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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
18/41

18 野盗との一戦


 手合わせを終え、一行はテルムスの街への帰路についていた。


「また負けた……」


 ズーンと効果音が付きそうな程落ち込んでいる夕香。ここずっとイザヨイにも負け続け、追い打ちをかけるようにリリスにも負けを喫したのだ。ショックも一入だろう。


「そう落ち込まないで、ユウカ君。正直言って今回は純粋な剣の勝負だったから勝てただけで、実戦になればどうなるかは分からないよ」


 落ち込む夕香をきっちりフォローするあたり、リリスは抜かりがない。


「実際ユウカ君の力はとんでもなかったからね。剣が地面に刺さった時は……ちょっと驚いたよ」


 先の光景を思い出したのか、頬を引き攣らせながら言う。絶対ちょっと驚いた程度じゃないだろうに、夕香を気遣って言葉を選ぶ紳士ぶりにイザヨイは感服した。


「しかしユウカ君の実力には驚かされたよ。これでFランクなんて、それこそ詐欺だよ」


 言外にランクアップしろと訴えてくるリリスが、イザヨイに軽く視線を流す。だが当の本人は肩を竦めるだけで、言われた夕香に至っては言葉の裏のやり取りを理解しておらず額面通りに受け取っていた。


「あはは、そんなこと言ったらこいつなんて詐欺どころか反則ですよ」


「おい馬鹿、余計なことを言うな」


「誰がバカよ!」


 うがーと掴みかかってくる夕香を、イザヨイは腕をつっかえ棒にして突っぱねる。


「へぇ、どういう風に反則なんだい?」


「具体的に言えば斬り合っている最中にあたしの剣を剣の柄頭で弾くぐらい」


「そ、それは確かに反則だね……」


 まさかそこまでの規格外だとは思ってもみなかったのか、リリスは今までにない程の驚愕を顔に浮かべた。

 一方イザヨイは、自分の実力の一端を軽々しく洩らした夕香に仕置きを敢行するところだった。


「あれ? ちょっと、なんで頭掴んで、って痛い痛いっ!」


 抑えこんでいた手を頭へと移し、そのままアイアンクローへと移行。メキメキと何やら手元から不穏な音が聞こえてくるが無視。間違いを犯せば仕置きをするのは女子供だろうと関係ないのだ。


「いやー! 割れるっ、割れちゃうからぁ!」


「イザヨイ君、もうそれくらいで勘弁してくれないかな?」


 じたばたと本気で暴れ始めた夕香を流石に気の毒と思ったのか、リリスが助け船を出す。が、イザヨイに止める気などさらさらない。


「いやあああぁぁぁ……」


 最後に悲鳴を残し、夕香は沈黙した。


「折檻完了」


 ふっ、と一仕事終えたように清々しい笑みを浮かべるイザヨイ。そんな彼に頭を鷲掴みにされたままだらんと力なく揺れる夕香の姿を見て、顔を青褪めさせるリリス。


「いくら何でもやりすぎじゃないかな……」


「まあ、気にするな。どうせすぐ目が覚める」


 そう言って気絶した夕香を背負い、イザヨイ一行は街へと歩みを進める。若干荷物(夕香)が増えたために足が遅くなったが、イザヨイ達は問題なく森を抜けた。



      ▼



 森を抜け、夕香も目を覚ましてテルムスまで続く街道を歩いている時だった。


「……ん? 今なんか聞こえなかった?」


 歩みを止めて夕香が首を傾げた。


「これは……悲鳴、かな」


「剣戟の音も混じっているな」


 風に乗って微かに聞こえてきた声と音に、イザヨイとリリスは俄かに警戒を高める。

 その場に立ち止まり、各々が悲鳴と剣戟の音が響いてきた街道の先に目をやれば、かなり離れた場所で馬車が数人の男に囲まれている光景が目に飛び込んだ。


「どうやら襲われているようだね」


「ちょっと、それって大変じゃない!」


 冷静に状況を把握するリリスとは対照的に、夕香は今にも助太刀に参らんと駆け出しそうだ。そんな夕香の肩を宿探しの二の舞にならないようにイザヨイががっしりと掴み、一度落ち着くように宥める。


「落ち着け夕香。先走るな」


「でも、急がないと馬車の人達が危ないでしょ!」


「だからって考えなしに飛び込んでみろ。他にも伏兵がいたらどうする気だ」


「そんなのぶっ飛ばすに決まってんじゃない」


 どうしてこの少女はこうも直情的脳筋思考なのだろうか。一度走り出したら止まらないタイプだ。

 話を右から左へ聞き流してまともに取り合わない夕香にイザヨイが頭痛を覚えていると、横からリリスが諭すように口を開いた。


「逸る気持ちは分かるけど、焦っちゃダメだよ。それにいきなり飛び込んだりしたら元からいる護衛まで驚かせてしまうよ」


「……そうね、リリスさんの言うとおりだわ」


 理路整然としたリリスの言葉に冷静さを取り戻した夕香は一度深呼吸をし、改めてイザヨイに向き直った。


「イザヨイも、ごめん」


「気にするな、いつものことだ」


「むっ、まあそうだけど……」


 唇を尖らせて拗ねる夕香の姿に、イザヨイとリリスは揃って顔を見合わせ苦笑。だがすぐに気を引き締め、対応についての簡単な打ち合わせをしながら馬車へと走り出す


「まず、伏兵がいるのは確実だろう。恐らく林の中だろうから、そっちは俺が対処する」


「分かった。じゃああたしとリリスさんで馬車の方を片付けるわ」


「ちゃんと敵でないことを主張しないとダメだよ」


「分かってますって」


 再度の注意に夕香は適当に頷いた。本当に大丈夫かイザヨイは一抹の不安を覚えたが、余程の相手でない限り二人とも遅れを取ることはないだろうと割り切る。


「なら、俺は林から行く。油断するなよ」


 短く釘を刺してからイザヨイは街道に並行する林に飛び込んだ。

 街道沿いの林に足を取られる程の茂みや身を隠せる灌木の類は少ない。疾走を邪魔する障害物がない以上、イザヨイは林の中でありながら街道と然して変わらぬ速度を以ってして馬車へと急行する。

 ちらりと横に目をやれば夕香もかなりの速度で街道を走っていた。その一歩後ろをリリスが置いていかれまいと疾走している。


「ぎゃああああ!」


「このっ、くそがぁ!」


「死ねぇ!」


 声が明瞭に聞こえるようになったところで夕香が更に加速。剣は抜かず走った勢いを乗せた強烈な拳を一番近くにいた野盗らしき男の背に叩き込んだ。

 成人男性が小柄な少女に吹っ飛ばされる光景を半ば呆れ混じりに見届けてから、イザヨイは街道から林の樹上で想定外の闖入者に驚いている射手三人に意識を向ける。

 それぞれが別々の樹に上っているため個別の対応が求められるのが厄介だ。

 射手三人が我に返る前にイザヨイは剣を抜く。魔術で叩き落としてもよかったのだが、過剰火力になりかねないし、出来得る限り手札は伏せておきたかった。夕香がうっかり洩らしたので剣については堂々と揮っても問題ない。


「――ふっ!」


 一息のうちに人間の胴回り以上はある樹を立て続けに三本斬り倒す。意識の外からの襲撃に反応できなかった射手達は為す術もなく、倒れる樹と共に地面に叩きつけられて昏倒した。

 射手達が完全に沈黙したのを確認し、イザヨイは街道の馬車へと目を向ける。そちらは既に夕香とリリスの乱入により鎮火されており、今はリリスが襲われていた馬車の護衛と何かしら会話していた。

 イザヨイも合流しようと昏倒した三人を引きずって馬車へ向かう。その時だった。


「――ぐっ、このガキぃ……!」


「えっ?」


 地に伏していた男の一人が意識を取り戻し、懐に隠し持っていた短剣を片手に夕香に襲いかかった。

 夕香は完全に不意を打たれて呆けてしまっている。


「夕香ッ!」


 引きずる男達を捨てすぐさまイザヨイは駆け出すが、間に合わない。出し惜しみしている場合ではないと判断し、即座に防御結界を構築しようと構えて――


「――往生際が悪いよ」


 凛とした声が響いて、次の瞬間には男の上半身と下半身が別たれていた。

 ぐしゃりと湿っぽい音を立てて盗賊が地に沈む。男を中心として血の海が広がっていく。その光景を茫然と夕香が見つめている。

 一方盗賊を真っ二つにした張本人リリスは何の感慨もないように剣に付着した血を振り払うと、硬直して動かない夕香を気遣うように声をかける。


「ユウカ君、大丈夫かい?」


「あ……はい……」


 心ここに在らずといった様子の夕香。恐らくショックを受けているのだろうとリリスは励ましの意味を込めて優しく肩を叩くと、再び護衛達の方へと歩いていった。

 ぽつんと一人立ち尽くす夕香にイザヨイは歩み寄ると、リリスがしたのと同じように肩に手を載せた。だがその手に込められた意味はまるで違う。


「夕香。お前、まさか――」


 イザヨイが言わんとしていることを悟ったのか、夕香の身体がびくりと跳ねる。


「――人を殺したことがないのか」


 その問いに、夕香はただただ目を伏せるだけだった。





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