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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
13/41

13 微かな違和感


 ギルドを出たあと、イザヨイと夕香は特に急ぎの用もなかったので祭りに便乗していたのだが。


「あれおいしそ~!」


「あ、見て見て! あれりんご飴じゃない? こっちにもあるんだ~」


「蜥蜴の丸焼き……おいしいのかしら……。ちょっと食べてみてよ」


 少し、いやかなりはしゃいでいた。

 楽しげにあちらこちらの露店に顔を出して、跳び回らんばかりに興奮する姿は初めてお祭りに連れてこられた子供にしか見えない。

 そんな夕香の手には今、如何にもゲテモノといった感じの蜥蜴の丸焼きが握られている。


「折角買ったんだから実験だ……毒味しなさいよ」


「欠片も言い直した意味ないからな」


 ぐいぐいと蜥蜴の丸焼き片手に迫る夕香をイザヨイはのらりくらりと躱す。


「なによ~。女の子にこんなもん食べさせる気?」


「……女の子?」


 拳でテーブルを木端微塵にする人間を女の子とは認められないイザヨイであった。


「なんか言った?」


「いや、何も」


 屈託のない笑顔を浮かべる夕香。握り締めている拳がなければ可愛らしい少女であるのに、非常に残念である。


「お前が買ったのだから自分で処理しろ」


「処理って言うあたり、食べ物として見てないでしょ」


「お前が言うな」


「……食べられるのかしら?」


 そこを疑うなら最初から買うな、とイザヨイは声を大にして言いたかった。

 夕香はしばらく蜥蜴の丸焼きと睨めっこして、意を決して齧りついた。


「うぇ、にがぁ……」


 桜色の舌を出しながら盛大に顔を顰める。余程不味かったのか、若干涙目になっている。


「はぁ……よこせ」


「え、ちょっとなにを……」


 半ば呆れながら夕香の手からイザヨイが蜥蜴の丸焼き引っ手繰る。どこをどうみても到底美味しそうには見えない代物である。


「どうすんのよ、それ。……まさか食べる気?」


 何故か頬を朱に染める夕香にイザヨイはあり得ないと言わんばかりに首を大仰に振る。


「俺にそんな蛮勇はない」


「蛮勇ゆうな!」


 食いかかる夕香を横目にイザヨイは幻影魔術を行使して蜥蜴の丸焼きを周囲から見えなくする。その状態で更に魔術で灰も残らず焼却処分。見事な処理である。


「今ものすっごい魔術の無駄使いを見た気がする」


「気のせいにしておけ」


「そうしておくわ。それよりなにか口直しが欲しい」


「さっきのりんご飴でいいだろ」


「それもそうね。じゃあ行くわよ!」


 早速と言わんばかりに夕香がイザヨイの腕を掴んで走り出そうとする。


「待て待て。りんご飴は逃げないから、そんなに慌てることないだろ」


「そうだけど……」


「だいたい、少しはしゃぎすぎだ。別に初めてなわけじゃないだろ?」


「そ、それは……」


 恥ずかしげに目を伏せて夕香は口ごもる。その様子に、まさか、とイザヨイは顔を顰める。


「俺を倒すことで頭が一杯だった、か?」


「うっ……」


 どうやら図星だったらしく、夕香は小さく呻いた。一方のイザヨイは険しい表情を浮かべている。


「どれだけ俺を倒したかったんだ……」


「うっさいわね! もういい、先に行ってるから」


 肩を怒らせて人ごみの中に突入していく夕香。その背が完全に見えなくなったのを確認して、イザヨイは周囲の雑音を意識の外に追いやって思考の海に潜る。


 ――何か、違和感を感じる。


 言葉では言い表せない、漠然とした何か。

 まるで足元から這い寄ってくる冷気のような、不気味な感覚。

 その正体が何なのかが、イザヨイには分からない。喉のあたりで詰まるような、まだピースが揃っていないような感覚。

 どうしようもなく、もどかしい。


 ――ああ、苛立つ。


 いくら思索を繰り返しても出ない答にイザヨイは頭を掻いて苛立ちを誤魔化し――何気ない動作で後ろを振り返った。

 視界を埋め尽くすのは大量の人と賑わう露店の数々。何の変哲もない祭りの光景である。

 イザヨイは絶えず流動する人の流れを俯瞰するように睨む。すると背中に軽い衝撃が走り、首だけ背後に回すと両手にりんご飴を持った夕香が立っていた。


「なんでそんな威圧振りまいてんのよ。周りの人怯えてるじゃない」


「……悪い、気づかなかった」


 周囲を見回すと数人の人間が青ざめた表情でイザヨイを窺っていた。運悪くイザヨイの近くにいて威圧に当てられてしまったのだ。気づかなかったとはいえ悪いことをした、とイザヨイは軽く反省する。

 なるべく自然な笑顔を繕い、会釈程度に頭を下げてその場を離れる。


「しかし、二つも買うあたりお前は食い意地が張っているな」


 何故威圧していたのか尋ねられる前にイザヨイは話の流れを逸らす。


「ち、違うわよ! 別に食いしん坊じゃないから!」


 案の定夕香はむきになって反論してきた。しかしその両手に持つりんご飴のせいで欠片も説得力がない。


「ほら、アンタの分よ」


「……いや、俺は」


 イザヨイはその体質上、食事の必要はない。それについては夕香も既に知っている。それでもなお、夕香はりんご飴を押し付けてくる。


「必要がないだけで、食べられないわけじゃないんでしょ?」


「そうだが……」


「たまには甘いものでも食べて、心に余裕持ちなさいよ。いっつも難しい顔して一人で悩んでるんだから」


「余裕……か」


 言い包められたわけではないが、渋々イザヨイは差し出されたりんご飴を受け取る。元の世界のりんご飴と違い、艶も見栄えもあまりよくないが十二分に甘い匂いがする。

 頬を緩ませながらりんご飴を頬張る夕香を横目に、イザヨイも久方ぶりの食べ物に口をつける。

 仄かな甘みが口内に広がる。味はそこそこだろう。


「久しぶりにものを食べた感想は?」


「可もなく不可もなく」


「面白味のないヤツねえ」


 呆れたように肩を竦める夕香。


「余計なお世話だ。それよりこのあとどうする?」


「そうね~……あ、しまった!」


 唐突に大声を上げて、夕香が目に見えて焦りだした。


「宿取るの忘れてた……!」


 言われてイザヨイも今さらながらその事実に気づき、茜色に染まりつつある空を仰いだ。


「この時間に、しかもこんなお祭り騒ぎの日に、果たして空いている宿があるだろうか」


「そんな……」


 がっくりと肩を落として項垂れる夕香。余程野宿をするのが嫌なのか、ぶつぶつと文句を零している。それを見て周囲の人間が軽く引いていた。


「別に街の外で野宿でもいいんじゃないか?」


「ぜったいいや!」


「じゃあどうする気だ?」


「それは……そうよ」


 夕香が閃いたと言わんばかりにポンと手を叩いた。


「探す前から諦めてどうするのよ。まだ空いてないって決まったわけじゃない」


 ぐっと拳を握り込んで意気込む。イザヨイはそこはかとなく嫌な予感がした。


「行くわよ。テルムスの隅から隅まで探し回って見つけてやるんだから!」


「待て、落ちつけ」


 やる気満々。走る気満々。さあいざ駆け出さん三秒前の夕香を止めるべく、イザヨイが肩を掴もうと腕を伸ばす。しかしその手は逆に夕香によって掴まれてしまった。


「おい待てゆう――」


「かっ飛ばすわよっ!」


 制止の声も虚しく、勇者特急夕香は猛スピードで走り出してしまった。

 中途半端ながらも勇者のスペックを遺憾なく発揮した夕香の身身体能力は凄まじく、人波の切れ目を縫って最短距離を駆け抜けていく。イザヨイは駆け出した時点で抵抗を諦めた。


 イザヨイは思った。

 勇者のスペックを宿探しのためだけにフルで活用するのは、あとにも先にも夕香だけだろう、そうであってほしいと。

 結果から言えば、宿を見つけることはできた。

 宿屋を回ること七軒。完全に日が没するギリギリに駆けこんだ一軒が運よく一室だけ空いていた。

 朝食夕食付き一泊銀貨三枚。冒険者水準からすればかなり高い部類だが、夕香にとってはそんなこと構わないらしい。ただ一部屋しか空いていなかったことにはかなり悩んでいたが。


「諦めなければ結構なんとかなるもんね……一部屋しか空いてなかったけど」


 若干不服げながらも夕香はやりきった表情で額の汗を拭って言った。だがイザヨイとしては宿の主人から向けられるえも言われぬ視線が非情に居心地悪かった。




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