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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
23/41

23 魔族との戦い



 人々の殆どが寝静まる頃。頭上遥か高くで月が霞を纏いながら浮かんでいる様を宿の窓から眺めたのち、イザヨイはベッドに眠る夕香の姿を一瞥する。

 一週間近くベッドで眠れなかったのが余程堪えていたのか、夕香は横になるなりすぐさま寝息を立て始めていた。イザヨイがいるのにも関わらずだ。

 信頼しているとみるか、単純に無防備と捉えるか。以前の枯れている発言を思えば、恐らく前者なのだろう。嬉しくない信頼であるが。

 苦笑を洩らしながら、イザヨイは音も立てず自らに幻影魔術を行使する。イザヨイを取り巻く周囲の空間が僅かに歪み、彼の姿が消え去る。これで彼は誰の目にも映らなくなった。

 更に部屋に防御結界を張れば、準備は万端だ。


「さて……誘いに乗ってやるか」


 一つ呟いて、イザヨイは音もなく窓から飛び出した。



      ▼



 境界の森からの帰路、イザヨイは常にある感覚に見舞われていた。

 それは人間には感知できない、同族同士だけが捉えることができる一種の魔力波のようなもの。それがずっとイザヨイ個人に向けて放たれ続けていた。

 まるで誘うように、いや実際に相手は誘っているのだろう。

 イザヨイとしては少ない魔族の生き残りからの誘いに、友好的であれ敵対的であれすぐ応えてやりたかったのだが、生憎その場には夕香もリリスもいた。その状態で単独行動に走るわけにもいかず、仕方なく街まで戻り、態々夕香が寝静まるのを見計らって森へ向かうことにした。

 街から森まで徒歩で半日は掛かる行程を、ただでさえ廃スペックな魔王の身体に身体強化を掛け、砂塵などが巻き上がらないよう足場形成で若干地上から離れた宙空を駆け抜けた。


 僅か一時間足らずで、イザヨイの姿は森の入り口にあった。

 淡い月明かりでは照らせない森の奥。そこから魔力波が絶えず放たれている。

 イザヨイは一度呼吸を整えてから、ほぼ真っ暗闇の森の中へと足を踏み入れた。

 魔王の身体に備わった夜眼が利いていることもあって、月光が届かず足元もまともに見えない状況でありながらも、イザヨイは躓くこともなく奥地へと歩みを進める。その間、やはり魔物と遭遇することはなく、本格的に魔物が境界の森から退いているというのが分かる。

 魔物の気配の一つもしない異常な状況に眉を顰めながらもしばらく進んでいると、やや木々が疎らになって月明かりが差し込む場所に出た。

 イザヨイは剣の柄に手を掛け、いつでも抜けるように構えながら月明かりにその身を曝す。すると前方の闇の中から、まるでタイミングを図ったように一つの影が歩み出た。

 影の正体は男だった。

 くすんだ金髪に神経質そうに吊り上げられた目。背格好はローブに身を包んでいるため判然としないが、どことなく年老いた雰囲気が感じられる。しかしその身体に内包する魔力とさっきから向けられている殺気には老いなど全く感じられない。

 一見すれば普通の人間に見えなくもないこの男。しかし彼が放つ魔力波は間違いなく魔族のそれである。


 そもそも、魔族とは何か。

 魔族とは、端的に言えば魔力が自我を持った存在、一種の魔力生命体である。個体によって差はあるものの肉体の構造は人間と同様、筋肉があり、骨格があり、血液が流れている。だが、その構成の全てが魔力である。

 故に魔族の大半は魔術に優れ、肉体的にも人間とは比べものにならない程のスペックを有している。

 それだけ聞くと魔族がとんでもないチート的存在に思えるが、事実個体によっては比喩抜きで一騎当千を為し得る程の実力を持つ者もいた。ガイノスやレムがその例だ。

 ただ、如何せん魔族はその個体数が少ない。

 イザヨイが把握していた頃でさえ二千を越えていなかった。今では勇者の手によってその数の殆どが打ち倒され、生き残りが何人いるかも分からない。そんな状況下での同族との邂逅であるのだが、どうにも相手にイザヨイと友好的に付き合っていく気は皆無のようだ。


「のこのこ現れおったか、この裏切り者め……ッ!」


「何だと……?」


 迸るような怒気を露わに男が放った言葉にイザヨイが目を細める。


「魔族でありながら人間風情に与するなど、恥を知れッ!」


「……ああ、なるほど」


 言動から大方相手の意図に察しがついて、イザヨイは洩れ出る嘆息を禁じ得なかった。

 恐らくこの男は人間を見下す傾向の強い魔族。故にイザヨイが魔族でありながら人間と共に在ることが許容できなくて堪らないのだろう。


「貴様のような魔族の恥晒し、儂は認めんぞ」


 恐ろしく底冷えする怨嗟の声が響く。

 人間を脆弱で虚弱と評し、下に見る男にとってイザヨイの在り方は到底看過できるものではない。よって誘き出し始末する魂胆なのだろう。

 ただ、それだけが理由で動いているわけでもなさそうだ。

 相手が他にも何か企んでいることに気づいたイザヨイは、とりあえず引き出せるだけの情報を引き出そうと、剣を構えた。


「儂がこの手で葬ってくれよう。今この場で死ぬがいい!」


 そう言って男がイザヨイに向けて手を突き出すと、


 ――バリィ!


月明かりの中を紫電が走った。


「――ッ!」


 イザヨイは瞬時に剣を手放してその場から身を翻す。瞬間、宙に置き去りにされた剣に男の手から放たれた稲妻が炸裂した。


「今のは魔術……ではないな。固有能力か」


 魔族には個体によって固有能力を持つ者がいる。己の肉体を巨大化させたり、口からドラゴンの如く火炎を吹いたり、今のように雷を操ったりと。これもまた魔族のとんでもなさに拍車をかけている要因の一つだ。ちなみにイザヨイに固有能力はない。理不尽である。


「ちっ……すばしっこい奴め」


 忌々しげに舌打ちをしつつ、男は再びイザヨイに向けて腕を掲げる。イザヨイは狙われまいと常に動き続けて相手を翻弄する。


「えぇい、ちょこまか鬱陶しい! 《雷槍》」


 どうにも男の固有能力はしっかりと狙いを定めなければ放てないようで、攻め手が魔術へと切り替わる。

 男の周囲を取り巻くように槍を模した雷が幾つも現出し、バラバラにイザヨイへ殺到する。

 迫ってくる大量の雷の槍に、全てを躱し切るのは無理と判断してイザヨイは手近の木の陰に飛び込んでそれをやり過ごす。雷に撃たれた木がバリバリと耳障りな音を発するがそれも数秒で治まる。

 攻撃の手が止んだのを訝しみ、イザヨイは相手の出方を窺おうと木の陰から顔を覗かせて――


「――ぐっ!」


 隠れていた木諸共雷撃に身を貫かれた。


「木など、盾にもならぬわ」


 魔術の雷撃と違い固有能力の方は貫通性と威力が高かったらしく、木は落雷に見舞われたかのように無惨に縦に裂けていた。

 当然、木が裂ける程の雷撃を一身に受けたイザヨイは堪らず膝を突いてしまう。

 圧倒的優位に立った男が、悠々とした態度で愉悦に口角を吊り上げる。


「所詮はこの程度か。話にもならん」


 嘲るように鼻で笑い、イザヨイを見下す男。完全に自分の勝利を確信して油断し切っている。しかし事実、あの雷撃にはそれだけの威力があった。並み(・・)の魔族ならば一撃で行動不能に陥れる程度には。


「……何故、魔族であるお前がこんな人間の大陸近くにいるんだ……」


「裏切り者に語る言葉などないわ。この魔族の面汚しめがッ……!」


 嘲笑と罵倒、それに怒りを多分に含んだ口調。格下相手に優越感に浸ることはあっても、迂闊に情報を零すような愚は犯さない。ただただイザヨイを目障りな障害としてしか認識していないのだろう。

 これ以上、この男が口を滑らすのを期待しても無意味だろう。

 ならば――


「――力づくで口を割らせるしかないな」


 膝を突いた体勢からスタートダッシュを切るように駆け出し、目にも留まらぬ速さで男の懐に飛び込む。


「ぬぁっ!?」


 十歩は開いていた間合いが瞬き程の間に詰められて驚愕の相を浮かべる男。それでも反射的に雷撃を放とうと腕を掲げるあたり、男がそれなりに修羅場を越えていることが窺える。

 だが、


「遅い……!」


「ぐおっ!?」


 腕を掲げた時には既にイザヨイの姿は男の背後にあり、無防備に曝された背中へ痛烈な蹴りを叩きこんでいた。蹴りを諸に受けた男は顔面から地面に倒れ込む。

 イザヨイはその背中に足を乗せて起き上がれないよう押さえつつ、魔力を伴った威圧を叩きつける。


「さてと、洗い浚い話してもらおうか。生憎拷問の知識はなくてな、できれば素直に話してくれるとありがたい」


「ば、馬鹿な……儂の雷撃を受けて、何故動ける……!?」


 男は自分の固有能力に絶対とは言わずともそれなり以上に自信を持っていた。諸に浴びれば心臓は止まるし、最低でも身体が痺れて行動不能に陥れることができるはずだった。

 相手が並みの魔族だったなら。

 勇者の聖剣の一撃にすら耐えうる肉体を持つイザヨイにとって、先の雷撃など蚊に刺された程度でしかない。それでも態々重傷を負ったように見せかけたのは、偏に男が勝手に情報を喋ってくれるのを期待したからだ。ただそれだけ。

 最初から勝敗は決していたのだ。幾ら足元の魔族が強かろうと、擬似的とはいえ不死の魔王であるイザヨイに敵う道理などない。


「ぐうぉ……」


 足からの物理的圧力と威圧による精神的圧力に曝されて、男がくぐもった呻き声を上げる。

 イザヨイはそんな男の状態などお構いなしに尋問を続ける。


「そうだな、お前以外の生き残りとその居場所、境界の森の魔物を使って何を企んでいるか、話してもらおうか」


「な、何のこと……だ……」


「白を切ろうとも無駄だ。ここまであからさまに事を起こしておいて、誤魔化せると思っているのか?」


 境界の森の魔物の消失と男の襲撃。この二つは確実に裏で繋がっているとイザヨイは直感的に悟っていた。でなければもっと早くに、それこそテルムスに訪れて早々に襲撃されていたはずだ。

 必死に動揺を押し隠そうとする男に足からかける圧力と威圧を強めて再度問う。


「ぐがぁ!」


 ベキィ! と人体から鳴ってはならない異音が発せられる。魔族であっても骨格は人間と同じくあるわけで、今のは恐らく肋骨かどこかが折れた音だろう。

 背中にかけられる圧力から逃れようと男は身を捩ろうとするが、それをイザヨイが許すはずもなく、ただ両腕両足を虚しくばたつかせるだけに終わった。


「くそ、くそっ……話が違うではないか!」


「ほう、誰かから前もって俺について情報を与えられていたか。で、その仲間はどこに隠れているんだ?」


 口にして拙いと気づいたのだろう。男は苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んでしまう。

 イザヨイは沈黙を貫く男から周囲の闇へと意識を向ける。男の言葉が事実ならば、どこからか自分達を監視している者がいるかもしれない、そう考えて周辺の気配を探っているのだ。

 そのほんの僅かな意識の間隙を、男は見逃さなかった。


「くっ、かくなる上は……!」


 男は自らの懐に手を突っ込む。その行動に何かしらの奥の手を隠していたか、と一瞬遅れてイザヨイは身構えるが、


「我ら魔族に栄光あれッ!!」


 ――ずぶり。


 声高に宣言したのちに男は、あろうことか隠し持っていた懐剣を自らの喉笛に突き刺した。


「…………は?」


 思わず戸惑いの声を洩らすイザヨイ。流石のイザヨイも、この展開には唖然としてしまう。まさか躊躇いもなく自ら命を絶つとは、思いもしなかった。

 足元で男が完全に息絶える。その顔には勝ち誇ったような、嘲るような笑みが貼り付いていた。





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