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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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14 酒場での邂逅



 日が完全に落ちて夜の帳が掛かり始めた空を、イザヨイは窓に腰掛けながら眺めていた。

 この世界は光害なんてものとは無縁かつ空気が澄んでいるので、星の一つ一つが綺麗に見える。

 イザヨイが一人で星空観賞をしていると、部屋のドアが開いた。


「う~さむっ。さすがに夜の水浴びは無茶だったか~」


 震える身体を抱きしめる夕香の姿がそこにあった。


「なら水浴びなんてしなければよかっただろ」


「だって汗かいちゃったんだから、仕方ないでしょ。あ~、さむっ!」


 寒さに堪えかねて夕香は部屋に唯一あるベッドに飛び込むと、そのまま毛布に身を包んで丸くなってしまった。

 そんな奇行に軽く呆れながら、イザヨイは窓から身を乗り出す。


「どっか行くの?」


「軽く呷ってくる」


 くいっ、と酒を呷る素振りを見せるイザヨイに夕香があからさまに顔を顰めた。


「なんか、行動が爺臭いわよ」


「年齢的には間違っていない。まあ数少ない楽しみの一つなんだ。大目に見ろ」


 イザヨイがそう言うと夕香は渋々の体で了承した。


「ああ、恐らく朝帰りになるから鍵と窓の戸締りはしておけ」


「お酒飲むだけよね?」


「その積もりだが?」


「なら、いい」


 どこか疑わしげな目を向けてくる夕香に首を傾げながら、イザヨイは窓から外に飛び降りた。その際、念のためにと部屋に防御結界を張って。

 宿の二階から降り立ったことで道を行き交う人間が数人驚きに目を見開いていたが無視。イザヨイは何食わぬ顔で宿を離れる。

 向かうは宿から少しばかり離れた、昼間のうちに目星をつけていた酒場。そこで事足りるだろう。

 昼間程ではない人波に従って歩くことしばし。目的の酒場に辿りついた。

 既に日が落ち、街は昼間と比べれば落ち着きを取り戻してはいるが、それでも未だお祭りムードは抜けていない。ここ、酒場がその最たるだ。

 扉の隙間から洩れ出る灯りと喧騒。否応なく冒険者ギルドでの一件を連想してしまうのも致し方ない。


「騒々しいのはあまり得意じゃないんだがな……仕方ないか」


 元より大衆酒場に静寂を求めるのはお門違いだ。ここは酒場、いや盛場。騒がしく賑やかであればこそ繁盛している証左だろう。

 イザヨイとしては旨い酒が飲めれば一向に構わなかった。

 気持ち足取り重く、イザヨイは静かに扉を押し開き中に踏み込んだ。

 イザヨイを出迎えたのは熱帯夜のような熱気と喧しい笑い声。その騒がしさに思わず眉根を寄せてしまう。

 イザヨイは努めて雑音をカットして、軽く気配を消しながら空いているカウンター席に座り、店主に酒を注文した。店主は気配を消していたイザヨイに話しかけられかなり驚いていたが、すぐに持ち直して酒の用意を始めた。


 何故イザヨイが態々気配を消して酒場に訪れたのか。それは単純に絡まれたくなかったからであり、次いで自分がそこにいると知られたくなかったからである。

 今回イザヨイが酒場に訪れたのは酒を飲むことは勿論であるが、それ以上に情報収集がしたかったからだ。

 酒は口を軽くする。訊いてもいないこともペラペラと喋ってくれるのだ、酒場以上に情報収集に適した場所はない。ただやり口は盗み聞きという、あまり褒められた手段ではないが。


 店主が運んできた酒をちびちびと口に含みつつ、イザヨイは周囲の会話に耳を澄ます。傍から見れば静かに酒を飲んでいるようにしか見えない。気づければの話ではあるが。

 騒がしい会話や笑い声の中から有益な情報を聞きとる。が、誰も彼も「魔王が倒されてよかった」だ何だと、酒が回っているのもあってそれ一辺倒。イザヨイの望む情報はまるで得ることができない。

 イザヨイは人知れず小さく溜め息を吐いた。

 まあ盗み聞きでは大した情報など得られないだろうと踏んでいたのでそこまで落胆はない。それに、今日のメインの目的はまだ果たせていない。

 そろそろだろうと、イザヨイがグラスを傾けつつ隣に意識を向けると、


「――隣の席、いいかな?」


 如何にも貴公子といった出で立ちの銀髪の人間が、人好きのする微笑みを携えてイザヨイに訊いてきた。

 イザヨイはそれに若干目を細めながら、静かに頷いた。



      ▼



「店主、僕に彼と同じものを」


 店主に注文を済ますと銀髪は優雅な所作でイザヨイの隣の席に座った。その様子をイザヨイは注意深く観察する。

 歳の頃は二十前後。肩口で揃えられた透き通るような銀髪と、深海のように深く蒼い瞳。

顔立ちは凛々しく美男子と評しても過言ではない、のだが。

 イザヨイの視線がすっと胸のあたりにずれる。金属製の胸当てをしているため一見すると分からないが、イザヨイはその違和感に気づいた。


「そんなに見つめられると気恥ずかしいな」


「ああ、悪い。ただ……お前、女か?」


 イザヨイが尋ねると銀髪は驚いたように目を丸くした。


「驚いたよ。僕を初見で女だと見破るとは」


 やはりか、とイザヨイは視線をグラスに戻す。


「参考までに、どうして僕が女だと気づいたのかな?」


「仕草や骨格から男にしては妙だと思っただけだ。それに、本気で隠しているわけでもなかったようだしな」


 そう告げると、彼女は目を点にしたのちふっと破顔した。


「やれやれ、まだ会って少しだというのに君には驚かされてばかりだ」


 楽しげに笑う銀髪。イザヨイもそれに応えて口元に笑みを浮かべる。


「俺としては、お前の尾行の腕に驚かされたがな」


「……やはり気づかれていたか。これでも気配を消すのは得意なんだけどなぁ」


 完敗だと言わんばかりに両手を上げる。そんな動作でさえもどこか気品のようなものが漂っている。


「そうだな。俺に気づかれたと悟った時も慌てず人ごみに紛れてその場から離脱していたし。相手が俺じゃなければばれなかっただろうな」


「尾行していた相手に褒められてもなぁ……」


 銀髪が曖昧に笑うと店主が酒の入ったグラスを持ってくる。彼女はそれを手にすると軽く掲げた。イザヨイも応じて飲みかけのグラスを掲げる。


「僕はリリス。ランクAの冒険者さ」


「イザヨイだ。ランクFの冒険者だ」


 互いのグラスを打ち合わせ、一気に呷る。


「ふぅ……やっぱり相手がいる方がいいね」


「まあ、悪くはないな」


 隣でグラスを傾けるリリス。イザヨイは空になったグラスを置いて店主に追加を頼む。


「それで、冒険者ランクAのリリスが新米冒険者の俺に一体何の用だ?」


「ふむ、そうだね。何と言えばいいのか……」


 グラスを唇から離し、リリスは思案顔になる。顎に手を当てて悩む仕草ですらも絵になる。


「端的に言えば、そう。一目惚れ、というやつかな」


「一目惚れねえ……ん? 一目惚れ?」 


「そう、一目惚れ」


 イザヨイは一瞬納得しかけ、すぐさま聞き間違いか尋ね返すとしっかりと肯定された。


「……誰に?」


 停止しかけている思考に鞭を打って、イザヨイは恐る恐る問う。


「ああ、イザヨイ君ではないよ。残念ながら」


「そうか、それならいい」


 一目惚れの対象が自分でなかったことに一先ず安堵するイザヨイ。では、リリスの一目惚れの対象は一体誰なのか。

 店主が注いだ二杯目のグラスに口をつけたところで、その解答はリリス本人から落とされた。


「僕が一目惚れしたのは、イザヨイ君と一緒にいた紅毛の少女だよ」


「ごほぁっ!?」


 堪らず咽たイザヨイを、誰が責められようか。噴き出さなかっただけマシだろう。


「あの穢れのない小動物のような愛くるしさに、何ものも寄せつけない強かさ。本来相反するその二つを兼ね備え、それでいて歳相応にはしゃぐ姿には胸を打たれたよ」


 熱っぽく夕香の魅力を語るリリスに、流石のイザヨイも引く。色々と問題発言過多だが、とりあえずイザヨイは目下の問題を提議した。


「お前……女だろ?」


「何か問題が?」


「問題に気づかないお前の頭が問題だ」


 わけが分からないと言いたげに首を傾げるリリスに、イザヨイは頭を抱えたくなった。


「お前は女。夕香も女。理解できるか?」


「ユウカというのか、彼女は」


「しまった……!」


 迂闊にも名前を洩らしてしまうイザヨイ。今までにない人種との相対にイザヨイも少なからず動揺しているのだ。


「……性別という問題があるだろう」


「愛さえあれば、そんな性別()越えられるさ」


「越えなくていい、やめてくれ」


 イザヨイは必死になって止める。

 直接的な被害者こそ自分ではないが、ここで止めなければ確実に夕香の貞操が危機に瀕する。そうなると確実に夕香の怒りの矛先がイザヨイに向くわけで、最終的に彼も被害を受ける羽目になってしまう。そんなのは御免蒙りたいのだ。

 イザヨイが如何なる手を用いてリリスに越えてはならない壁(性別の違い)を説くか脳細胞の全てを稼働させて思議していると、くすりとリリスが小さく笑った。


「冗談だよ、本気にしないでくれ」


「……お前の冗談は冗談に聞こえないから恐ろしい」


「そうかい? それはすまないね」


 謝罪の言葉を述べながらも悪びれた様子はなく、むしろ悪戯が成功したのを喜んでいるように見える。この手の相手は厄介だ。特に精神衛生上非常によろしくない。

 イザヨイは心の中でリリスを要注意人物に付け加えるのだった。

 盛大に溜め息を吐きながらイザヨイはグラスに口をつけようとして、


「ただ、好意ではなく興味は持っているけどね」


 不意に放たれたリリスの言葉に手を止めた。

相も変わらず人好きのする笑顔を浮べているリリス。だが目だけは笑っておらず、イザヨイを探るように見据えている。


「こんなお祭り時に態々冒険者登録をしにきた、それなり以上に腕が立つだろう二人組。興味を持つには十分すぎる」


 その目に猜疑と好奇心を浮べてリリスは言った。


「君達は、何者なんだい?」


 ――さて、どうしたものか。


 どう答えるか、イザヨイはグラスを傾けて考えるのだった。




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