚を突かれた夕香は目を瞬かせ、リリスは微かに苦笑を浮かべる。


「は、はあ!? アンタなに言って」


「護衛の方だね。分かった、そうギルドには伝えておくよ」


「ちょっ、リリス!?」 


 一方的に話を切り上げようとするリリスに夕香が驚愕の声を上げる。しかしリリスは構わず、話はこれで終わりとばかりに部屋を出て行ってしまう。

 イザヨイの傍を通った時に、「ユウカ君のフォロー、よろしく頼むよ」と言い残して。

 イザヨイはその言葉に静かに溜め息を吐き、今にもリリスを追いかけんといきり立っている夕香を見て頭を抱えるのだった。





テスト週間に入るのでしばらく更新を控えます。終わり次第きちんと更新致しますので、よろしくお願いします。

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