【第六話】 アルテミスさん登場
オレが神様になってしまってから一カ月余り。
9人の女神たちに支えられたり翻弄されたりしながらどうにかこうにか仕事をし始めた。
そんなオレの様子を見て、一番喜んだのがアスクレーピオスだった。
彼は往診のお医者さんみたいにちょくちょくやって来ては、オレが順調に回復(?)しているのを見て満足そうにして帰っていく。
オレのこの状態、ぶっちゃけ「医療ミス」なんだけどね。
だけど、アスクレーピオスって人はどうも恨めない「いい人」なオーラに満ち満ちていた。
多分ああいうのも、お医者さんには必要な要素なんだろうな。
「そういえば父上、アルテミス様にはお会いになりましたか?」
「いや……多分、会ってないけど」
「そうでしたか。いやいや、申し訳ありません。私から伝えるべきでした」
アルテミス、は有名な神様だ。
月の女神様で、一生処女を守り通している高潔なお方。
ゲームのキャラとかでも結構人気だったりするよな。
そのすごい神様、アスクレーピオスに言わせるとどうやらオレの双子の姉らしい。
すぐに連絡を取って会わせてくれることになった。
マジか。
あの人身内なのか!
オレは一瞬テンションが上がったが、すぐに不安になった。
もしかして……仲悪いんじゃないか?
「知識あんまないけど、アルテミスって……聞く限りけっこう潔癖なんじゃない? オレ、会って平気かな?」
「どうしてです?」
「いや……聞いてる限り、オレけっこう女の子関係で好き放題なキャラだったっていうじゃん? 一生処女の人から見てそういうのって……ねぇ、アスクレーピオス」
「そー……ですなぁ」
アスクレーピオスは苦笑いだった。
うわぁ……やっぱしそうなんだ。
天下の変態ハーレムヤリ○ン男のアポロンと、高潔な処女神。
双子だと余計、バカな弟が嫌いになってそうだ……。
でも、一応生き返ったという報告はしないとアレだ。
少しくらいは心配しててくれたかもしれないしな。
オレは、とりあえずささっと挨拶して終わりにすることにした。
有名な女神だけあって、アルテミスは忙しいらしい。
アポを取ってもらうと、時間を見て向こうから来るという返事が返ってきた。
身内だし、まぁ、適当に来ればいいよな。
仕事を手伝って欲しいという9姉妹を順番に回りながら、オレは神殿でアルテミスを待った。
「アルテミスって、どんな人なんだ?」
まず、総合プロデューサーこと「合唱・舞踊」のテレプシコラー氏に聞いてみた。
彼女は意外な事を言った。
アルテミスは優秀な「助産師」さんだというのだ。
「お産の時に、痛いのを和らげてくださる神様ですわ。私も前に、生理痛が酷いのを相談させていただいたことがあります」
「お、お産? 月の女神様じゃないの?」
「お仕事の範囲がすごく広い方なんです。子供の守護神でもあるんですのよ。よく、ウーラニアーが遊んでもらってますわ」
面倒見のいい人なんだろうか。
次に、よく遊んでもらっているというウーラニアーのところに行った。
オレの神殿の近くにある大きな塔の上に設置する新しい天体望遠鏡の組み立てを手伝う。
カードを持って歩いてるから占いの神様なのかと思っていたら、「天文」とのことだった。
あれ、何か星占いの一種だったらしい。
天体、星に関する事なら何でもやるのだ。
ウーラニアーは最近どこかの天文学者が打ち上げたロケットと偵察機のことを気にしていた。
「うんと遠くにロケットを飛ばして、そこからちっちゃい偵察機を下ろしてね。彗星の観察をするんだって。だから、うまく成功させてあげたいなーって。お勉強がいっぱい必要だから大変だよー」
「はぁー……小さいのに偉いな」
「アルテミス様にも手伝ってもらうの。ねぇ知ってる? 人工衛星の中にはね、月の重力を使ってるのもあるんだよ!」
何か難しそうなのに、遊びの延長みたいな顔でウーラニアーは言う。
この9姉妹の末っ子、実は他の姉さんよりかなり頭がいいらしい。
古代ギリシャの時代からものすごい勢いで進んでしまった地上の天文学。
お勉強をサボってしまうと、例え神様でもついていけなくなってしまうのだ。
だから、子供の守護神で時には家庭教師のアルテミスは忙しい合間を縫ってウーラニアーの勉強を手伝ったり、遊んであげたりしているそうだ。
ウーラニアーはかなりアルテミスが好きらしかった。
「今日、アポロン様に会いに来るんでしょ? 久しぶりに会えるから嬉しいなぁ!」
「うーん……そうか、嬉しいか」
「来たら教えてね! 見せたいものとかいっぱいあるんだ!」
「アルテミスは、他のお姉ちゃんたちとも仲良いのかな?」
「うーん……タレイア姉さまとかはあんまり好きじゃないかも。よく怒られてるしねー」
そういえば、初日にも何かそんなこと言ってたっけか。
巨乳でアグレッシブな「喜劇」のタレイア。
彼女はセックスアピールがものすごい。
いや、アピールっていうかむしろ実行に移しちゃうタイプだ。
それゆえ、アルテミスにたしなめられる……というか、「どつかれる」事が多いようだった。
直接本人に聞くと、やっぱり嫌いみたいな事を言っていた。
「もー、酷いんですわよアポロン様! 箒とか、岩とか、ブタの貯金箱とか、一体アルテミス様に私、何億回どつかれたことか……!」
「……億かよ。っていうか、あり得ないくらい丈夫だなオマエ」
「私がバカになったらあの方のせいですわ」
想像するに、ほとんどタレイアの自業自得だろう。
あの巨乳と強引さを武器にところ構わずアポロンに迫ってはアルテミスに叱られているわけだ。
というか、ボコられているのか。
オレはタレイアの仕事に付き合いながら話を聞いていて頭が痛くなった。
ちなみに、タレイアの仕事はお笑い系が多かった。
「今度、このお笑い芸人のネタを流行らせてあげようと思うんですの。いかがです?」
「えー……このコンビニの店員が包丁持ってる奴? いや……微妙じゃないかな」
「よくありません? 『お前、強盗かぁ? ワシもじゃー!』って……超ウケるー!」
「どうだろ……間違いなく一発屋だけど」
「ええー? 面白いですわよぉー」
タレイアは話をしながらオレにじりじりと近寄ってきた。
離れて座ってもいつの間にかぴったりくっついている。
向かいに座れば谷間を見せびらかして来る。
おい、お前。
それはボケなのか。
ツッコんで欲しいのか。
そう言ったら、性的な意味にとられてしまった。
「あらぁー、アポロン様ったら昼間からダ・イ・タ・ン♪」
「ち、違う! ボケとツッコミのツッコミだよ!」
「そんなこと言って。タレイアは……いつでもどこでも準備OKですわよ?」
「こ、こら! こんなとこでそんな恰好するんじゃありません!」
「いやぁん。興奮していらっしゃる?」
もー、助けて!
この色ボケ姉ちゃん何とかして!
無理ですオレ!
この人のノリにはついてけません!
オレは色っぽい眼差しで容赦なく挑発的なポージングをしてくるタレイアを前に今日も半泣きであった。
こんな時、前のオレ……っていうか、「本家」アポロンならどうしていたのだろうか。
ロック姉さん「独唱歌」のエラトーに聞くと、「スルーですわね」とのことだった。
「タレイア姉様をいちいち相手にしていては、さすがのアポロン様も体力がもちませんでしたの。ですから、それはそれは華麗にスルーされていましたわ」
「マジか……それはそれでスキルが要りそうなんだけど」
「でなければ、朝までお相手する覚悟でいらっしゃらなければいけませんわよ?」
エラトーはおちゃらけて、手で何だか卑猥な形を作って見せる。
朝までタレイアか……カサカサになるまで色んなものを吸い取られそうだ。
まぁ、童○のオレとしては未知の世界なんだが。
と……うっかりぽろっとそう話すと、エラトーが「ええー!!」とか言ってムンクの名画みたいな顔をした。
「アポロン様……っていうか、中のお方は女性をまだ知らないのですか!?」
「一応。っていうか、中のお方って何」
「よ、予想外でしたわ……」
げ、ドン引きされた。
割といるから平気だと思ってたが、23で経験なしってやっぱダメだったか。
アポロンの「中の人」が全然違う奴になってるのはみんななんとな~く了解してくれたみたいだけど、これはダメだったか。
そうだよなぁ……本家さんはけっこう経験が豊富みたいだったし。
アスクレーピオスさんみたいなでっかい息子もいたし。
やっぱ、この年で○貞って……あれ?
エラトー姉さんその顔は?
「素晴らしいですわアポロン様!」
「ええええっ!?」
「いやですわぁあ。そうならそうと言ってくださればよかったのにぃー!」
「おわぁっち! 何々々!? どしたのさエラトー!?」
「うふふふふふ♪ でしたら、私達にはアポロン様の『初めて』になる権利があるのですわね?」
なんか、いきなり乗っかってこられた!
そして、エラトー姉さん鼻息荒いよ鼻息!
まさか、まさかですが、姉さんは童○好きでしたか!?
いやぁああ、目がヤバい目がヤバい!
っていうか脱がされてるー!
「経験豊富で何千もの女性を相手にしてらっしゃる事……私にとってそれがアポロン様の唯一の欠点でしたの。今のあなたは……私にとって完璧の男」
「待って待って待って! ここ、外ですからー!」
「ああ……たまりませんわ。この身体の火照りを……どうか早く鎮めてくださりませ」
「あっ……ちょ、ダメ……」
「好きですわ……アポロン様」
とろんとした眼差し。
紅潮した頬。
は……発情しておられるのですか、姉さま!
オレは不意打ちと迷いのない攻撃、魅惑のボディーを用いた実力行使に動けなかった。
エラトーはなんかロックでサバサバしてるからすっかり油断していたが、これはタレイアとかよりヤバいかもしれない。
迫る唇。
はだける胸元。
今度こそ食われるか!
食われちまうのか!
うわぁああああ……!
……と、思っていたら突然エラトーが宙に浮いた。
ぐいーん、とクレーンゲームのようにリフトアップ。
何かと思ったら、そこにはでっかい角をした……鹿!?
大木の枝みたいな角をした立派なシカがエラトーをひっかけてぷらんぷらんさせていた。
かと思ったら、そのまま体を大きく反らし……。
ぶん投げた!
「きゃぁあああっ!」
投げられたエラトーはそのまま湖にボッチャンした。
何だこの鹿!
コントロール良すぎ、って違う!
どこから来たのよ君!
っていうか何その勝ち誇った表情!
そう思っていると、鹿はオレに鼻先を近づけてフンフンしてきた。
いやぁあああ! やめてやめて!
オレ、鹿せんべいは持ってません!
た、頼むから奈良に帰って奈良に……!
「相変わらずね、アポロン」
「へっ……!?」
「やめてあげなさい、ポチ」
張りのある女の声がして、鹿はオレの上から退いた。
え、お前ポチっていうの?
鹿が退くと、そこにはものすごくきれいなお姉さんがいた。
その手には弓。
うねる波のような黒髪の長い巻き毛が腰まで流れ、風に優しくなびく。
澄んだ緑の瞳は萌え出たばかりの若葉のようだ。
もしかしてこの人……。
と思っていると、きれいなお姉さんはオレの手を引いて起こしてくれた。
「待たせて悪かったわね。アルテミスよ」
「お……お待ちしておりました。オレは……」
「マムロテツガク、ね。初めまして、中の人」
中の人って。
やっぱその呼び方ですか。
なんか今回のオレ、着ぐるみみたいな扱いだな。
そう思っていると、アルテミスは声を立てて笑った。
何か、思ったより優しそうな人だった。
「忙しくてなかなか来られなかったけど、あなたの事はこの子たちから聞いてるわ。よく、この辺りを鹿がウロウロしてたでしょ?」
「あ……あれって、野性じゃなかったんですか」
「この子たちは『ケリュネイアの鹿』よ。私のペットなの。因みにこの子はポチね。額に白いのがぽちっとついてるでしょ?」
鹿の頭には白い点があった。
だからポチっていうらしいけど……犬じゃん。
神様のペットって聖獣みたいなんじゃないのかな。
それをポチってどうよ。
……かわいいけどさ。
オレはとりあえず、アルテミスを館に入れてお茶を出すことにした。(エラトー放置したのは後で思い出しました。すいません。姉さんは無事でした)
初対面で立ち話も何だし。
バルコニーにセッティングしてあったテーブルに通し、座ってもらう。
お茶はアスクレーピオスに言ったら緑茶を用意してもらえた。
何でも、お茶は薬の一種だからお医者さんなら手に入るんだって。
お茶請けは果物の神・プリアポスさんからもらった柿と、この間仲良くなったパーンっていう神様がくれた煎餅。
この地味ーなセットがアルテミスには妙に好評だった。
「牧神パーンも面白いお菓子を知ってるわね。しょっぱくてカリカリしてるのが素敵だわ」
「散歩してたら声かけられて。なんか、仲良かったらしいですね。オレ、初対面だったけど……」
「昔、いろいろあって仲良くなった親友なのよ」
そうなんだよね。
変態アポロンは女性関係の武勇伝以外にもいろいろ残してる男らしくて、この間は朝までかかって飲みながらそれを全部聞いたのよ。
牧神パーンは半分人間、半分山羊の神様だ。
散歩してたら「アポロン様っすよね!」みたいな軽ーい口調で話しかけられ、そのままうちまでついて来た。
そして、結局朝まで飲んだわけ。
途中から「オレもう仕事終わりなんでいっすか?」って混ざってきたワインの神バッカスさんが悪いよね。
あの人が入ってくるともう、無限に酒が来るわけじゃん?
そんなこんなで、最後には記憶がなくなったけどいろいろ話を聞いたわけだ。
パーンとアポロンは昔、音楽対決をしたことがあるらしい。
アポロンはあの竪琴、パーンは笛を吹いた。
その結果、負けたのはアポロン。
ところが、負けたアポロンは結果に満足せず逆ギレ。
あろうことか審判役だったパーンの子分のミダースさんの耳をロバにしちゃった、っていうのがかの有名な「王様の耳はロバの耳」の話だと言うから驚いた。
「その後和解して今は飲み友達って聞いたけど……けっこう大さわぎだったらしいですね」
「2人とも女好きだったしね。あなたはどうなの?」
「え、オレっすか?」
「前のアポロンよりよっぽど真面目に仕事してるっていうじゃない。この一カ月、1人も子供できてないし」
「……は?」
「あなたが来る前は、一か月あれば最低15人は子供ができてたわ。私、仕事が多くて大変だったんだからー」
ど ん だ け だ よ。
いや、なんかもう動物レベル。
子供が同じ月に15とかハムスターじゃんよ。
まぁ、あれは一匹のお母さんがいっぺんに15匹産むんだけどさ。
でもって、出産とか子供とかの担当のアルテミスお姉さまがその対応をさせられてたわけだ。
オレは何か謝りたかった。
中の人なんで、何もしてないわけだけど。
「って、15人も生まれて……認知とかどうしてたんすか?」
「流石に人数多すぎるし、ほとんどが普通の子で新しい神様にする訳にもいかないからみんな地上で生まれなおしてもらってたわ。神に愛された天才として生を受ける子供としてね」
「え、じゃあ時々いる『○○君、神の子、不思議な子』みたいな天才は……」
「プライバシーだからその辺は詳しく言えないけど、アポロンの子もいるわよ」
よくできたシステムだ。
しかし、オレはこの世界に来て、というかまだ生まれてこの方女の人とそういう事になった経験がない。
そして、当分の間……というかこれからもずっとアルテミスさんを困らせるようなことにはならないだろう。
と、言うとアルテミスはちょっと困った顔をした。
「実はね。あなたに早く子供を作ってもらわないといけないの」