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不死の魔王と成り損ない勇者  作者: 矢野優斗
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1 不死の魔王

 

 この世界に彼が魔王として召喚されて実に五百年以上もの時が経った。当人は三百を越えたあたりから数えることを放棄してしまったため正確な年数は把握していないが。

 召喚された当初、彼はとにかく興奮していた。漫画や小説のようなファンタジー世界に召喚されたのだ、興奮しないわけがない。ただし、魔王としてだが。

 勇者に次いで定番といえば定番ではあるが、やはり困惑した。それでも異世界召喚に変わりはないと期待に胸を躍らせていた。


 召喚から一年か二年が経ち、それなりに異世界での生活に馴染んだ頃だった。人間側が召喚した勇者が身一つで、彼を倒さんと魔王城に踏み込んできたのだ。

 勇者との戦いは熾烈を極めた。何千もの魔物を聖剣の一振りで両断し、魔族を薙ぎ倒す。理不尽が服を着て歩いているとは、当時の彼の側近の言葉である。

 それでも彼は諦めなかった。配下の腕の立つ魔族を何十人も投入し、元の世界の知識を応用して組み上げたオリジナルの魔術を惜しげもなく披露した。


 結果、魔王城半壊に多くの犠牲を払いながらも勇者に辛勝した。


 彼は勇者に勝利したことを純粋に喜んだ。それなりの時を過ごした魔族の皆を守れたことがなによりも嬉しかった。

 あとは当初の予定通り、人間側と停戦協定なり結んでハッピーエンド。魔族側から多少不満は出るだろうが、元人間の彼としては人間を皆殺しにするなんてのは憚れた。可能ならば共存、無理なら不干渉。彼としては共存の方向性を望んでいた。


 だが、彼の願いは叶わなかった。


 人間側との交渉役として生かしていた勇者の剣――聖剣が突如として輝きだした。

 聖剣は独りでに浮かび上がると――すぐ傍にいた勇者を刺し貫いた。

 勇者含めその場にいた全員が突然の事態に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 その場にいた者達が我に返った時には勇者は息絶え、聖剣は跡形もなく消え去ったあとだった。


 何が起きたのか、全く理解できなかった。


 何故聖剣が勇者を殺したのか。聖剣はどこへ消え去ったのか。そもそもあの聖剣は一体全体何なのか。


 全てが謎に包まれたまま、勇者との戦いは一応の幕引きとなった。しかし魔族達の顔色は浮かない。特に魔王である彼は、勇者の今際の際の言葉を聞いたがために、その衝撃は一入だった。


『死に、たく……ない……』


 絶望の色を瞳に浮べて懇願する勇者の姿を目の当たりにして、彼は初めて、人の命を奪うことの本質を理解した。

 勇者との戦いからしばらく、彼は茫然と日々を無為に過ごしていた。魂が抜けたような彼の姿はさぞ痛ましく映ったのだろう。側近達は一様に彼を心配し、気遣った。

 そんな重苦しい空気を漂わせる生活が数カ月も続いた。



      ▼



 側近達の尽力により彼が少しずつではあるものの快方に向かいだした頃だった。彼の前に再び勇者が現れた。その手に、あの日あの時と変わらぬ『聖剣』を携えて。


 どうしてそこにある。

 どうしてお前がそれを持っている。

 どうしてどうしてどうして……。


 堂々巡りする思考の中で見出した結論は、何よりも優先して聖剣を破壊することだった。

 だがどれだけ魔術を、打撃を、斬撃を加えても聖剣は砕けなかった。それどころか以前と同じように勇者の命を奪い、光の中へと消えていく始末。


 ここにきて、彼はようやく理解した。

 勇者を何度倒しても意味はない。

 倒すべきは勇者ではなく、聖剣だと。


 数年後、性懲りもなく勇者が彼の許へと現れた。ご丁寧に聖剣を携えて。

 彼は勇者に一つの提案をした。その聖剣を寄こせば、魔族は人間に対して一切の不干渉を約束する、と。

 だがその提案は受け入れられなかった。結局、また同じことを繰り返しただけだった。

 また数年後。勇者が彼の前に現れた。そして目の前で死んでいった。

 さらに数年後。勇者が現れた。目の前で死んでいった。

 何回、何十回と繰り返していくうちに、彼の精神は著しく摩耗していった。命の奪い合いなどとは縁遠い平和な世界出身の彼にとって、目の前で人が死ぬ光景を見せられ続けるのは拷問にも等しかった。

 それでも壊れなかったのは、偏に支えてくれた魔族の皆がいたからだろう。

 折れかけた心を支えてくれた、イルム。

 剣術を指南した、ガイノス。

 共に新たな魔術を開発した、レム。

 城に勤める召使いの皆。

 皆が皆、温かくて掛け替えのない存在だった。

 だがそれすらも、聖剣は非情に奪い去る。



      ▼



 何十回目か、勇者が訪れた時だった。

 彼は側近から勇者襲撃の報告を受けて城の最奥、玉座の間にて勇者を待ち構えていた。

この頃には勇者を一人で返り討ちにできるようになっていた。どうにも勇者を倒し続けたことでレベルなるものが上がり、それに準じてステータスも軒並み上がっているようなのだ。生憎彼にはステータスを見る技能はなく、代わりにステータスオープンを有する勇者の反応から推測することしかできないが。

 彼は戦闘の余波から城の皆を遠ざけるため、一人で玉座に座り勇者の来訪に備えた。しかし待てども勇者は一向に現れない。既に城には侵入しているはずなのに姿を見せないという、今までの勇者とは違う行動に彼は顔に焦燥の色を浮べた。

 嫌な予感がする……。そんな漠然とした虫の知らせにも似た感覚から彼は勇者の魔力の位置を探査した。

 勇者の魔力は間違いなく城内にあった。だがその場所が問題だった。

 彼は城が崩れることなどお構いなしに床をぶち抜き、勇者の反応があった地下へと急行した。


 彼が地下室に辿りついた時には、既に何もかもが手遅れだった。

 床が夥しい量の血で赤く染まり、至る所に生物の腕やら脚やらが散乱していた。それらは全て、彼の心の拠り所であり、この世界における家族のような存在だった。

 何故、どうして。ここには幾重にも防御結界を張り、次元ごと乖離させていたはずなのに。それがどうしてこんなことに……。

 胸の内を去来する無数の疑問の答えは、血の海に悠然と佇む勇者の手の中にあった。


 ――聖剣。


 あぁそうか、と彼は納得する。聖剣の前では結界なんて紙同然。次元を乖離させたところで、その次元ごと斬り裂いてしまう、そんな代物だった。

 絶望の二文字が彼の心を埋め尽くす。

 支えていてくれた家族が、何よりも大切な者達が、根こそぎ奪われてしまった。どうしようもない喪失感が身も心も苛み、いっそここで死んでしまいたいと思った時だった。


 足元に何かが転がってきた。


 ソレが何か、彼はすぐに理解した。だが心はその事実を理解することを拒む。

 そこへ追い打ちをかけるように勇者が言った。


「あ~あ~、その女は結構好みだったのになぁ。折角俺が飼ってやるっつってるのに、何が魔王様だ。あんまりにもしつこいから思いっきり甚振ってやったぜ」


 到底勇者の言葉とは思えないことをケラケラと笑って宣う勇者。その言葉が彼の中でずっと張り詰めていた何かを、プツリと切った。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――!!」


 絶望が怒りに塗りつぶされる。

 力の全てを解放して、彼は激情の赴くままに暴れた。

 勇者を殺し、それだけに飽き足らず、人間の大陸へと単騎で侵攻。街や都市を手当たり次第に襲撃し、壊滅させた。

 怒りのまま暴虐の限りを尽くすその姿は、人間にとっては災厄以外のなにものでもなかっただろう。

 粗方暴れ尽くして我に返ると、彼は堆く積み重なった建物の瓦礫の上で立ち尽くしていた。

 守るものを失った。戦う気力を失った。生きる意味を失った。最早脱け殻も同然。

 もう疲れた。


 ――死のう。


 思い立ったがすぐ、ありったけの魔力を注ぎこんで魔術を発動する。自らを中心として大爆発を引き起こす魔術が行使され、かつて街があった場所はすり鉢状のクレーターへと変わった。

 その爆心地で彼は、何が起きたのか分からないという表情で仰向けに倒れていた。


 魔術は起動した。痛みもあった。だが彼は死ななかった――死ねなかった。


 肉体が四散する程の魔術を至近で受けても、剣で胸を刺し貫いても。痛みはあっても死は訪れなかった。

 遂には自ら勇者の、聖剣の一撃に身を曝しまでした。だがこの肉体はそれをも耐えきってしまった。

 気が狂いそうな程の数、勇者を倒し続けてレベルやステータスが上がったがための弊害。強くなりすぎたが故に起こった擬似的な不死である。


 その事実に気づいた時、彼は改めて絶望した。

 自ら死ぬことは叶わず、誰もいない城で勇者を返り討ちにする作業を延々と繰り返す。

 これではまるで――呪い。


 誰でもいい。――殺してくれ……。




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