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小麦の短編集

七不思議

作者: 小麦

 はぁ、と俺、綾辻霧夜(あやつじきりや)はため息をついた。早い話が面倒事に巻き込まれたためである。今俺は高校の正門前にいる。時刻は夜の9時。何故俺がこんな時間にこんな場所にいるのか、その理由は数日前に遡る。



 それは数日前の放課後のことだった。

「ねえ、うちの高校の七不思議って知ってる? 知ってるでしょ?」

「いや何で知ってる前提なんだよ知らねーよ!」

 俺がツッコミを入れた相手は境谷(さかや)みさき、幼稚園からの腐れ縁で結ばれている幼馴染である。噂話が先走ると割と口調がヒートアップする傾向にあり、たびたび俺がブレーキの役目を果たしている。非常に不本意ではあるが、こうでもしないとバランスが取れないのだから仕方ない。

「えー知らないの? 何だがっかり……」

 俺の返事を聞いた彼女はとてもがっかりした。俺が知っていると本気で思い込んでいたらしい。はた迷惑にも程がある。

「……んで、七不思議ってのは一体何なんだよ?」

「よくぞ聞いてくれました! あのね……」

 俺が食いついてきたと思って盛り上がったのか、彼女はマシンガントークのように話し始めた。その様子はそれから数十分にわたってその場に拘束されたので割愛しておく。彼女の話をまとめるなら、この高校にある七不思議をすべて確認することができれば、何かが起こるらしい。ここまで彼女が積極的に話しかけてきたのは数年ぶりくらいだったので俺も真面目に聞いていたのだが、そこであることに気付く。

「で、その何かってのは何なんだ?」

「あ、な、何か? え、えっとねー、分かんない!」

「お前な……」

 やはりというか何というか、その何かが何なのか、というのはどうやら分からないらしい。いつものことながら彼女の噂は肝心なところで不十分だ。

「それでね、お願いが……」

「俺は行かないぞ」

 彼女の言葉を遮って俺は答えた。

「まだ何も言ってないんですけど!」

「じゃあ何言おうとしたのか言ってみろよ」

「……」

 彼女は黙ってしまう。どうやら図星だったらしい。

「そら見ろやっぱりそうじゃねーか」

「あ、あのね、でも七不思議には興味あるんじゃないキリヤ? 一応あたしと同じ怪奇現象研究部でしょ?」

「……」

 今度は彼女に代わって俺がだんまりを決め込む番だった。今度は彼女の言っていたことが的を射ていたのである。俺は怪奇現象研究部と言うよく分からない部活動に所属してしまっていた。入部した理由は簡単で、多少なりとも俺の興味に当てはまる部活動がそれしかなかったのである。この部活の活動は月に一度怪奇新聞なるものを発行することなのだ。だが、自分の担当の月であるにも関わらず、確かに今月しっくりくるネタがなかったのもまた事実であった。

「じゃあ行く? 行くよねっ?」

「ちょっと待て俺はまだ何も……」

「それじゃ、三日後の夜九時、高校の正門前でね!」

「お、おい待てよミサキ!」

 彼女は一方的に約束を取り付けると、俺の席を離れてその場から走り去ってしまった。



 ここで場面は今に戻る。結局彼女の約束を断りきれなかった俺はそのまま夜九時に校門の前に待つことになったのだが、その肝心のミサキが来ない。苛立ちを覚えながら目を瞑って待つが、それでも彼女は一向に来ない。

(もう帰ってやろうかな)

 俺が半ば本気で考え始めたその時だった。

「キリヤー!」

 遠くからミサキの声がした。

「遅いぞミサ……」

 キ、と言いかけた俺の言葉はそこで止まった。彼女は何故かワイン色のロングワンピースに身を包んでいた。ちなみに俺は高校に行くことを知っていたので制服で来た。よく考えると補導されてもおかしくない時間だったのでちょっと失敗だったかもしれない。だが、それを差し引いても彼女の格好はおおよそ七不思議を探検しに行こう、という格好ではなかった。別に私服で十分だ。

「ゴメンゴメン着替えてたら手間取っちゃって……」

「お前、本当にこれから七不思議に行こうとしてるんだよな?」

 俺は赤くなった顔を隠すようにして尋ねる。確かにミサキの格好が可愛いのは認めよう。だが、それとこれとは話が別だ。

「あったりまえじゃんもちのろんですよ! この格好も七不思議に関係してくるの」

「……うちの学校にはどんな七不思議があるんだよ?」

 俺は呆れて言葉も出なくなる。これでは七不思議がうちの学校で広まらなかった理由も何となく分かる気がする。そもそも制服で見ることができない七不思議と言うのは一体何なのだろう。

「行ってみれば分かるよ! それじゃあ行く? 行くよねっ?」

「拒否権は無しか!」

 もちろん今更帰る気はない。怪奇現象研究部の名にかけて、俺も仕事はきちんと果たすつもりである。俺はミサキと一緒に正門をくぐった。



1、カーテンの謎

「……カーテン?」

「うん。確か二年六組の教室のカーテンの前を目をつぶったまま夜九時九分に通るとカーテンと着ている衣服が入れ替わるらしいよ!」

「それがその服にした理由か?」

 ミサキは頷いた。どうやら一番いらない服を着てきた結果あの服になったようだ。しかし最初からよく分からない七不思議だ。

「通る? 通るよねっ?」

「そりゃあな」

 俺たち二人は目を瞑ったまま二年六組の教室の前を通り過ぎた。俺はミサキの服を見るが、特に変わったところはない。何だデマだったか、と俺が自分の服を見た瞬間だった。

「のわぁあ!」

 俺の制服がカーテンレールに引っかかっていて、代わりに俺の体にはカーテンが巻き付いていた。一体いつの間に何が起きたのか全然気付かなかったが、そんなことはどうでもいい。

「この七不思議は本当だったんだねー……」

「感慨深そうに感心してないで早く助けろ!」

 俺はカーテンで自らの体を隠すと、そう声を上げた。



2、廊下の謎

「廊下を思いっきりダッシュするとどこの廊下でも後ろから足音が響いてくるんだって」

 二つ目の七不思議は廊下に関連するものらしい。しかしどうも普通の七不思議とは少し趣が違う気がする。そもそも聞き覚えのあるようなものがひとつもない。

「ってな訳でよろしくねキリヤ!」

「何で、俺が……」

 カーテンレールから必死に制服を取り返し、カーテンをどうにか元に戻した俺はまだ息を切らせながら聞いた。すると彼女は残念そうに呟いた。

「私この格好じゃ走れないもん」

「確かに……」

 そういえば彼女の格好はワインレッドのロングワンピースだった。どう考えても走るのに向いている格好とは言えないだろう。まさかこいつ、このためにこんな格好してきたんじゃないだろうな、と本気で考える。

「って訳で走る? 走るよねっ?」

「分かったよ……」

 俺は本日何度目かのため息をついた。



「それじゃあ、走るぞ……」

 俺は先ほど第一の七不思議で使われた二年六組の教室の前で走る準備をする。ここから二年一組の教室まで全力疾走すればいいらしい。

「よーい、ドン!」

ミサキの合図とともに、俺は風になった。数十秒もの間俺は息が切れるのも構わずに走り続けた。そしてタァン、という心地よい音と共にこの実験は終わりを告げた。

「で……、どうだった?」

 俺は急いでミサキのところまで戻ると、先ほどと同様に肩で息をしながら尋ねる。すると、彼女はつまらなさそうにこう答えた。

「うん、確かに足音は響いてたね。でも、後ろから幽霊みたいなのがついてくるとかじゃなくて、ただ単にキリヤの足音が壁に反射して聞こえただけだった」

 つまり、これは怪奇現象でも何でもなく、どこにでもよくある話だったのだ。壁に足音が反射して聞こえただけで後ろから誰かがついてくると勘違いしたということは、この事件に遭遇した人はよほどの怖がりだったということだろう。



3、トイレの謎

「さあ三つ目はトイレの謎だよ!」

「三つ目にしてようやくまともなのが出てきたな……」

 俺は素直な感想を漏らす。そもそも今までのが七不思議らしからぬものだったのだ。カーテンの一件については記憶の片隅から全力で消し去りたいところだが。

「それで、今度のは一体どんなのなんだ?」

 おおかた花子さんとかそんな類の物だろうとか思っていた俺は、その予想を次の瞬間見事に打ち砕かれることとなった。

「そこのトイレの個室は三つあるんだけど、そのうち入り口から一番手前側のトイレにノックを10回、真ん中のトイレにノックを1回してから一番奥のトイレの前にいるとトイレットペーパーの芯がカラカラ回る音が聞こえてくるんだって」

「……何だそれ」

 どうやらうちのトイレにはそんな悪霊は憑りついていなかったらしい。ずいぶん平和的な幽霊だ。中に入らなくても七不思議が起きるならそれはそれでかなりありがたい。

「で、今回の七不思議は音楽室横の女子トイレなんだけど……」

 ミサキは俺にそう言った。

「じゃあ俺は外で……」

 ようやく今回は何もしなくてもいいと思った俺はそう言いかけたのだが、

「私と一緒に中に入る? 入るよねっ?」

「いや何でだよ! お前一人でいいだろうが!」

「だって怖いしー、キリヤもちょっとくらい女子トイレの中、興味あるんじゃない? 今なら誰もいないから入り放題だよ!」

 確かにないと言えば嘘になるが、いくら何でも法律に関わるようなことはしたくない。

「お前、散々俺ばっかりにやらせといてたまには一人で行けよ!」

「……分かったよー」

 やけに諦めがいい。何か企んでいやしないかと心配になるほどのあっさりした身の引き方だ。とはいえ、諦めてくれたならまあそれでいい。俺はミサキを連れて音楽室の方まで向かうことにした。



「あいつ……」

 俺は女子トイレの前に立ちながらイライラしたように言う。中には入らずに済んだものの、彼女のたっての要望で結局女子トイレの前に立つことになってしまったのだ。その理由を聞けば、返ってきたのはこの一言だった。

「だって怖いんだもん」

 そうは言ってもこうやってミサキのお願いを聞いてしまうあたりは俺もすっかり彼女に毒されてしまっているということだろう。

「行くよー!」

「おー」

 俺が返事をすると、ミサキのするノックの音が聞こえてくる。最初は10回、次は1回。

(いよいよだ……)

 すると、カラカラカラカラという何かが回転するような音が聞こえてきた。それと同時に何だか分からない奇声を上げながらミサキがダッシュでトイレから出てきて俺に突進してきた。

「いって……」

「怖いよ怖いよ何か回ったよカラカラカラカラとか音したよ!」

「早口すぎて訳分かんねーよ!」

 俺にとってトイレから聞こえてきたカラカラという音よりも、呪文のように何かを唱え続ける彼女の様子の方がよほど怖かったのは言うまでもない。



4、音楽室の謎

「さ、さあ、次は4つ目の謎だよ!」

「……別に無理しなくてもいいんだぞ」

 まだ先ほどのトイレの一件を引きずっている様子のミサキに俺はそう声をかけた。

「何をおっしゃいますか! 私がいなくなったらこの七不思議探検は続行不可能でしょ!」

「いやそりゃそうなんだけど……」

 かと言ってここまでビクビクしている彼女を連れて行けるかと言えば微妙なところだ。

「大丈夫、次のはさっきのより怖くないから!」

「……ホントかよ? じゃあ4つ目、そろそろ話してくれよ」

 少しだけ普段の調子を取り戻してきた様子の彼女を見て、俺も本題に入ることにした。

「OK! えっとねー、4つ目は、ピアノが関係したやつだよ!」

「おっ、いよいよ七不思議らしい七不思議の登場か?」

 ピアノと聞いて俺のテンションも上がる。ピアノと言えば七不思議の代表的なものの1つだ。今度こそ期待してもいいだろう。

「ところで今何時?」

「えっと……9時32分だな」

 していた腕時計を確認して俺はそう答える。

「ならいいかな。えっとね、9時38分になったら学校のピアノのシの音だけが半音下がるんだって!」

「……おいコラ俺の期待を返しやがれ」

 てっきり幽霊がらみの何かがピアノと絡んで出てくるのかと思っていた俺の考えはまたしても裏目に出てしまった。

「そもそも何だよ9時38分って」

「私に聞かれても知らないよ! 多分元々半音下がってたのを誰かが聞き間違ったんじゃないのかな?」

「にしては随分冷静な人だったんだな……」

 時間まで気にする余裕があったあたり、七不思議にしようという魂胆が見え見えだ。きっとこのピアノの一件に遭遇した人はそこまで怖がりではなかったのだろう。

「まあいいや、とりあえずやってみようぜ」

 あまり期待はせず、とりあえずピアノのシの音を押してみる。時刻は9時36分だ。

「……まあ普通の音だな」

 俺としては最初から半音下がっていたのを恐怖で聞き間違えていた、に一票だったのだが、どうやら違っていたらしい。

「すると押し間違ったとかそんなんか?」

「その説が濃厚かもねー」

 他の音も押しつつ、そんな世間話的な会話をしながら9時38分を迎えた俺は、再度同じシの音を押した。ところが、

「あ、あれ? 今俺、同じところ押したよな……?」

「う、うん……」

もう一度押してみる。やはりシの音は半音下がっていた。

「お、おい、嘘だろ……」

 他の音はもちろん普通通りの音だった。俺の背筋が凍る。

「あ、9時39分になった……」

 もはや事務的に時刻を告げるだけになったミサキの声を聞き、俺は再度ピアノを押す。

「も、元に戻ってる……」

 俺とミサキは顔を見合わせる。

『うわああああ!』

 そして一目散に音楽室を後にした。



5、美術室の謎

「何であんな怖いのが一個だけ混ざってんだよ……」

 ダッシュで音楽室から逃げてきた俺は、一緒に逃げてきたミサキに袖をつかまれて美術室の前で立ち止まっていた。もうミサキも服がどうでダッシュができないなどという屁理屈をこねられる状態ではなくなってきたらしい。

「で、お前は何でこんなところで立ち止まったんだよ?」

「いや、5つ目がここだからだよ。ここまで来たんだから行く? 行くよねっ?」

「……もうそれはいいから。で、5つ目っていうのは?」

 彼女の口癖みたいなものを軽く流し、俺は聞いた。俺は少しだけ彼女の口調に呆れ気味なのだが、そんな俺の心の中など知ることもなく彼女はスラスラと話し始めた。

「うちの学校に古くから伝わる伝説なんだけどね……」

 おっ、ようやく七不思議っぽくなってきた、と思いながら俺が聞いていると、

「何と、届く絵の具の中の色が必ず一色だけ中身の入れ替わったのがあるんだって!」

「へ、へー……」

期待した俺がバカだった。カーテンと洋服が入れ替わるような学校だ、そんな怖い話が早々続くとは思えない。

「ちなみにその絵の具は大体男子と女子に配られてて、その絵の具をもらった人同士が結ばれるとかいう伝承があるらしいよ」

「恋愛もののゲームならまずありえない設定どうも」

 俺はため息をつく。それでは確認の仕様がないではないか。トボトボと美術室を後にしようとした俺をミサキは呼び止めた。

「ちょっと待って! 今のは七不思議じゃないよ!」

「……はい?」

 俺は振り返っていそいそと戻ってくる。

「今のは最初に言ったけどあくまで伝説。本当の七不思議もまあ絵の具にかかってるんだけど」

「……あーそうですか」

 俺はそれ以上何も言わなかった。先ほどの恐怖を彼女なりに緩和しようとした結果なのだろう、と悟ったからだ。

「んで、本当の七不思議っていうのは?」

「美術室にさ、モナリザのレプリカがあるでしょ?」

「……あの無駄に高そうな手描きのやつね」

 俺は再度呆れ顔になる。本物そっくりに描かれたモナリザの絵である。何でも有名な美術家に頼んであえて手描きのレプリカにしたのだとか。そんなところにお金をかけるくらいなら、教室にエアコンを入れてくれたほうがよっぽどありがたい、とうちのクラスどころか全校生徒の間で評判である。

「まああれの細かいことはこの際置いとくけど、問題はここから。あの絵を描きあげた直後にその画家さんが死んじゃったらしいんだけど、そのせいかあの絵って夜になると配色が変わるらしいよ」

「……ふっつうにこえーよ」

 本日二度目の鳥肌である。配色が変わる絵とは珍しいことこの上ない。というかむしろ通常ならばありえないことだ。最初の方の七不思議とは一体何だったのだろう。

「という訳で、さあ中に行く、行くよねっ?」

「行くのはいいんだが、一つ気になることが……」

 俺は聞いてる間に気になったことをミサキにぶつけることにした。

「何、怖気づいたりした?」

「いや、昼間のモナリザの配色お前覚えてんの?」

「ああ、それなら大丈夫。ほら」

 彼女は携帯画面を見せる。そこには待ち受けにされたモナリザの姿があった。

「お前趣味わっる……」

 俺はミサキから数歩下がった。

「違うよ今日の美術の時間に写真撮っといたんだって!」

「分かった分かった。分かったからこっち来んな」

「絶対分かってないでしょ!」

 そんなやり取りをしながら俺たちは美術室の中に入った。



「のわっ!」

 ところが、誰もいないはずの美術室には人がいた。もっとも、先生や見知らぬ人ではなく、それは俺たちのよく知る人物であった。

「人のことをいきなり見て叫び声をあげるなんて失礼ね……。見知らぬ人ならただじゃおかないところだけど、まあいいわ」

「そりゃあこんな時間にこんなところで人を見かけたら普通叫びますって部長……」

 そこにいたのは俺たちの先輩にして怪奇現象研究部の部長、島崎沙也何(しまざきさやか)先輩であった。まあ噂では彼女の巧妙な話術によって入部させられた人間が数十人いるとか何とか。

「あなたたちも絵の具の噂を調べに来たのかしら?」

 先輩はこう聞いてくる。

「いえ、私たちが調べているのは七不思議のほうですよ」

 ミサキは自信満々に言った。すると先輩は一瞬ミサキの方を見て、それから目を細めて、

「ふーん、七不思議かぁ。頑張りなさいね」

 一言激励の言葉をくれた。どうやら俺たちに付き合ってくれる気はないらしい。

「そういえば先輩のいう絵の具っていうのは?」

「ああ、この学校に昔からある伝説でね、絵の具の入れ替わったものがないか調べてるのよ。このところ毎日ばれない程度に学校中の絵の具を少しずつ出してるから疲れちゃって。少しだけ休憩してたところ」

「先輩何やってるんですか……」

 まさかミサキの話した伝説が先輩をも巻き込んでいることを知った俺は、呆れる仕草をしながらふとモナリザの方に目をやる。だがその直後、俺の動きが止まる。

「お、おい、あれ……」

 俺は口をパクパクさせながらミサキと先輩を呼ぶ。

「何、どうしたの綾辻く……」

「冗談はよしてよキリ……」

 二人も俺の発言を聞いてその方向を向くが、二人の言葉も途中で止まる。そこには普段暗めの色で描かれていたはずのモナリザのレプリカがあるはずだったのだが……。

(ギラッ)

 俺達三人が見たのは暖色系のモナリザ、それもかなり派手な感じの色だった。そして心なしか俺たちの方をそのモナリザが見つめてきた……気がした。

『うわあ!』

 俺たちは三者三様の悲鳴を上げると、逃げるように美術室を飛び出した。先輩が絵の具を出しっぱなしで出てきたような気がしたのだが、今はそんなことに気を割いている余裕はなかった。



6、階段の謎

「はあ、はあ、はあ……」

 俺は息を切らせながら階段の目の前で立ち止まる。

「でも、つい驚いて飛び出しちゃったけど、ちょっと惜しいことしたわね。もっと七不思議なんだからきちんと観察するべきだったわ」

「先輩よくそんな余裕がありますね……」

 俺は先輩の余裕たっぷりのその表情を見て驚愕する。

「まあ、私部長だから。やっぱりある程度は肝が据わってないとね。綾辻君もすぐに切り替えられるようになっておかないと、この部のリーダーは務まらないわよ」

「別に俺は部長になる気は……」

 言いかけて、ミサキの存在を思い出す。そういえばミサキがいたのをすっかり忘れていた。だが、どこを見渡してもミサキの姿はない。

「あら、境谷さんなら階段の段数を数えながら上に向かったわよ。そういえば、あなたたち七不思議調べてるんだったわね。ここにも七不思議があるのは知ってるかしら?」

「えっ、ここにもあるんですか?」

 俺は驚きながら先輩の顔を見る。こんなところにもあるとは初耳だった。

「っていうか、あなた何も知らないで境谷さんについてきたのね……。連れてこられた、の方が正しいのかしら」

「えっと、まあ……」

 先輩の手前言いにくかったのだが、事実なので仕方ない。まったく知らされていないのにここで自信満々に否定するような図太さは俺にはなかったし、何より先輩に白い目で見られるのだけは勘弁だ。

「でしょうね。そもそもこの七不思議の話をけしかけたのは私だから。その点では謝っておかないといけないかもしれないわ」

「あれ? そうなんですか?」

 意外な真実を知る俺。だが、確かにミサキが今まで自分で調べてきたことはほとんどなかったし、ここまで積極的なミサキは久しぶりに見た気がするな、と朝思ったのを思い出す。

「まあ、何か七不思議探してる様子だったから、ちょっと手助けしてあげようと思って。ほら、綾辻君とあの子今月の怪奇新聞の担当だったでしょ」

 そこで初めて俺は思い出す。そういえばあの新聞の担当は俺以外にもう一人いたことを。毎月二人で担当する怪奇新聞、そこで俺とペアを組むことになったのはミサキだったのだ。ネタが思いつかないことに苦しんでいてすっかり忘れてしまっていたが、あいつは何も言わずに俺に陰ながら協力してくれていたのだった。

「ちょっと俺、ミサキのところ行ってきます」

「やる気が出たみたいね?」

 先輩は微笑を浮かべる。

「はい。ちょっとあいつばかりに任せてるのも、と思い直しまして」

「それなら、私から餞別をあげるわ。ここの七不思議の内容をね」

 先輩は俺に説明を始めた。



 説明を聞いた俺は踊り場の辺りでミサキを待っていた。理由は先輩のアドバイスがあったためである。あの時先輩にされた説明、それはこのようなものだった。



「ここの七不思議はいたってシンプル。昇った時と降りた時で階段の段数が違う、っていうオーソドックスなものよ。たぶん数えて戻ってくると思うから、綾辻君はここで待ってなさい。冷静に階段の段数をカウントする役目、あなたのような第三者が必要だから」

 先輩はそう言ってその場を去ろうとする。

「先輩はどこに?」

「私は絵の具の片付けが残ってるから。ついでにモナリザの観察でもしてくるわ。あとは今月の怪奇新聞の担当者に任せるから」

 そして先輩は手を振って廊下を歩いて行ったのだった。



(第三者、どういうことだろう?)

 俺は首を傾げながらミサキの帰りを待つ。はたしてミサキはぶつぶつ段数を数えながらゆっくりと戻ってきた。

「23、24、25、26……」

 そして彼女は最後の段を下りる。

「28……」

 彼女は震えながら俺の方を見る。

「ねえねえキリヤ、あのさ……」

「階段の段数が違ってたのか、もしかして」

「どうしてそれを?」

 ミサキは驚く。俺は先輩から聞いた話の一部始終を説明した。

「そっか……。ばれちゃったのか」

「何で俺に黙って調べようとしてたんだよ。言ってくれたら俺だってちゃんとやったのに」

「こう、本人が忘れてるうちにこそっと手伝う影のポジションってかっこいい? かっこいいよね? って理由でさ」

「お前下手したら俺がただのクズ人間になるところだったじゃねーか……。とりあえず忘れてて悪かった。で、段数はどうだったんだ?」

 ミサキは行きが27段、帰りが28段だったと説明する。俺はこの階段の怪談で冷静な観察者が必要だと言われていた理由が何となく分かった気がした。

「ミサキ、俺ともう一回数えないか?」

 俺はミサキにそう提案する。

「えっ、でも……」

「分かったんだ、この怪談のカラクリが」

 俺は自信満々に言う。

「そういうことなら……」

 ミサキはしぶしぶ頷いた。



「まず、この怪談のカラクリは、どこから階段を数え始まるかってところにあるんだ」

「っていうと?」

 俺の解説を階段を上りきったところで聞くミサキ。ちなみに昇りの段数は27段だった。

「つまり、最初の1段をどこから始めるかにあるんだよ。さっき昇り始めを1段として数えたけど、ミサキはさっき下りはどこから始めたんだ?」

「あっ、そういえば次の段を2って言ってたような……」

 彼女も気付いたらしい。

「つまり、数え始めの段と数え終わりの段を合わせれば……」

 俺はミサキの手を取りながら、ゆっくりと階段を下りていく。

「26……27! って訳だ」

 俺と美咲は階段を降りきる。今度はきちんと階段の段数が合った。

「さすがキリヤだね! 危なくまた得体のしれない怪談にしちゃうところだったよ……」

 ミサキはホッとしたように言う。

「ま、まあな」

 俺は彼女の方を見ながら頷くが、すっかり照れてしまってそこから先の言葉が出てこない。いつもはトラブルメーカーとしか思わないミサキが、今日はなぜだか可愛く見えたのだ。それは服のせいとかそう言ったものだけではなく、雰囲気とかそういったものにときめいてしまっていたのだろうと思う。夜の学校に女の子と二人っきりというのは、よく考えてみれば何が起きてもおかしくないのだということに俺はこの時改めて気付かされた。

「じゃあ、最後の七不思議、行ってみるか」

「うん」

 だからこそ、俺は彼女をしっかりと守らなければいけないのだ。何せ七不思議というのは、最後の1つを知ってしまったとき、これが一番大事なのだから。



7、校庭の謎+α

「で、最後は校庭なんだけど……」

 俺もミサキもその場で固まってしまう。なぜなら、これは確認するまでもなかった七不思議だったからだ。

「夜になると、校庭の桜が季節を問わず咲く、か」

 きれいだな、と思う。夜に散る桜の花びらというのはやはり趣があるものだ。もっとも、次の日登校する頃にはこの光景は消えているわけで、これは七不思議を全て終えたものが見ることのできる景色なのかもしれない。むしろ最初にここに来た時に気付かなかったのが不思議なくらいである。俺とミサキはしばらくの間、その神秘的な雰囲気にただただ見とれてしまうのだった。



「で、これで全部だけど……」

 ミサキは高校を出てからこう俺に声をかける。

「何も起こらないな」

 俺も拍子抜けしたように返す。もっとこう、何か恐ろしいこととかおぞましいことでも起こるものかと思っていたのだが、現実はそんなことはなく、ただただ普通に帰るだけという、何とも面白味のないものになってしまっていた。

「ね、キリヤ、私たちで七不思議を7つ知った時の秘密、作ってみない?」

 ミサキもそれを知っていたのだろう、こんな提案をしてきた。

「……おかしな提案だったら乗らないからな」

「大丈夫だよ、そんな変なこと頼まないから。ちょっと耳貸して」

 彼女のその声にそっと耳を近づける俺。ミサキはそこである言葉をぼそぼそと吹き込んだ。俺の顔がみるみる赤くなる。

「どう、かな……?」

 見ると、彼女の顔も赤くなっていた。どうやらやはり恥ずかしかったらしい。だが、ここでそれに答えないのは男が廃るというものだ。

「……ミサキ、俺からもう一回言わせてくれ」

「え、えっ、う、うん」

 戸惑ったように目をきょろきょろさせるミサキ。俺は彼女の顔をまっすぐ見て、そしてこう告げた。

「ミサキ、俺と付き合ってくれ!」

 俺の告白に彼女はうん! と叫んで飛びついてきた。彼女の提案、それは七不思議を知った者同士は恋人になる、というものだった。だが、俺はその提案を受け入れた。今日だけで彼女の知らない一面を見ることができたし、何より俺のためにいろいろしてくれたことが、俺にとって一番の嬉しさだったからだ。



「……みたいな会話を今頃あの二人はしてるんでしょうね」

 一方、美術室ではそんな二人の様子を想像しながら絵の具の片付けをしている島崎沙也何がいた。

「まあこの偽の七不思議、5年に1度くらいの割合で誰かが浸透させていかないと消えちゃうから仕方ないんだけど。複数人数に本物全てを探り当てられても困るし。気付くのが二人以上だと私の目的は失敗しちゃうのよね」

 そんなことを呟く。実は真の七不思議は先ほどのものではなかったのだ。もちろん本物の七不思議もあった。だが、それは7つ全てではない。彼女がミサキに教えた七不思議は7つを知ることができれば好きな人と恋人になれる、というものだった。だからミサキはキリヤを連れてきたのだろう。結果的にそれは彼女の計画を失敗させることとなってしまったわけだが。

「まず1つ目がカーテンの七不思議。着ている服とカーテンが入れ替わる。次に2つ目がトイレのノックを規定数満たすとカラカラと回るトイレットペーパーの芯。3つ目が美術室のモナリザの色が変わる。4つ目が音楽室のピアノ。5つ目が校庭の桜」

 ここまではキリヤとミサキが回っていたものだった。

「そして6つ目が体育館のボールが弾む音。そして最後の7つ目は……フフッ」

 彼女は笑う。知った者の末路を彼女自身が知っているからだ。

「次は幼なじみのいない子がいいわね。5年に一回はやってるはずなのに、つい同じような子を選んじゃうのは多分私の癖なのかしら。それと今度は恋愛に絡めるんじゃなくて、もう少しぼかして伝えるべきよね?」

 どこに言うともなく彼女は聞く。答えはない。

「私はいつまで、この部の部長を続けていればいいのかしらね。早く次の子を探さなきゃ」

 そう言った彼女は、校舎の闇に消えた。



 調べれば分かることだが、奇妙なことに怪奇現象研究部の部長はここ数十年ずっと同じ名前の生徒が担当している。名前は島崎沙也何。だが、彼女の存在に疑問を持つ者はいない。

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