表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
17/41

17 ランクAの実力


 いつの間にか夕香とリリスの仲が深まっていくことを努めて気にしないようにして、イザヨイ一行は街から一時間程の近場の森へと赴いていた。

 最初のぎこちなさもなくなり楽しげにお喋りに興じる二人を他所に、イザヨイは指定された薬草を一人黙々と摘んでは袋に入れていた。


「でもリリスさんがAランク冒険者だったなんて、驚きましたよ」


「そうかな?」


「というか、なんでそんな凄い人がアイツと一緒にお酒なんかって……」


「ふふっ、まだまだユウカ君にはお酒は早いからね。あと二年もすれば分かるようになるさ」


「そういうものなんですかねー」


 実にほのぼのとした会話である。ただしここが境界の森程ではなくとも魔物が闊歩する森の中であることを思うと、よくも呑気に会話できるものだなと呆れつつ採集の手は止めない。

 木陰の下で談笑に興じる二人を背に只管薬草を摘んでは袋へ、摘んでは袋へ。無心になって摘むことしばらく、ようやく袋が一杯になった。

 ふう、と一息吐いて立ち上がると、二人もイザヨイの動きを察して近づいてくる。


「おつかれさま~。アンタが黙々と薬草摘んでる姿はなかなかシュールだったわ」


「こらこらユウカ君。あまり彼をからかってはダメだよ」


「いいのよ。いつもバカにしてくるんだがらこれぐらい」


 小さく鼻を鳴らしてそっぽを向く夕香。その反応を微笑ましいものを見るような目で見るリリス。もう既に色々と手遅れな気がして遠い目をするイザヨイ。

 なかなかに混沌とした状況で、もうなるなようになれ、とイザヨイは一人諦めの境地に至った。そんな彼の隣でリリスがあからさまに聞こえるように溜め息を洩らした。


「本当に何もないまま終わってしまったね」


「森の中でもかなり浅い場所だからな。たとえ魔物が出たとしても実力の一端も見せぬまま終わるぞ」


「確かにそうだね。なら……」


 にやりとリリスが口の端を僅かに吊り上げた。その笑みを見て、イザヨイは次に彼女が紡ぐ言葉が容易く想像できた。


「僕と手合わせをしてくれないかな?」


 そらきた、と予想通りすぎる展開に頭を抑えながら天を仰ぐ。

 薄々そんな気はしていたが、リリスは軽い戦闘狂の類なのだろう。自覚があるかは知れないが、これよりももっと酷い戦闘狂を相手にしてきたからイザヨイはすぐ分かった。

 ガイノスは酷かった。イザヨイが強くなればなる程に生き生きとして叩き潰しにかかる。生粋の戦闘狂とは彼のことを言うのだろう、とイザヨイは当時死んだ目で零していた。

 お陰でイザヨイはここまで強くなれたのだが、生傷の絶えない日々を送らされた当人としては素直には喜べなかった。

 記憶の中で獰猛に笑うガイノスの姿を振り払って、イザヨイが如何にしてこの戦闘狂をあしらうか思慮を巡らしていると、自分は無関係だと日和見を決め込んでいた夕香が視界に入った。


 ――よし、決めた。


「俺よりも夕香の方が強いぞ」


 いっそ清々しいまでに押し付けた。


「へあ!? アンタなに言って――」


「へえ、そうなのかい」


 リリスの目が獲物を見つけた猛獣のソレになった。


「確かに。あの時の身のこなしは素晴らしかったね」


 恐らくギルドで夕香がテーブルを砕いた時のことを思い浮かべているのだろう。徐々にリリスの浮かべる笑みが深まっていく。


「ふむ、ではユウカ君。お相手をお願いしてもいいかな?」


「うぇあ!? ちょ、ええ?」


 まさか巻き込まれるとは思ってもみなかった夕香は、リリスの言葉に無意識のうちに頷いてしまった。


「よし! では早速、近くに木々が開けた場所があるから行こうか」


「は、はぃ……」


 善は急げとばかりに手を引かれて夕香はリリスと共に先へ行ってしまう。その際、夕香が恨みがましい視線を送ってきていたがイザヨイは我関せずと雲を眺めていた。


 ――許せ、夕香。戦闘狂はガイノスで懲り懲りなんだ。


 しかし、この流れるような手腕といい、事前に場所を把握していたことを思うと、リリスは最初からこの展開に持ち込む気だったのだろう。食えない相手である。

 薄雲かかる空を仰ぎ見ながら、イザヨイは二人のあとを追った。



      ▼



 ぽっかりと木々が円形状に切り開かれた空間。そこで夕香とリリスは互いに向かい合っていた。

二人の間についさっきまでの和やかな雰囲気はなく、互いに肌が張り詰めるような戦意を剥き出しにしている。

 そんな二人からやや離れた位置で、イザヨイは審判役として見守っていた。


「魔術は身体強化のみ。お互いやりすぎない程度に注意しろよ」


「分かってるわよ」


「勿論さ」


 一触即発の二人に念のために注意を促すが、果たしてどこまで意味があるのか。


「では――始めッ!」


 イザヨイの開始の合図と共に二人は動き出した。

 二人とも先手必勝と言わんばかりに突撃、目にも留まらぬ速さで三本の剣が激突した。


「はあっ!」


「くっ……!」


 魔族にも匹敵する膂力から放たれる一撃と真っ向からぶつかったリリスは、驚愕の表情を浮かべながらも後ろに飛ぶことで衝撃を受け流した。


「なんて力なんだ……。真っ向からは分が悪そうだね」


「そ、そんなに強かった……?」


 夕香は今まで殆ど対人戦をしてこなかったのだろう。故に比較対象がイザヨイだけだったのでリリスの割と本気の反応に当惑していた。


「でも、これはこれで好都合だね。……お陰で試すことができる」


 静かに呟くとリリスは剣を構えた。合わせて夕香も剣を構える。


「行くわよッ!」


 膠着状態になる前に打って出たのは夕香だった。

 地面を砕かん勢いで駆け出して斬りかかる。それに対してリリスはその場から一歩も動かない。

 風を切り裂きながら剣がリリスに迫る。だが、


「ふっ」


 呼気を吐き出し脱力したリリスは、僅かに身体をずらしたうえで左の剣を以ってして夕香の剣を受け流した。


「うあっ!?」


 完璧なまでに受け流された剣は勢いそのままリリスの足元の地面に半ばまで突き刺さった。

 それを見てリリスは盛大に顔を引き攣らせるが、すぐに右の剣を横薙ぎに振るった。


「やばっ!」


 瞬時に身を屈めてこれを躱し、夕香は剣を地面から引き抜きながら一旦間合いを取ろうと飛び退った。だがリリスがその隙を逃すはずもなく、踊るように舞いながら斬りかかる。


「はああっ!」


「うわ、わっ」


 持ち前の反射神経で、夕香は繰り出される連撃を剣で受け止める。だがそれも体勢を崩した状況では続かない。


「まだまだ……ッ!」


 未だ体勢の整っていない夕香に白刃が迫る。夕香は必死に剣で凌ぐが、手数の差故に劣勢に立たされてしまう。


「こ、んのっ……!」


 どうにか一撃入れようと隙を狙う夕香だが、リリスの流麗な動きに隙を見い出せず、強引に剣を振るっても流されてしまう。そのうえ、きっちりこちらの隙は突いてくるので手に負えない。


 以前にも述べたが、夕香の剣は愚直なまでに真っ直ぐだ。馬鹿正直と言ってもいい。

 対してリリスだが、彼女は受け流すことを基本とする対人戦を想定したスタイルだ。加えて二刀流によって手数を増やすと同時にその長所を最大限に発揮している。

 二刀流の長所。手数が増え火力が増すことだけと思われがちだが、それだけではない。一方の剣で攻撃を防ぎ、もう一方で相手を攻める。攻防一体のスタイルを為し得るのがその最大の長所であろう。

 対魔物であればあまり意味を為さないかもしれないが、こと対人戦においては、使い手にもよるが一方的な展開にすら持ち込むことが可能である。リリスはそれを為せるだけの技術と経験を持ち合わせている。

 加えてリリスの動きは隙のない、洗練された舞踊のようだった。その二つが合わさったリリスの剣術は、夕香にとっては厄介以外の何物でもなかった。

 状況の不利を悟った夕香はすぐさま間合いを取ろうと下がるも、逃がさないと言わんばかりにリリスが密着してくる。


「ああ、もう! しつこいってのッ!」


 力任せに夕香が剣を横に薙いだ。リリスはその一撃も受け流そうと構えたが、剣の勢いがあまりにも強烈だったため回避へと切り替えた。


「もらった!」


 大振りをすれば致命的な隙が生まれるのは当然。振り抜いた体勢で隙だらけだった夕香は、首と脇腹に剣を当てられたのだった。


「リリスの勝ちだな」


 イザヨイが勝敗を告げれば、二人は大人しく剣を下ろした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ