【第七話】 結婚の神様はお亡くなりになっていたそうです
子づくりせよ。
まさか、処女神アルテミスからそんな事を言われるとは思わなかった。
いや、どういうこっちゃ?
「え……でも、アルテミスさん今、アポロンは子供ができすぎて大変だったって」
「それは100年前までの話よ。あなたが死んでた間に、大事な神様が1人死んじゃったの」
「大事な神様?」
「ええ。絶対に空席にしちゃダメな神様よ」
その名は、ヒュメナイオス。
何と、この間うちで飲んだくれて帰ったお酒の神様・バッカスさんの息子だという。
担当は「結婚式」。
いろんな人の結婚式に現れて、「おめでとーございます!」とやってくれる神様なんだそうだ。
そして、この人が来ない結婚は悲劇に終わってしまうらしい。
すなわち、そのうち離婚とかそういう事になってしまうのだ。
「けど……神って死んでも復活できるんですよね? ほら、アスクレーピオスが何とかして」
「普通はね。でも、ダメなことがあるのよ」
「どういう事すか?」
「冥界の王、ハーデース。あの方が、ヒュメナイオスの復活をお許しにならなかったの」
ハーデースはアポロンとアルテミスの父であるゼウスの兄。
つまり、オレの叔父さんということになる。
叔父さんは冥界、つまり「あの世」の神様で、死んだ人や神様についてのいろんなことを取り仕切っている神様だ。
神様は死んでも、このハーデース叔父さんが「良いよ」と言えば生き返れたりする。
でも、逆に叔父さんがダメと言えばどんなに重要な神様でも生き返れない。
結婚式の神様ヒュメナイオスはかわいそうなことにこのNOが出てしまった。
そのせいで、復活できなかったのだ。
そう、アルテミスは説明した。
「私も父上を通してハーデース様に何でか聞いたのよ。そしたら、何て言ったと思う?」
「さぁ……分かんないっす」
「ヒュメナイオスは生前『雑魚』すぎたからもう一回力のある神の子として生まれなきゃダメ、ですって。酷くない?」
アルテミスはそう言って煎餅をバリバリ噛み砕いた。
うん、酷い。
つまり、いっぺん死んで来いって事だもんね。
で、結論は何ですか?
もしかしてそのヒュメナイオスを……。
「そうよアポロン。あなたが誰かを妊娠させて産んでもらわないとって事になったの」
「はぁああ!? マジすか!?」
「父上ゼウス様のご命令よ。だから、誰でもいいから今夜にでもなんとかなさい」
「今夜ーーー!?」
ちょ、待てや。
今夜って今夜って。
すいません、待って。
いや、前のアポロンならそれで「はい喜んで!」だったかもしれないよ?
だけど、オレ……中の人はまだ清らかな身体なわけですよ、残念なことに!
それを「はい残業お願い」みたいなノリで言われてもですね。
って、お姉さん睨んでます?
「何よ。できないっていうの?」
「だ、だってオレまだ誰が好きとか……」
「抱きたい子を抱けばいいのよ。3分で済むじゃない」
「オレはウル○ラマンじゃありません!」
「だらしないわねー。これだから童○は」
ため息つかれた。
だけど、そんな急に言われても無理な話ですよ。
心の準備とか、他にもいろいろ要るじゃないですか。
ねぇ。
しかも、生まれんの神様ですよ?
このオレから新しい神が生まれちゃうんですよ?
そんなの、責任重大じゃんよ!
第一、子づくりって相手あってのものじゃないですか。
むしろ、女のが大変な訳じゃないですか。
8か月も不自由な生活とか、酒飲んじゃダメとか、もしかしたら帝王切開とか。
いや、その前に……「行為」にもってくまでが……ですよ?
相手もいきなり言われても困る……いや、困らなそうなのもいるけどさ、タレイアとか。
でも、オレそういうタイプはちょっと、っていうか。
嫁さんはやっぱおしとやかな方がいいじゃないですか。
あ、あの積極的なのが嫌いなんじゃないんですけど。
えっと、あの。
と、ごちゃごちゃ言ってたらアルテミス姉さんがキレた。
「ぐじゃぐじゃ言ってないでオトコらしくなさい! それでもアンタ神様なの!?」
「この間までただの浪人生ですよ! っていうかお姉さんこそいきなり処女捨てろって言われたらできるんですか!? そういう男いるんですか!?」
「な、何よその逆ギレ! わ、私は仕事柄仕方なく……!」
「できないでしょ? 飲んだ勢いで『うふん、私を抱いてー』とかできないでしょ?」
「う……!」
「ほらほらぁ、どうなんですか?」
「わ、分かったわよ! 1年以内にまけてあげる!」
処女VS○貞、童○の勝ち。
オレは、1年以内に嫁を見つける事になった。
そして、空席になっている結婚式の神様ヒュメナイオスをつくることになった。
「1年以内よ。いい? それならなんとかできるでしょ?」
「そうですね。こっちのオレ……モテるみたいだし」
「絶対守りなさいよ? ほら、これ!」
ばん、と出された紙に言われるままに「1年以内に子供作ります」と書き、サインして朱肉で拇印。
期限は何が何でも守れ、という事で一筆書かされたオレ。
アルテミスは宣誓書を大事に持って帰った。
うーん……。
何だか仕事っぽくてやだな。
「しかし、ふーむ、嫁か」
やっぱり、約束してるんだしミューズの9姉妹の中から選ばないとダメだろうな。
1年以内ならどうにかなりそうな気がしたが、いきなり自身がなくなってきた。
多分、あの子たちは全員オレに気がある。
末っ子のウーラニアーはよく分からないが、「将来誰のお嫁さんになる?」と聞けばオレと答えてくれそうだ。
だが、1年以内に嫁となると末の2人は除外だな。
流石にポリュムニアーとウーラニアーはそういう対象にしちゃダメな気がするし。
となると、残りの7人から選ばないといけない。
おっとり雌ヒョウな姉さん、「叙事詩」のカリオペー。
栗生美姫似の、「歴史」クレイオー。
姉妹一涙もろい女、「抒情詩」のエウテルペー。
猪突猛進な爆乳娘、「喜劇」のタレイア。
ちょいヤンデレな黒髪娘、「悲劇・挽歌」のメルポメネー。
総合プロデューサー、「合唱・舞踊」のテレプシコラー。
童○好きなロック姉さん、「独唱歌」のエラトー。
この中から1人。
オレは1年以内に嫁に選んで、子どもをつくる。
さて、どうしましょうか。
とりあえず、オレは1人ずつ似顔絵を描いて並べてみた。
みんな、少しずつタイプは違うが美人ぞろいだ。
スタイルも抜群すぎるぐらい。
メルポメネーが1人だけつるぺただけど、あれはあれで悪くない。
「だけど……特に好みっていうのはいないんだよなぁ」
オレは生粋の日本人だった。
外国人でも美女ならば反応してたけど、どっちかというとアジア顔に愛着がある。
となると、一番近いのがメルポメネーか。
だけど、他のお姉さま方を顔だけで切り捨てるのは申し訳ない気がする。
おっぱいで迫ってこられると怖いけど、大人しくしてればタレイアだって相当かわいい。
いや、ちょっとその前に冷静になろう。
ここ1カ月で何の違和感もなくなってしまったきらいがあるが、オレは果たして本当にこんな贅沢な悩みを抱えていていいのだろうか。
本来ならばこの役目は本家アポロンの役目だ。
しがないただの浪人生だったオレ。
一応仕事らしきものはどうにかなってしまっているし、誰にも今のところその件でお叱りを受けたりしていない。
だけど、ちゃんと神様やれてるんだろうか。
そう考えているとなぜか、急に「あっち」の世界に行ったアポロンが気になってきた。
あいつ、布団で簀巻きにされて持ってかれてからどうしてるんだろう。
窓の外を見ると、仕事の終わったウーラニアーがいたので呼んでみた。
例のカード占い。
あれをやってもらえば、向こうの世界が見れるはずだ。
「マムロテツガク、だっけ?」
「そうそう。頼むよ」
「りょうかーい」
ウーラニアーがぱぱっとカードを切る。
7枚のカードの円の中に現れたのは、どこかの大学の入学式だった。
いい服を着た両親とスーツ姿の、オレ。
桜の花が舞い散る校門前で記念写真を撮っていた。
え、どゆこと?
「お、オレ? な、何でこんな事に……っていうか、ウーラニアー、地上って今何月?」
「多分、4月とかじゃないかなぁ」
「はぁあ!?」
とすると、あれからやはり1か月くらい後という事になる。
何があったのだろうか。
耳をすますと、会話が聞こえてきた。
『でも、よかったわねぇ。補欠で合格が決まったなんて。ねぇ、お父さん』
『全く、悪運の強い奴だ。まぁ、今までの分はしっかり取り戻せよ、哲学』
『言われるまでもない。倍にして返してやる』
何だと?
補欠合格!?
オレは言葉を失った。
てっきり今年も大学には不合格だったと思ったオレ。
しかし、よく思い出してみれば確かに3月末までに「補欠」で合格する可能性があったのだ。
『フン、生意気言いおって』
『まあいいじゃないの、お父さん。こうして哲学も元気に大学生になってくれたんだから』
『そうだな。死にぞこなってから前よりしっかりしたようだしな』
『触るな。男は好かん』
『お前、実の父親に向かって相変わらずそれか』
映像の中の「オレ」を真ん中に、両親は終始笑顔だった。
母親は舞い上がってしまっていつも以上の厚化粧だし、めったに笑わないオヤジも声を立てて笑っている。
中の人も言葉は変だが、何だか落ち着いてしまっている。
何なんだよ、一体。
と、思っていたら入学式会場が見えてきた。
そこで待っていたのは何だか偉そうな人。
渋い茶色のスーツを着たおっさんが「オレ」に声をかけた。
あ、知ってる顔。
オレが受けようとしていた学科の教授。
かなり有名な人だ。
『馬室君だね。待っていたよ』
『誰だ』
『面接のときに会ったじゃないか。覚えていないかね?』
『知らん』
『おいおい、思い出してくれよ。君は僕にあのすばらしい絵を見せてくれたじゃないか』
絵?
何のことだ?
よく分からないでいると、映像の中のオレが「ああ」と思いだした顔をした。
『メンセツの時にいたな。アンタがオレの入学を許可してくれたのか』
『そうとも! 君は私の教授人生で出会った中で一番素晴らしい才能を持った学生だ! あんなものを見せられて、放っておくわけにはいかんだろう』
はっはっは、と笑って教授が「オレ」の背中を叩く。
そういえば、補欠入学の前にも面接があるんだったな。
成績が良い順に電話で呼び出されて、絵を1枚持ってこさせられるんだと先輩が言っていた。
そうか。
その時にアポロンは自分の絵を持って行ったのか。
納得した。
そうだよな、リアルに「神」が描いた絵を人間の教授が落とすわけないもんな。
『今度、一緒に飲もうじゃないか。馬室君、酒は好きかね?』
『私は安い酒は飲まんぞ』
『はっはっは! 甘く見ては困る! 君の目の玉が飛び出るようなのを浴びるほど飲ませてやるさ!』
教授はクソ生意気な学生を前に豪快に笑っていらっしゃった。
美大は「才能はあるが人として痛い」タイプの天才もたくさん集まってくるらしい。
だから多分、「オレ」をそういう奴の1人とみなしたのだろう。
肉体と魂が伴わないあいつにはこれ以上ない環境な訳だ。
オレは何だか悔しくなってきた。
だけど、あいつ何千年も生きてるんだもんな。
経験値にものを言わせて人間界での立ち位置くらい軽く築けてしまうのかもしれない。
両親も普通に受け入れてるし、チ○コ丸出しの一件もどうにかしたみたいだし。
入学式会場でも、オレの知り合いが普通に声をかけていた。
何か「お前、変わったよな」とか言われてるけど会話成り立ってるし。
うーん……複雑だ。
「あ、誰か来たよ」
寝転がって映像を見ていたウーラニアーが声をあげた。
入学式が終わり、両親と別れた「オレ」が数人で固まって歩いていると誰かが近づいてきた。
花束を盛ったあの後ろ姿は……。
オレを待ち続けてくれた栗生美姫に間違いなかった。
『馬室君! 入学おめでとう!』
『クレイオー……?』
『よかったぁ! ずっとこのまま一緒に大学通えないかと思ったよー!』
久しぶりに聞く、心地の良い声。
花束の向こうの弾ける笑顔。
オレがずっと欲しかったものが、映像の中のあいつに向けられていた。
『おめでとう、馬室君。これから一緒に大学……』
『クレイオー、会いたかった!』
『きゃ……っ!』
げっ。
オレは思わず固まった。
映像の中の「馬室哲学」の中にいるのは、百戦錬磨の好色一代男、アポロン。
奴は迷いもせず、花束ごと栗生を抱きしめた。
周りの奴がヒューヒューと囃し立てる。
中には写真を撮っているバカもいた。
「ちょ、あ、あいつなにやって……!」
「何か、向こうのアポロン様はあの女の人の事、クレイオー姉さまだと思ってるみたいだねー」
「え……」
「だって、似てるもん」
ウーラニアーの指摘通り、確かにあいつは栗生をクレイオーと呼んでいた。
完全に間違えているのだ。
いや、違う離せ!
そいつはお前のハーレムの女じゃない!
あああああ!
栗生も抵抗しろぉおお!
『ま、馬室君……ちょっ……私』
『もう離さないぞ、私のクレイオー』
『や、やだみんな見て……』
『愛している、クレイオー』
『ちょ、んー……っ!』
ぎゃああああああ!
やりやがったぁああああ!
栗生の、栗生の、唇を、唇をおおおおおおお!
あああ、見てるじゃん!
みんな見てるじゃん!
っていうか、舌!
舌いれんな舌ぁあああああああ!
「あのやろぉおおお! 栗生に! 栗生になにをぉおおおお!」
「ちょ、アポロン様落ち着いてって!」
「離してくれウーラニアー! 栗生が変態に……!」
「だめーっ! あれ、ただの映像だからー!」
「ちくしょぉおおおお!」
あのタラシ野郎は自分がまだイケメンのアポロン様のままだと勘違いしているのだろうか。
強引に栗生の唇を奪い、あろうことか舌まで入れた。
ウーラニアーに止められたが、あの場にいればオレはあいつを殴っていただろう。
公衆の面前で暴挙に出たキモメン。
ああ、もう栗生はオレを軽蔑したに違いない。
終わりだ。
もう栗生にひっぱたかれて終わりだ……!
って、あれ?
ビンタの音がしない?
『もう……そんな事したら恥ずかしいよぉ……』
え?
何で栗生、そんな顔なの。
どうしてほっぺが赤いの?
あれ?
あれ、あれ?
『馬室君、いつからこんなに大胆になったの? あんなに恥ずかしがり屋さんだったのに……』
ええええ?
『お前が美しいから我慢ができなかった。人前では嫌だったか?』
うわ!
何すかその台詞!
キモッ!
『ううん……馬室君なら、いいよ』
嘘 だ ろ!
許可すんなよ!
キモすぎだろさっきの!
『今日はもう、お前を離したくない。私の愛しいクレイオー』
『や、やだ……そんな事』
『嫌か?』
嫌です嫌です!
嫌ですって!
そう言って栗生!
お願い栗生ぅううううううう!
『そんな事ないよ……馬室君のこと、私ずっと……』
はぁあああああああ!?
ちょ、おま、何!
何言って!
何言ってんのーーーー!
『行こう。朝まで愛してやる』
『優しくしてね……馬室君』
いやぁあああん!
断ってぇええええ!
オレは栗生をお姫様抱っこし、どよめく公衆の全面から連れ出したあいつを前に完全なる敗北を喫した。
俗にいう、NTR。
オレの永遠の女神だった栗生美姫は変態野郎と共ににホテル街へと消えていった。