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【第五話】 仕事、時には楽じゃないです

「あの、君は?」

「メルポメネー。『悲劇・挽歌』のメルポメネー」

「そ、そうなんだ。直接話すのは初めて……かな」


 耳の下くらいで切り揃えられた黒髪。

 他の姉妹と違って、何だか東洋人に近い顔立ちだった。

 長い睫毛と、愁いを帯びた黒い瞳。

 多分、真面目な子なのだろう。

 高校生くらいに見えるメルポメネーは、姉妹の中で一番露出が少なかった。

 雪のように白い肌を少し長めの布で覆うようにしていた。


「悲しい時のアポロン様のお話を聞くのは私の役目。話して」

「話す?」

「嫌なら無理におねだりしないけど」


 メルポメネーは目を伏せた。

 ああ、そうか。

 オレの浪人話やここまで来るいきさつもある意味「悲劇」というわけだ。

 二階のバルコニーに戻り、オレはメルポメネーを相手に散々愚痴を聞かせた。

 メルポメネーはペンを片手にオレの話をさらさらと書き綴っていく。

 その方がちゃんと話が聞けるのだという。

 妙な構図だったが、話しているとだんだん楽になっていった。


「……それで、才能のある奴がどんどんオレを追い抜いて行くんだ。今思えば、仕方がなかったんだけどな」

「でも、頑張ったのに報われないのは悲しい事」

「頑張ったなんて言えねえよ。だって、試験で使えないような変な絵ばっかり描いてたしさー」

「人が見て頑張ったって言えなくても、アポロン様は頑張ったって思ってた。それがだめだったら、悔しいと思うのは当然。心も痛くなる」

「そうかぁ……」


 メルポメネーはぼそぼそとしていて表情も少ない。

 だが、話を聞くのは上手で、オレの気持ちを否定しすぎず肯定しすぎずに程よく受け止めてくれた。

 人の悩み相談を「平気、大丈夫!」と笑い飛ばすように元気づけてくれる話し相手も時には良い。

 だけど、こうやって無駄に笑わず雰囲気を壊さずにいてくれるメルポメネーの態度が今のオレにはありがたかった。

 きっと、人間界にいれば優秀なカウンセラーになっただろう。

 そう思っていると、メルポメネーはペンを止めた。


「アポロン様、終わり?」

「うん。何だか聞いてもらえてスッキリした。ありがとな」

「……いいの。これが私の仕事だから」


 小さな声でそう言ってメルポメネーはまた目を伏せた。

 顔が赤い。照れているのだ。

 そんな彼女を不覚にもかわいいなんて思ってしまうオレがいたりして……。

 何だか妙な雰囲気が流れた。

 そういえば、オレと入れ替わってしまったアポロンは9人の姉妹の中から1人を選ぶと約束していたんだったな。

 だったら、オレは選んだ方が良いんだろうか。

 9人の中から、たった1人を……。


「アポロン様、また悩み事?」

「いっ、いや何でもないよメルポメネー! ちょっと考え事!」

「アポロン様、私、いつでもアポロン様の力になりたい」


 不意にぎゅっと掴まれた右手。

 メルポメネーが訴える様な瞳でオレを見上げていた。

 子犬か子猫のようなその円らな瞳……。

 なんだこいつ、やっぱかわいいじゃねえか!

 オレの心臓は不覚にも跳ね上がった。


「私、姉さまや妹たちみたいに胸もないし、女として魅力がないかもしれないけど」


 うん、確かに見事な洗濯板。

 手を胸に持っていかれたけど、何にも触らない。

 布の感触だった。

 いや、だけどそれはそれで……。

 って、何考えてんだオレ!


「いやいや、そんな! 胸じゃ人の価値なんて決まらないし! そういうのってほら! 人としてどうかって……!」

「他のことだったら何でもできるの。アポロン様が望むなら何だって……」

「えっ……ちょ」


 メルポメネーがオレの方に身を乗り出す。

 何でもってなんですか!

 って、その「覚悟決めてます」って顔何ですか!


「だからアポロン様……もしも嫌じゃなかったら、この私と一度だけでも……」


 おおおおおおお!?

 接近する濡れた唇。

 閉じられた瞳、長い睫毛。

 こ、これは「キスして」って事ですよね!

 オレのために勇気出しちゃったって事ですよね!


 良いんですか?

 いただいちゃっていいんですか!?

 オレは吸い寄せられるようにメルポメネーの肩に手を置いた。

 2人の距離が近くなる。

 そして……。


「はぁーいっ♪ テレプシコラー入りまーす!」


 突然響き渡った甲高い声がオレ達の空気を打ち破る。

 現れたのは確か天ぷらさんとか何とかいうテンションの高いお姉さま。

 メルポメネーが「チッ」と舌を鳴らしたのが聞こえた。

 うぉおい、怖えよおめえ……。


「エラトー達から聞きましたの。アポロン様、お仕事を始められたそうですわね」

「え、うん。まぁ、そういう事になるのかなぁ」

「でしたら、この『合唱・舞踊』のテレプシコラーにも祝福をくださいませ。9人の姉妹の中で私が一番忙しいんですのよ!」

「お、おいおい!」

「さぁさ! お早く!」


 オレはテレプシコラーに引きずられるようにして階段を降りた。

 何だか下が騒がしい。

 見ると、そこにはやたらキラッキラした感じの女の子たちがわさわさ並んでいた。

 数は大体50人前後。

 何だかこの光景……どうも見覚えがあるような……。


「この子たち、ダンサーですの。私が自らオーディションした、選りすぐりの精鋭たちですのよ」


 テレプシコラーはそう言って胸を張った。

 ああ、なるほど。

 自分はプロデューサーさんな訳ね。

 で?


「まずは彼女らの歌と踊りをご覧になって。バンドメンバー集合!」


 はーい、と返事して集まって来たのはさっきエラトーのところにいたバンドの人たち。

 彼らがスタンバイすると、ダンサーの女の子たちは床の模様に合わせて並び、ポーズをとった。

 やっぱり、これって……。


「こんにちわー! 私達!」

「「TNK(天界)48でーす!」」


 うわぁ、やっぱりー!

 キャッチーなイントロと、頑張れば真似できそうな振付のダンス。

 そして、カラオケで絶対1人は歌ってそうな感じのメロディー。

 さらに「対象年齢が中学生前後から」って感じの歌詞と来ればあれだ。

 もう、完璧にあれだ!


 テレプシコラー姉さんはこのダンスと曲をただ今全盛期のあのアイドルたちに下ろす気なのである。

 女の子たちのダンスが終わると、テレプシコラーはまだ見て欲しいグループがいると言った。

 入ってきたのはみんな顔が濃い感じの若い男の集団。

 これまた何か見た事のある雰囲気だった。


「彼らもダンス集団ですの。高度なテクニックが売りですのよ」

「もしかして、縦一列に並んでグルグル回ったりする?」

「まぁ! どうしてお分かりですの!?」

「……やっぱり」


 言ってみればオレは今、男にも女にも大人気なトップアーティストの未発表曲をライブ会場貸切で見させてもらっているわけである。

 多分普通の人間だったら例えあの「ちょっと小太りメガネの有名プロデューサー」と「ちょっとサルっぽいグラサンのボーカル兼プロデューサー」が親友だったとしても実現しない贅沢だ。

 そして、傍らのテレプシコラー氏は彼らとさらに他に大勢のプロデューサーだの監督だのを兼任しているようなすげえ大物な訳で……。

 なるほど。

 忙しいって言った訳がよーく分かった。


「いかがでした、アポロン様?」

「うん。すごく良かったよ。きっと流行ると思う」

「ありがとうございます。では、これから明日までにまた新しい曲を作りますわ」

「えっ、そんなにすぐ?」

「今度は合唱曲ですの。私の担当範囲は広いですから、サボってなんていられませんわ」


 そうすか、お疲れ様っす。

 っていうか、またオレ明日も見ないとダメなんかな。

 思ったより忙しいじゃんか。

 そんな事を思いながら、その日は終わった。


 翌日―――――

 朝起きて外に出ると、あの白パンツの女の子が駆け寄ってきた。

 彼女は「讃歌・物語」のポリュムニアー。

 どうやら、今制作中の新しい物語について相談があるらしい。


「アポロン様って、人間界の事に詳しいんだよね?」

「ああ、まぁ。一応23年生きてたしね」

「男の人同士の恋愛ってどうやるの?」


 はい?

 今何と??


「今ね、若い女の子たちにはたっくさん『萌え』が必要な時代じゃない? だから頑張って歴史に残るようなお話を作らなきゃいけないの」

「はぁ。だからBLボーイズラブもって訳なのか……」

「うん! ねぇアポロン様はどんな男の人がタイプ?」

「いやぁ、オレそういう……今までノンケで生きてきたからなぁ」

「えーっ? でも、前の(入れ替わった方の)アポロン様は男も女もどっちもイケるって言ってたよ!」

「マジすか」

「どうしよっかなぁ……。じゃあ、ちょっと待ってて!」


 ポリュムニアーはすたたた、とどこかに駆けて行った。

 BLかよ、マジか。

 でも、一応あれも物語の一種だもんな。

 だけどいいのかな。

 ヤマもオチもイミもないお話だって話ですよ?


 オレは屋敷の庭をプラプラしながら彼女が戻ってくるのを待った。

 そういえば、この世界に来てから全く腹が減らない。

 睡眠はとったが、多分寝なくても大丈夫な気がする。


 でも、何だかそれじゃ味気ないなぁと思っていると、どこからか山盛りの肉だの果物だのを持った人たちがやってきて食事をセッティングしてくれた。

 聞くと、全員食事に関係する神様らしい。

 なんでも、「腹ペコセンサー」みたいなものがあるらしく、オレの空腹を察知して来てくれたそうだ。

 何だか申し訳ないな、と思っていると、果物を持ってきてくれたなんかすごい巨根(服の上からでも分かる)の神様に「そういう仕事なんです」と言われた。


「私プリアポスは果物、これから来るバッコスはワイン。お呼びがかかればみんなどこへでもすぐに出張しますよ」

「そっかぁ。じゃあ、オレもそうしなきゃダメなのかな?」

「アポロン様は我々のように常に方々から呼ばれる事はないでしょうが、ゼウス様やヘラ様から呼ばれたら大変でしょうなぁ。おっと、次はヴィーナス様のとこだな。では、失礼」


 プリアポスもその後に来たバッコスっていうおっさんも忙しそうな雰囲気で、あっという間にいなくなった。

 用事が終わったらすぐ次に。

 例えるなら多分、ピザの配達の人くらいの早さだろうか。

 食後のワインを傾けていると、ようやくポリュムニアーが戻ってきた。

 少年からオヤジまで、いろんな年齢の大勢の男を引き連れている。

 ポリュムニアーは彼らをオレの前にずらっと並べた。

 おいおい……もしかしてそいつらは。


「じゃじゃーん! アポロン様のために、いろんなタイプのイケメンを集めて来ました! この中だったら誰が好き?」

「はぁあああ……?」

「だーかーら、アポロン様が『攻め』やるとしたら『受け』は誰が良いかって事!」


 えええええええ。

 オレ、攻めなんですか。

 っていうか、誰が良いかって、おいおい。


「いや、さっきも言ったけどオレは女が良いんだけどな……」

「えーっ! せっかくこんなに集めたのに! いっぱいいれば1人くらい好きなタイプいるでしょ?」

「そ、そんなこと言われても……」


 オレは並べられた男たちの顔を見た。

 ポリュムニアーは一応、「そういう気」のある男たちを集めてきたらしい。

 みんなオレを前に期待の表情を浮かべていた。

 だからってなぁ……。


 オレは男に興味を持ったことなど今まで生きてきた人生で一度もない。

 どうすればいいのだろうか。

 そう思っていると、1人の男に目がとまった。

 金髪のクリンクリン髪に、背中には翼。

 手には弓矢を持った青年。

 ギリシャ神話に疎いオレでもコイツの名前はギリギリ分かった。

 かの有名なキューピッドだ。


「君、キューピッドだよね?」

「は、はい! この辺りではエロースって呼ばれる方が多いですが、キューピッドでも合ってます!」

「うわ、すごい。この矢本物?」

「そうです! あ、持ってみますか?」


 エロースは弓矢をオレに手渡した。

 どれがどれだか分からないが、確かこの中には撃たれると人を愛するようになる矢とその逆の矢があるんだったな。

 オレがそれらに興味を示していると、ポリュムニアーがにんまり笑った。


「さっすがアポロン様、お目が高いなぁ。私もエロース様を選ぶと思ってだよ」

「い、いや違うんだけど」

「照れなくていいってー。じゃあ、他のみんな解散ね!」

「ちょっ!」


 ポリュムニアーはオレの話を聞かず、他の男どもを帰してしまった。

 残ったエロースは何だかもじもじしながら立っている。

 待てよ待てよ。

 天下のキューピッド様が男好きだなんて聞いた事ないぞ。

 そう思ってふと見ると、エロースは指に包帯を巻いていた。

 訳を聞くと、案の定、「人に恋をする金の矢」で指を傷つけてしまったのだそうだ。


「昨日、偶然アポロン様の屋敷の傍を通りかかった時にうっかり……そのおかげで僕はアポロン様の虜です」

「いや、待てよ事故じゃんそれ」

「僕もそう思ってご迷惑にならないよう家に帰ったんですが、アポロン様がその気なら構いません」


 キューピッドは目がマジだった。

 そっちの趣味の人(神だけど)にお会いするのは初めてだ。

 だけど、いやいや。

 そんな目で見られても困るよいくら美少年でもさ!

 オレはなんとかキューピッド君を説得して帰すことにした。


「だめだって、構おうよそこは。だって……よく知らないけど、男とそういうのって大変だよ?」

「大丈夫です。僕、そのためにちゃんと『準備』もしてますから痛くないですし。あ、でも優しくしてくれると嬉しいなって」

「準備って何!? だからオレ、男に興味はないって!」

「もう、アポロン様ったら! もう、観念して素直になるのっ!」

「えっ、ちょ、ポリュムニアー……!」


 白パンツ娘はどうにもあきらめが悪いタイプらしい。

 オレは思い切り向こう脛を蹴られ、ぐらりと体制を崩した。

 その勢いでそのままエロースの上にダイブした。


「ああっ、アポロン様そんな……人前でなんて僕、恥ずかしい」

「ち、違―う!」

「お外が好きなんですか? だったが、あの……茂みとか草むらとかが良いなって。ほら、ポリュムニアーちゃんも見てるし……」

「問題ないってエロース様。これは私のお仕事の一環なんだから……ね? ほら、ちゃんと割り切って協力しないと」

「そ、そういう事ならアポロン様、どうぞ……」

「いやぁああああ! 断ってぇええええ!」

「な、何か見られるのもそれはそれでいいですよねアポロン様……僕、何だか……」

「きゃああああ! ふ、太物に硬いものが……! って抱きつかないでーー!」

「おおおお! エロース様の顔が色っぽ……くううっ! 萌えるぅう!」

「おねがい! ポリュムニアー! この男、止めてぇええ!」


 ポッと顔を赤らめてすっかりその気になっているエロースと、何だか目つきが怪しくなってきたポリュムニアー。

 やばい、マジでやばい。

 もう、もう速攻で逃げ出さねば!

 オレがそう思っていると、後ろでガシャン、という音がした。

 振り返ると、クレイオーがティーセットを地面に落とし、その場で固まっていた。


「あ、アポロン様……まさか私達姉妹を差し置いて男の方を……」

「うわぁあああ! 誤解です―!」


 クレイオーの誤解を解くにはそれからしばらく時間がかかった。

 エロースは金の矢の効果を解く別の矢を使うことにより、洗脳が解けて帰っていった。

 どうやら彼には奥さんも子供もいるらしい。

 人様のご家庭を壊さずに済んでよかったが、とりあえずポリュムニアーの事は軽く叱っておいた。


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