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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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15 Aランク冒険者の憂鬱


「何者か、と問われてもな。知りあって間もない人間に馬鹿正直に素性を明かすと思うか?」


「それもそうだね。少し話を急ぎ過ぎたかな」


 リリスは店主に空いたグラスに酒を注いでもらうと、口をつける。


「じゃあ順番に。君達はどこかの貴族の人間かい? それとも騎士の家系かな?」


「何故そう思う?」


「仕草や言動から、かな。所作や言葉遣いからしてそれなりに教育を受けた人間だというのは分かったからね。僕としては騎士ではなく貴族だと踏んでいる。どうかな?」


 細かいところまでよく見ているな、とイザヨイは素直に感心する。

 確かにイザヨイも夕香も元の世界で一定の教育を受け、最低限の礼儀作法は身につけている。加えてイザヨイに関しては魔族式ながらも魔王として恥ずべくことのないようマナーも叩き込まれている。この世界でならば貴族と間違えられても何ら不自然ではない。

 しかし、リリスの自信満々の推測に対してイザヨイが律儀に答えてやる筋合いはない。

 軽く肩を竦めて、イザヨイは逆に訊き返した。


「そういうお前はどうなんだ。騎士か?」


「ご明察。僕は騎士の家系に生まれた人間だよ」


 ご丁寧に返答をされるとは思っておらず少しばかり面食らってしまう。

 イザヨイの動揺を察してリリスは恥じらい混じりに言葉を紡いだ。


「これでもAランク冒険者だからね。それなりに名が通っているから調べればすぐに分かることさ」


 Aランク。F~Sまである冒険者ランクにおいて、Aとは即ちSの一歩手前。それが示すのは相当な実力者であること。宿でさらっと夕香から説明された時に、冒険者ランクが高ければ高い程周囲からの注目も期待も高いと聞かされた。

 なる程、道理でリリスが隣に座ってからこちらに向けられる視線が増えたわけだ。イザヨイは自分に向けられる妬み嫉みの視線の正体に納得して小さく嘆息を洩らした。


「有名ってのも大変だな」


「本当だよ。ある意味彼らのお陰で気配を消すのが上手くなったものだからね」


 ははっ、と力なく笑うリリスにイザヨイは憐れみを禁じ得なかった。それに気がついてリリスは軽く咳払いをして話を戻す。


「それより、僕は話したのだから君も教えてくれてもいいんじゃないか?」


「そんな周知の事実を見返りに話せるか」


「ケチだね。酒の席なのだから昔語りの一つや二つ、いいじゃないか?」


「生憎、語れる程高尚な人生じゃないんでな」


 本当に、彼の半生は到底胸の張れるものではない。むしろ糾弾され、淘汰されるべき代物だろう。おいそれと他人に語れるわけもない。


「……ふむ。まあ言いたくないのを無理に聞くのも無粋だし、ここは純粋に酒を楽しもうか」


 イザヨイの意を汲んで引き下がったリリスはグラスを大きく傾けた。


「それに、誰にだって知られたくない過去はあるものだからね」


 その独白は、恐らく無意識の内に零したものなのだろう。憂いをその端正な横顔に浮べてグラスを持つ姿は、そこはかとなく悲しげだった。

 イザヨイはあえてそれを突くことをせず、二杯目の酒を飲み干した。


「……おっと、すまないね。これでは折角の酒が不味くなってしまう」


 努めて明るく振舞いながら一気に酒を飲み干したリリスは、何やら意味深な笑みを浮かべてイザヨイに向き直った。


「ところで、実のところイザヨイ君とユウカ君の関係は何なのかな?」


 また突拍子もない話になったな、とイザヨイは内心で呟きつつ酒の肴には丁度いいかと思い口を開く。


「そうだな。まあ……いじり甲斐のある子供、というところか」


「子供? そう歳が離れているようには見えなかった気が……」


「ああ、まあ何と言うか……感覚的なものだ」


 実際は数百もの歳の差があるので子供という感覚なのだが、それを言うわけにもいかず言葉を濁す形になってしまう。


「そう。しかし、いじり甲斐があるか……益々魅力的じゃないか」


「……さっきのは冗談じゃなかったのか?」


「ふふっ、勿論冗談さ。安心してくれ」


 何故だろう、ここまで安心できない言葉は初めてだった。


「ふむ、ではイザヨイ君とユウカ君は恋仲ではないのだね?」


「違うが……何故そんなことを聞く?」


「いや、もし恋仲なら水を差すのは止した方がいいだろうと思ってね。でも……」


 僅かに顔を俯かせて考えるような仕草をすると、リリスは今までの下世話な雰囲気とは打って変わって真剣な表情でイザヨイを見据えてきた。


「身勝手なのは重々承知のうえなのだけど。君達の冒険者としての活動に、僕も同行させてもらってはダメだろうか?」


「……まさか、夕香狙いか?」


「ち、違う! 少しふざけがすぎたから疑われてしまうのも仕方ないけれど、違うんだ……」


 割と本気で狼狽しながら否定するリリス。だがすぐに己の痴態に気づき、誤魔化すように咳払いをすると再び真剣な面持ちでイザヨイを見る。


「素性の詮索はもうしないけれど、それでも君達がどれ程の実力を持つのかは個人的に気になるんだ。それこそ、相当な腕前を持つのなら僕からギルドに口添えして早々にランクアップをしてほしい」


「それはまた、どうして?」


「先輩のちょっとしたお節介……と言いたいところだけど、本音は違う」


 頭痛を堪えるようにこめかみに手を当て、リリスは苦々しげに口を開く。


「冒険者ギルドは現在人材不足……いや、人は多いのだけど実力のある冒険者が不足していてね。ぶっちゃけてしまうと、今ここテルムスの街にいるランクAの冒険者は僕しかいない」


 それは、素人目に考えても異常な状況である。テルムスは仮にも境界の森を目と鼻の先にする、言わば最前線。そんな街の戦力となる冒険者の、特に実力者となるであろうランクAがリリスだけというのはいくら何でもおかしいだろう。


「妙だと思うだろう? これには理由があってね。数日前、王都の冒険者ギルド本部から全ての街のギルドに対してとある依頼が出て、それによって多くの冒険者が王都へと行ってしまったんだ」


 そう言ってリリスは懐から一枚の紙を取り出して広げた。紙は(くだん)の依頼書のようで、依頼内容や報酬について書かれていた。

 イザヨイは依頼書にさっと目を通して、あからさまに顔を顰めた。


「これは……依頼書としてどうなんだ?」


「僕に言われてもなぁ……」


 リリスが見せてきた依頼書は明確な依頼内容はぼかされた、報酬と王族の印らしきものが押されただけのとても依頼書とは思えない代物だった。しかも報酬だけは馬鹿みたいに高い。


「怪しすぎるだろう、これは……」


「僕もそう思って残ったんだ。でも皆報酬に目が眩んだのか、半信半疑の人も確認のためって。お陰でテルムスの戦力はガタ落ち。注目も一手に引き受ける羽目になって、もう勘弁してほしいよ……」


 ランクAともなれば周囲の冒険者達からの注目も一入(ひとしお)だろう。弱々しく愚痴を零すリリスの姿に、イザヨイはかつての自分を幻視した。彼も昔は魔王だ何だと騒がれていたので、気持ちが分からなくもなかった。

 二人の溜め息が重なった。


「それで、どうかな? 僕の提案は受け入れてもらえるかい?」


 酔いが回ってきたのか、ほんのり頬を紅潮させて気持ち身体を寄せながらリリスが改めて尋ねてくる。

 イザヨイはしばしの熟考ののち口を開く


「……一つ、条件がある」


「何かな?」


「俺達についてくるのは構わない。ただそれ相応の実力があると判断したとしても、ギルドにランクアップの具申をするのはやめてくれ」


「……理由を訊いても?」


 訝るように目を細めてイザヨイの真意を掴もうとするリリス。それに対してイザヨイはいっそ清々しいくらいの笑みを浮かべて、


「悪目立ちしてお前の二の舞にはなりたくないからな」


 堂々と言い放った。

 リリスはイザヨイの皮肉を受けて口を半開いて呆然とするも、ややあって噴きだして笑いいだす。


「いやはや、それを言われると何とも言えないなぁ」


 口元を隠して笑いを堪えようとしているようだが、肩が震えていて全く隠せていない。余程リリスの琴線に触れたらしい。

 結局、リリスが笑いを治めるのには数分を要した。


「ふう、久々にあんなに笑ったよ」


「それはよかったな」


 晴れやかに笑うリリスにイザヨイもつられて笑みを零す。


「それじゃあ、よろしく頼むよ。イザヨイ君」


「ああ、こちらこそ」


 どちらからともなく手を差し出し、握り合った。

 このあともしばらくイザヨイとリリスは酒を呷り、本格的に酔いが回り始めたところで切り上げた。



      ▼



「ランクA冒険者との繋がりを得られたのは僥倖だったな」


 酒で火照った身体を夜風で冷ましながら人も疎らな街を歩く。リリスとは宿が違ったので酒場の前で別れている。その際「送り狼にはならないのかい?」などと問題発言をしてくれたので、イザヨイが眠気覚ましを兼ねて軽く頭を叩くなどというやりとりがあったりもした。

 その時、何故か周囲から殺気混じりの視線を浴びせられたが、イザヨイは努めて無視して流した。恐らくリリスのファンか何かの仕業だろう。


「これに関しては弊害として受け入れるか……」


 物理的に手出しをしてくれば手痛く返り討ちにすればいいだけ。何かしら卑怯な手を講じようにもリリスがこちら側にいる限り目立った妨害はできないだろう。

 問題ないわけではないが、リターンを考えれば小さなリスクだ。この調子で地道に信頼を築いていけばもしも(・・・)の時に対応ができる。

 はあ、とイザヨイは小さく溜め息を吐く。夕香と出会ってから溜め息の数が増えた気がするのは気のせいではないだろう。


「とりあえず、帰るか」


 足を宿に向けてはたと気がつく。


「戸締りされているな……」


 イザヨイが戸締りしろと言ったので、文句は言えない。ただ朝になるまで暇になってしまった。

 結局、イザヨイは朝になるまで街の中を徘徊することになった。お陰で街の構造を殆ど憶えてしまうイザヨイだった。






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