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【第四話】 神様生活

 

 当然ながら、屋敷の中にあるものは皆、オレの知らないものばかりだった。

 大聖堂のようなエントランス。

 天窓には天使の踊るステンドグラス。

 中に入ってみると、その美術館のような雰囲気に圧倒された。

 これが、神殿っていう奴なのか。


「はぁー、すっげぇ」


 さらに奥へ進むと、建物内はたくさんの絵画や彫刻、陶磁器などが飾られ、高そうな品々で埋め尽くされていた。

 何がどういうものなのかはよく分からない。

 だが、価値の高いものなのはそのオーラで分かった。

 オレも何年も美大を受験する人間。

 こういう雰囲気は嫌いじゃなかった。


「何かこれ、見たことあるな」


 そんな事を思いながら調度品類を見て歩いていると、それらの中にオレでも名前を知っている作品がいくつもあることに気付いた。

 レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロ、モネ、ゴッホ、そして、アンディー・ウォーホル、雪舟、東洲斎写楽、横山大観、岡本太郎……。

 適当に見ただけでも、時代や国を問わず様々な芸術家の作品があるのが分かった。

 極めつけはアメリカや日本の有名なアニメのセル画まで発見してしまった。


 恐らく、アポロンが集めたコレクションなのだ。

 これらはもしや、「神の域」に達したと認められた作品なのだろうか。

 こんな「名誉」、本人たちは知らないだろう。

 オレはまだ生きている芸術家たちに、この事を教えてやりたくなった。


「あれ、何だろ」


 屋敷の2階に上がると、奥に明るいバルコニーがあり、そこに一脚の椅子が置いてあった。

 その上にあったのはレトロな形をした竪琴。

 アポロンはこれを弾いていたのだろうか。

 オレは試しにその竪琴を持ってみた。

 すると、どういうわけか急に「オレはこれを弾けるかもしれない」という考えが湧いてきた。


「ギターの弾き方とは……多分、違うよな」


 椅子に座って竪琴を抱え、左右から両手の指を絃に当てる。

 軽くその細い絃を弾くと、美しい音が部屋に響いた。

 でたらめでもいいか、別に。

 オレは音楽室のピアノにイタズラする感覚で適当に竪琴を鳴らした。

 そして、頭に思い付くままに即興で歌を歌った。


「会いたくて~会いたくて~空見上げて~でも会えなくて~会えなくて~切なくて~」


 言っておくがオレは音痴だし、作曲の才能なんてない。

 しかも、文才もないから作詞なんて高尚な事ができる人間ではない。

 だが、なぜかでたらめな歌を気ままに歌うのが今は気分が良くて仕方がなかった。

 ベタな歌詞、ありがちな歌詞、と思いながらオレは駅前で自作の歌を披露して自分に酔っているイタイ歌手志望の奴みたいに気取った声を張り上げた。


「冬の夜、ずっと君を待ってた、Oh my baby、フォーエバーラァアアアアアブ!」


 ふと、背後から拍手が聞こえた。

 振り返ると、名前はよく覚えていないが多分「ミューズの9姉妹」の1人。

 彼女は目にうっすらと涙を浮かべていた。


「素晴らしいですわ、アポロン様。このエウテルペー、感動してしまいました」

「え、あれで?」


 予想外の反応にオレの方がびっくりだった。

 どうやら、エウテルペーは「抒情詩」つまり人の感情を詠った詩や歌を司る神様らしい。

 しかし、あんなすっとこどっこいなデタラメソングに泣くとは。

 オレから見ればその涙腺のゆるさがむしろ神レベルである。


「これで下界にまた歴史に残る名曲が誕生しましたわ。いつもながら、素晴らしいお仕事です」

「え?」

「ああ、記憶を無くされてるのでしたわね。アポロン様の歌われた歌は、下界の音楽家たちのもとに降り、そして人間の世界にもたらされるのです」

「はぁあ!? 何それ!」


 つまり、いわゆる「降りてきた」ってやつなんだろうか。

 とするとオレは今、とんでもない駄作を世にもたらしてしまった事になる。

 これはもう、取り返しのつかない大参事だ。


「ヤバいよヤバいよそれ! 何とか回収できないの!?」

「そのような必要はありませんわ。今きっと、どこかの音楽家やミュージシャンがさっそく楽譜に書き起こしてミリオンセラーを売り出す準備をしています」

「ミリオンかよ!」

「私の歌ではハーフミリオン(50万)が精いっぱい。ですが、アポロン様のお作であれば100万越えの大ヒット間違いはありません」

「うぁあああ! やめてぇえええ!」


 どこの国に行くのか分からないが、アレを最低100万人が聞くことになるらしい。

 穴があったら入りたい。

 いや、むしろふかーい穴を掘って埋めてくださいという心境だった。

 ああ、せめて日本だけはやめてほしい。

 絶対○chで叩かれる……。


「でも、これで安心しましたわ」


 エウテルペーは微笑みを浮かべた。


「ご記憶が戻らなくとも、やはりアポロン様はアポロン様なのですね」

「はぁ」

「さぁ、もっとお歌をお聞かせくださいまし。下界の人間たちが待っていますわ」


 いや……すっげぇプレッシャーなんですけど。

 だって、傍らにありえねー美女がいるんですよ、めっちゃ女神の微笑みなんですよ?

 多分、プロでもこの状況は無理ですって。

 ねぇ?

 オレは一気に動けなくなり、竪琴を抱えて固まった。


 すると、どこからか笛や太鼓の音が聞こえてきた。

 バルコニーから見下ろすと、中庭で輪になっている一団がいる。

 その真ん中にで歌いながら踊っている偉そうな感じの女神。

 ああ、確かエラトーさんだったっけか。


「リュートもっと強くお願い。それじゃあリズムが乗らないわ」

「エラトー様、いっそ近代楽器にいたしませんか?」

「またぁ? まぁ、いいけどぉ」


 エウテルペー曰く、エラトーは「独唱歌」の神らしい。

 一人で歌う歌、なのでボーカルが1人のバンドの曲なんかも入るわけだ。

 楽団はわさわさと解散すると、今度は今まで持っていたレトロな楽器ではなくどこからかエレキギターやドラム、そしてキーボードなどを引きずってきた。

 あんなの神話の世界にあるのかよ。

 オレがそう思っていると、エラトーはエレキギターを肩にかけ、絃を弾いた。

 ギャギャーンといういかにもな音。

 アンプも何にもなしに爆音が響き渡る。

 電源、どこからとってるんだろうか。

 そして、何かエラトーさんの顔がおかしい。

 何か、別人みたいな顔でピックを持っていた。


「行くぜぇお前ら!」

「オオッス!」

「ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」


 ギャンギャン鳴り響く爆音ベース&ギター。

 近所迷惑……は多分、大丈夫なのだろう。

 先ほどとは打って変わって、暴力的なメロディーがサマーフェスよろしく空まで届く勢いでがなり立てる。

 ギターを片手に踊り狂うエラトー。

 髪を振り乱し、めくれたスカートから太腿を露わにし……。

 むしろ、「エラトーの姉御」と呼びたくなるような雰囲気だった。


「生まれた時からロケンロー! 私の人生ロケンロー! 常識外れに、ビッチ万歳! 貞操崩壊、マザーファッキン! ユアファッキン! イ゛エエエエエエエァ!」

 

 無遠慮に歌い上げられるそのデスボイスに、オレはずっこけてしまった。

 あんた、女神なんだろうが。

 ビッチ万歳イェエエアじゃねえよ……。

 しかし、あきれ返っているオレの横でエウテルペーは相変わらずにこにこしていた。


「あの曲調だとやっぱりメタルが良いわね。今までで最高ですわ」

「え……そうなの?」

「はい。常識は常に壊さなければ新しいものは生まれませんわ。実はあの歌詞も、私が書いてあげましたの」

「は?」

 

 曲は恐らく3分ほど。

 神様(仮)としてはとてもお伝えできないようなヒワイな歌詞を散々叫びまくった後、エラトーはこちらを見て親指を立てた。

 エウテルペーが手を叩く。

 オレも一応、「ブラボー」と言っておいた。

 エラトーはギターを置いてこちらに駆けてきた。


「アポロン様、いかがでした?」

「う、うん、いいと思うよ。とてもクールで……」

「まぁ! 『祝福』いただけますのね!」

「え?」

「アポロン様のお褒めの言葉はいかなる場合でも私たちの芸術への祝福となりますの。これで、世の中にまた新しい伝説のバンドが生まれますわ!」


 どうやら、エラトーが作っていたのはこれから世に出るまだ無名のバンドの曲らしい。

 食うや食わずで何とか音楽をやっている彼らの才能に目を付けたエラトーは、自ら曲を作って応援してやることにしたのだ。

 それをオレが褒めた(?)事で効果が倍増。

 エラトー曰く、これもまたミリオン間違いなし。

 何だか簡単すぎて、オレは目を白黒させてしまった。


「バンドが世に出るって、めちゃめちゃ大変なんだぞ? オレ達の仕事こんなにテキトーでいいのかな……」

「それでよろしいのですわ、アポロン様。世の人間たちが苦労するのは、私たちに見つけてもらうためですもの」

「そうなの?」

「ええ。神々がほほ笑むのは、相応の才能や努力を認めることができる者たちにのみです。私たちの役目は、そうやって一握りの宝石を見つけだす事なのですから」


 エラトーの言葉は、何だかオレの心にストンと落ちてきた。

 世の中にはそれこそ腐るほど夢や目標を持った人間がいる。

 その中で成功できるのはほんのわずか。

 神も「これは!」と思う人間を担当する分野から1人で見つけなければならないのだから、そうやって選ばれるのは必然的に「すごい奴」か「超すごい奴」になるわけだ。

 だとすると、人間だったオレが何年も浪人を繰り返した理由も何となく分かってきた。

 闇雲にやってきたあの数年間。

 オレは神に見つけてもらえるような人間にはなれなかったわけだ。


「はぁ……そう言われればそうだよな」


 屋敷に戻ったオレは、壁中にびっしり飾られた絵画の前でため息をついた。

 本気で芸術の道を進みたいなら、ダ・ヴィンチや写楽やゴッホや、あらゆる天才と肩を並べるくらいの技術やら、少なくともそのうちそうなってやる自信とか気合がないとダメだ。

 それがオレにあったろうか。

 ただただ「オレはやれるんだ!」と意地を張るばかりで、自分を客観的にみられないまま無駄な日々を過ごしたんじゃないだろうか。

 そう考えると、気分が落ち込んできた。


 一人寂しく落ち込むオレ。

 かと思ったら違った。

 いつの間にやらまた誰かの気配。

 過去を思い出してブルーなオレを見ている女神がいた。


「……アポロン様が、悲しい気を帯びてる」


 ぼそぼそとした声がして振り返ると、そこには紙の束を抱えて無表情で立っている少女がいた。

 明るくきゃっきゃした感じの他の姉妹とは明らかに異質な雰囲気。

 彼女はオレの傍に寄ってくると、隣に立ってオレの顔をじっと見た。


「私の、お仕事なの」


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