12 冒険者ギルド
人ごみでごった返す通りをどうにか掻き分けて抜け、夕香の案内に従って進むことしばし。やっとの思いで二人は冒険者ギルドに辿りついた。
しかし到着した時点で夕香は軽く人波に酔ってしまい、イザヨイは酔いはせずともうんざりしていた。
祭りはいいが通行できるくらいの道は開けてほしい、それがイザヨイの心情だった。
軽く苛立ちを覚えながらもイザヨイは眼前に建つ二階建ての建物を見上げる。剣と盾の描かれた看板が掛けられ、時折武具を身につけた冒険者らしき人間が出入りしている。
確かに、ここが冒険者ギルドであることは間違いなさそうだった。
そこでふと、イザヨイは気になったことを夕香に尋ねた。
「夕香。お前冒険者に知り合いとかいるのか?」
「そこまで親密な関係の冒険者はいないわよ。こちとらアンタを倒すことだけで頭が一杯だったから、ギルドの依頼もあんまり受けてなかったし」
「つまりぼっちだったと」
「アンタだって同じようなもんじゃないっ!」
まさかのブーメランにイザヨイは短く呻き、夕香と目を合わさないようにあらぬ方向に視線を泳がす。そんなイザヨイにしてやったりの笑みを浮かべる夕香だったが、結局自分も一人だったことに思い至ってがっくりと肩を落とした。
二人揃って肩を落としつつ、ギルドの中へと踏み込む。
ギルド内は外と遜色ない喧騒に包まれていた。男も女も関係なく酒を飲み交わし、至る所で乱闘まがいの喧嘩が勃発して、それを周囲の連中が煽って更に騒ぐ。とにかく騒がしくて五月蝿い。
一瞬、酒場と間違えたのかとイザヨイが目で問うと、夕香は首を横に振って否定した。これが通常らしい。
「ま、今日はお祭りだからその影響もあるわよ」
「にしても五月蝿い。さっきからテーブルやら人間が飛んでるぞ」
乱闘の末か、あっちこっちで物や人が飛び交っている。魔王城でもここまで騒ぎ散らすことは……ないこともなかった。
あれはイザヨイが初めて剣でガイノスを下した夜のこと。その夜はガイノスの鶴の一声によって宴会と相成った。余程イザヨイの成長が嬉しかったのか、いつもは止めるイルムも乗り気だったのがイザヨイの印象に残っている。
そう、ストッパー役であるイルムが役目を放棄してしまったのである。
結果、ガイノスは浴びるように酒を飲み、イルムは早々に退場。レムに関しては眠くなった時点でさっさと部屋に戻って眠っていた。
ここまでなら何ら問題ない宴会である。だが惨事はこのあとに訪れた。
唐突にガイノスが剣を手に、イザヨイに襲いかかったのだ。理由は単純明快、リベンジである。
このガイノス、弟子であるイザヨイが己を下したことは素直に嬉しくはあったが、一剣士として悔しい思いはあったのだ。その感情が酒を飲んだことで箍が外れて暴走。宴会から割とガチな決闘へとなってしまったのだ。
当然イザヨイは止めた。それはもう必死に止めた。しかし酔っぱらって『酔剣』なるわけが分からない剣術を披露し始めたガイノスを止める術はなく、結果室内にも関わらずガチ決闘。
決闘は騒ぎに気づいて起きたイルムの修羅化によって鎮火された。
それ以降しばらく、イザヨイとガイノスには禁酒が課せられ、ほぼ巻き込まれただけのイザヨイは軽く嘆くはめになった。
思い出すだけでも頭痛がする記憶にイザヨイが頭を抱えていると、夕香が慣れた様子で受付に向かっていく。イザヨイもそのあとを追う。
時折飛んでくる物を一瞥もせず躱しながら受付に辿りつくと、そこには幾つかの窓口が設けられていた。が、殆どの受付は無人で、隅の受付に申し訳程度に男が一人座っているだけだった。恐らく他の職員はあの騒ぎの中でオーダーを取っているか、自分も混ざっているのだろう。
「すいませ~ん」
躊躇うことなく夕香が受付の男に声をかけた。
男はちらりと夕香を一瞥すると小さく息を吐き、気だるげな表情を浮かべた。
「何か御用ですか?」
丁寧な言葉遣いではあるがその端々からは面倒くさいという意思が滲みでていた。それに気づいてないのかいるのか、夕香が続ける。
「冒険者登録がしたいんですけど」
「はあ。またこんな騒がしい時に態々……」
「あはは、すいません……」
申し訳なさそうに夕香が笑う。男は何やらぐちぐち言いながらも一枚の紙を取り出した。
「その用紙に必要事項を記入してください。文字が書けなければこちらで代筆しますが」
男が羽ペンとインクを差し出す。
「大丈夫です。あと、こいつも登録するので」
夕香が言うと男はイザヨイを一瞥し、もう一枚同じ紙を取り出した。それを受け取って手慣れた手つきで用紙の記入欄を埋めていくが、二枚目に入ったところでその手が止まった。
「……アンタ歳いくつ?」
軽く数百歳、などと馬鹿正直に答えられるわけもなく、イザヨイは当たり障りのない年齢を答える。
「十七だ」
「分かった」
確認が済むと夕香は残りを全て記入し終えて男に手渡した。男は不備がないか確認すると奥に引っ込んでいった。
「あとはギルドカードを受け取るだけね」
「色々と書いていたが、何を書いていた?」
「名前と年齢と性別、あと出身とかその他諸々だけど。そこらへんは書かなくても問題ないのよね」
「何故?」
「そりゃまあ、他人に言えない事情を抱えてたりする人もいるから。基本冒険者は身分素性問わずなれるものだからね」
それはイザヨイ達にとって非常に好都合な話である。特に素性を問わないあたり。
得意げに講釈垂れる夕香に適当にイザヨイが相槌を打っていると、男が二枚のカードを手に戻ってくる。
「こちらがギルドカードとなります。くれぐれも失くさないよう気をつけてください。もし失くした場合は再発行料がかかります」
夕香がカードを受け取り、一枚をイザヨイに手渡す。カードを受け取ってイザヨイはその内容を見る。
カードには左半分に名前と年齢。右半分にはギルドランク〝F〟と書かれていた。
「ギルドランクなどの説明については必要でしょうか?」
「結構です。前もって勉強しておいたので」
俺は知らないんだが、と声を上げようとしたイザヨイを夕香が手で制する。
「アンタにはあとで説明するから」
そう言われては引き下がる他なかった。
「そうですか、勉強熱心ですね」
「ええ、まぁ」
表面上は感心しているような発言だが、態度はまるで真逆。それに答える夕香の態度も心なしか素っ気ない。
「では、これで無事登録は終了しました。何かご不明な点がございましたら職員にお尋ねください」
これにて終了と言わんばかりに男は気だるげに頬杖を突いた。
その職員のあんまりな態度に流石のイザヨイも腹が立ち、何か言ってやろうと口を開こうとした時だった。
夕香目掛けてテーブルが飛んできた。
恐らく騒ぎの流れ弾が飛んできてしまったのだろう。夕香に対して、避けろだの何だのと怒鳴る声が上がっている。
しかし夕香はその声に耳を傾けることはなく、静かに拳を握り締めると――
「――うらぁ!」
予備動作ほぼゼロからの鋭い一撃に、テーブルは見るも無残に砕け散った。
「ふぅ……」
僅かに吐息を洩らして緊張を解くと打って変わって晴れやかな笑顔を浮べて言った。
「あ~ビックリしてつい手が出ちゃった」
――ビックリしてつい飛んできたテーブルを木端微塵に砕く奴が居て堪るか。
その場にいた者達の心が一つになった瞬間だった。
夕香の笑顔に気圧されたのか、さっきまでの喧騒が水を打ったように静まり返り、視線が一斉に集中する。
驚愕、畏怖、値踏み。多種多様な視線に曝されるのにも構わず、夕香がイザヨイを肘で小突いた。
「ほら、行くわよ」
「あ、あぁ……」
夕香が話しかけてしまったためにイザヨイにまで注目が集まる。あまり目立ちたくなかったイザヨイにとっては嬉しくない状況である。
夕香にせっつかれながらギルドをあとにする。その際、受付の男が腰を抜かしていたのを視界の端に捉えて、イザヨイの中で若干溜飲が下がった。
夕香も相当腹が立っていたのだろう。剣でなく態々拳で砕いたのが物語っている。
今にもスキップしだしそうな夕香の背を見ながら、この先々を思うと溜め息を禁じ得ないイザヨイだった。