【第二話】 リア充怖い
【第二話】 リア充こわい
この世界は一体どうなっているのだろう。
アポロンという神様はどういう奴なのだろう。
まずはそこから理解しなければならない。
まるっきり赤ん坊状態のオレにはやることがいっぱいあった。
アスクレーピオスは「ゆるいリハビリから」と言ってたが、結構大変そうだった。
「ご説明は私、姉妹の長女『抒情詩』のカリオペーがいたします」
そう言ったのは妹にパンツをめくらせたあのお姉さんだった。
カリオペーは場所を変え、1人でオレを案内した。
他の姉妹や医者は仕事があるらしい。
姉妹たちは「独り占めなんてずるい」とか、「抜け駆けしたら許さないわよお姉さま」とかぶーぶー言いながらも、大人しくどこかへ解散して行った。
なんかすげえモテてたのな、変態男。
いや、神様なのか。
長女のカリオペー姉さんは垂れ目で泣きボクロのある憂いを帯びた美人だ。
見た目30ちょっとくらいの、何だか「後家さん」ぽくてオヤジにモテそうなタイプ。
髪型は何か上に高く「盛ってる」感じでキャバ嬢みたいだが、地毛が金髪で顔だちが西洋人なためかケバくは見えない。
田舎から出てきたお上りさんのようにきょろきょろしっぱなしのオレに、カリオペーはアポロンが住んでいた家(豪邸)や、周りにある森、見えている山が何ていうのか等をガイドしてくれた。
そして、「オレ」が何者かなのかも改めてよく説明された。
オレの正体はギリシャ神話に出てくる「アポロン」というすごく偉い神様。
担当は学芸や芸術、その他にもいろいろあったマルチプレイヤーで、ハンサムなうえに頭もめっちゃよかったらしい。
しかもアポロンは不老不死の力をもっており、よっぽど危ない事をしなければ死なないはずの男だった。
しかし、そんな許しがたいリア充はあるとき爆発した。
うっかり交通事故に遭い死んでしまったというのだ。
全ての話はそこから始まった。
「アポロン様はご執心だった妖精の1人にご自分の車の操縦の仕方を教えていらしたのです」
「はぁ……車を」
「ええ。真っ赤に燃え盛るあの『火車』でございます」
木漏れ日が差し込む庭の入口。
ちょうどそこにバックで入ってきたのは、作業の人っぽいおっさんが操縦する乗り物だった。
馬のような生き物が引く、いわゆる四頭立ての馬車。
その車体から周囲にかけては真っ赤に塗られ……ではなく、めらめらとマジな赤い炎が燃えて上がっていた。
例えるならあれだ。
田舎の方でダルマとか燃して餅焼いたりする「どんど焼き」みたいな状態だ。
炎を纏って平気な顔でいるあり得ない馬(?)と、車体全体がファイヤーな車。
この世のものではなかった。
「えっ、ちょっ、アレ!?」
「はい。アポロン様の愛車でございます」
「あれ、車なの!?」
「ええ。あの日もアポロン様はニンフを操縦席に乗せ、縦列駐車の練習をなさっていました」
「待て待て待て! あの燃えてるので縦列とかできないでしょ! 前後の車燃えちゃうでしょ!!」
「あの日燃えたのは車だけではなかったのですわ」
カリオペー曰く、その日オレことアポロンは愛人のきれいなお姉さんを運転席に乗せ、自分はその後ろで「オーライオーライ」していたらしい。
しかし、運転初心者にいきなり縦列駐車を教えるのは無理があった。
アポロンは自分の愛車に牽かれ、おまけに思いっきり炎を浴びて消し炭になって死んだのである。
「それがつい先日……ちょうど100年前の話でございます」
「ひゃ、100年とか先日じゃないでしょ! 10日前みたいな感覚で言わないでよ!」
「アポロン様がお亡くなりになって、それからずっと私たち姉妹は毎日泣き明かしておりました」
「いや、そんなアホな死に方で100年嘆き悲しむってどんだけなの」
「私たち姉妹とアポロン様には、1つの約束があったのでございます」
生前のアポロンは、数々の女たちや女神たちと浮名を流すプレイボーイであった。
神、妖精、時には人間や動物みたいなのにまで手を出し、きゃっきゃウフフのうっふんあっはんな日々を送っていた。
そして、美女とみれば誰彼かまわず手を出すアポロンの好色の目は、当然自らが主宰するミューズの9姉妹にも向けられていた。
未成年のパンツに顔を突っ込んでも怒られないパラダイス。
やはり……ここには変態リア充野郎のハーレムが存在していたのだ。
「あの日燃え盛る炎の中から、アポロン様はおっしゃいました。生まれ変わったら必ず、われら姉妹の中から1人……生涯最後の妻をお選びになると」
「つ、妻ぁ?」
「ええ。そうしたらもう、決して浮気もしないと約束なさいました」
カリオペーがそう言って涙を拭った。
今までの下りで泣けるってどんなだよ……。
聞く限り、アポロンはとんでもないクズヤローだ。
結婚したら奥さんが泣くのが非リア充のオレでも分かる。
そんなにイケメンがいいのかよ、アホか。
オレはもう、ツッコミを入れる気力がなくなっていた。
だがとにかく、みんな必死でアポロンを生き返らそうとしたのだ。
そしてそれはもう大変だったのだとカリオペーは言った。
「学芸の神・アポロンの席は空席になってはなりません。ですから、すぐに医術の神・アスクレーピウス様が治療に当たられたのでございます」
アスクレーピウスはアポロンが若いころに作った子供らしい。
職業は人間のお医者さんの監視と守護、それから神様専門のお医者さん。
その医術は極めて高度で、死んだ者も生き返らせることができるスーパードクターだという。
アスクレーピウスは、消し炭になったアポロンの肉体を100年かけて復活させた。
それがこのオレ。
どうやらそういう話のようだった。
「しかし……アポロン様のお体はあまりにも酷いご状態だったのです」
カリオペーはアスクレーピウスの壮絶な100年間を数分程度にまとめて説明してくれた。
リアルに「神」がつくスーパードクターと言えども、流石に「消し炭」の治療は大変だった。
ありとあらゆる神の力を借り、何千何万もの薬を集め、持てる知識の全てを尽くして治療に当たる日々。
それはほぼ、人間を1人0から作るような作業だった。
いや、むしろ新しい人間を産むほうが簡単だっただろう。
とにかくアスクレーピウスはそれはそれは苦労をしてアポロンの肉体を復活させた。
だが、そこまでやってもまだ難しい事があった。
それは、「心」や「精神」といったものの復活。
カリオぺーに言わせれば、「魂を肉体に戻す作業」だ。
アスクレーピウスにも100年間死んだ状態だったアポロンの魂をちゃんと戻せるかどうかは分からなかった。
そして、ちゃんと成功しなかったようだとカリオペーは言った。
「100年も元の身体に戻らなかった魂は弱ってしまうといいます。アポロン様の強き魂とて例外ではなく……そのため、元の記憶が戻らなかったのでございましょう」
「いや、記憶戻らないとかじゃなくて多分別人なんですけど」
「そう思われるのもきっと無理のない事なのでございましょう。でもご安心なさって」
カリオペーはにっこりとほほ笑んだ。
あ、笑うとかわいい。
極上の笑顔だ。
うん、いい。
まさに女神……。
オレが思わず見とれていると、カリオペーはオレの手を握ってきた。
胸元に持って行かれるオレの手。
何だか色っぽい目つきをしている……と思ったら、カリオペーは上目づかいでこっちを見た。
さっきの笑顔に油断した。
セクシーな視線の奥に何かいた。
蒼い瞳の中に「雌ヒョウ」がいるのをオレは見てしまった。
うわぁ、食われる。
しかしそう思っても遅かった。
「私たちが、必ず思い出させて差し上げますわ。アポロン様とわれらミューズ9姉妹とのめくるめく甘美な日々を……」
「あ、あの、カリオペーさん?」
「どうか……カリオペーと」
「ちょっ……」
ちょっとむっちり気味の柔らかい腕がオレの首に回される。
ギリシャ神話の世界なので、カリオペーお姉さんはノースリーブっぽい服。
そしてオレは片方の腕が丸出しでRPGの勇者みたいなスカスカな恰好。
あの栗生によく似た子もそうだったけど、あんまり密着するとまずいわけで。
柔肌がダイレクトリーに触れ合ってしまうわけで。
パイオツの感触が今度こそオレのいけない感覚を刺激してしまうわけで……。
「アポロン様……どうかカリオペーと今宵……」
耳元にかかる暑い吐息。
肩から腰。
腰からさりげなく太腿に移行するその手つき。
カリオペー姉さんは「慣れて」いらっしゃった。
「私が全てを……思い出させてさしあげます」
ついにその手は「前」に回ってきた。
手の感触がオレの「イケナイ」部分に近づいていく。
うぁああ、オレやべえ。
もう、逃げられねえ。
いやぁあああ!
お母さん助けてーーーー!
しかし、そう思った時だった。
「ああーーーっ!! やーっぱり抜け駆けしてるっ!」
突然頭の上から降ってきたけたたましい声。
絶叫がオレ達の空気を打ち破った。
ずかずかとこちらへやってきて、オレからカリオペーを引きはがしたのは短髪の巨乳娘。
生足ヘソ出し……っていうか、むしろパンツとブラみたいな恰好の赤毛の娘がプンスカしていた。
彼女は『喜劇』のタレイアと名乗った。
「だめだめだめっ! カリオペー姉さまはいっつもそうやっておいしいとこもってくんだから!」
「あら。そうでしたかしら?」
「だめですよぉ、アポロン様? 今夜のお楽しみはこのミューズ9姉妹いちばんのボインボイン、タレイアが務めさせていただくんですから♪」
こいつは、この声は。
確か、オレを湖に放り込んだ犯人だったような……。
でも、確かに本人が言うように彼女のボインボインは素晴らしかった。
何でも挟めそうなボリュームで、ちょっと動くだけでたゆんたゆんしている。
と、思っていたら思い切り引き寄せられ、谷間に思いっきり顔を挟まれた。
ひいいいいい!
「ほーらほら、いつものようにとっくりと楽しんでくださいませ?」
「うぼぼぼぼぼ! くっ苦しい、苦しいって! いっ、息が!」
「んふふふふ♪ ほらほら、こうやってるとアポロン様のイケナイ息子さんがだんだん元気に」
「うっ、うわあああ! 掴まれたぁああ!」
「さぁ、今度はこっちを私のボインで……ごふっ!!」
「こらぁあ! 何やってんのタレイア姉さまっ!」
突如、「ごいん☆」という痛そうな音と共にオレはタレイアから引っぺがされた。
タレイアの頭にダイレクトショットしたのは巨大な壺。
投げたのは小5くらいのツインテール娘だった。
ツインテール娘は腰に手を当て、やっぱり何かぷんすか怒っていた。
格好はノースリーブのワンピースといった感じ。
当然ながら、上半身はつるぺただった。
「昼間っからエッチなことしてるとまたアルテミス様に怒られるんだからねっ!」
「あ、あの、今のでお姉さん死んだんじゃ」
「タレイア姉さま頑丈だから平気! ねぇアポロン様、ウーラニアーと遊んで?」
「え、遊ぶって何して」
「こっちー!」
ウーラニアーと名乗った少女はオレの手を引いてどこかへ連れて行った。
いいのかな、と思って振り返るとカリオペーは目を回すタレイアを扇子で煽ぎながら「いってらっしゃーい」と手を振っていた。
遊んできていいらしい。
やれやれ、助かった。
このロリっ子は多分攻撃してこないだろう。
着いた先は大きな屋敷のテラスだった。
さっきカリオペーに外観だけ見せてもらったが、どうやらそこはオレの家らしい。
ウーラニアーはそこにぺたん、と腰を下ろした。
「あのね、ウーラニアーね、占いできるようになったの!」
「占い?」
「へへへー。見ててね」
ウーラニアーはカードを取り出し、ペコペコとタイルの上に並べ始めた。
タロットカードのような絵札。
その中から1枚選び、オレに渡した。
「そのカードに、アポロン様が今一番知りたいことをお願いして」
「今一番知りたいこと?」
「何でもいいよー」
占い師さんごっこかな。
オレはウーラニアーに付き合ってやることにした。
今一番知りたいこと。
それは、オレがどうして今ここにいるかだ。
なぜ、学生街の居酒屋で酔いつぶれていたはずのオレが神話の世界に来てしまったのか。
なぜ、アポロンと呼ばれてしまっているのか。
あの蛇を連れた医者の説明だけでは到底納得できなかった。
「お願い終わったー?」
「うん、終わったよ」
「はい、じゃあ出てきていいよー」
「え?」
ウーラニアーはカードをぺちぺちと叩いた。
すると、カードの絵がぶるぶると動き、描かれていた立方体の箱がコロン、と床に飛び出してきた。
その箱がカタカタと展開し……。
そこに現れたのは小さな人。
うず高く白い袋が積み上げられたゴミ捨て場に横たわるオレと、周りに集まった野次馬たちだった。
「あの……これって?」
「アポロン様が知りたいことを、小人さんが教えてくれるの」
ウーラニアーはお人形遊びをするような顔で現れた「オレ」や小さな人間たちを見ていた。
目の前にいるのはどう見ても幼女。
だが、紛れもなく「神様」なのだ。
『おい! 救急車まだなのか!』
『今来ました!』
『はいはい、場所開けて』
ゴミ捨て場のオレの傍に、救急隊が到着した。
マスクをしたヘルメットの人たちがオレの傍にやってきて声をかける。
オレは答えない。
救急隊の人たちはオレを担架に乗せ、救急車に運び込んだ。
救急車は病院へと向かった。
「ねぇ、アポロン様、この人だれ?」
「……オレだ」
息を殺し、オレはその光景に見入っていた。
ストレッチャーに移されたオレは救急車の中で酸素マスクをつけられていた。
周りの人たちは相当慌てている。
オレの顔は真っ青。
おいおい。
大事じゃねえか。
『あーあー、こんなに漏らして。急性アルコール中毒かい?』
『ええ……かなり重症です』
『まずいね、こりゃあ』
まずいって一体なんだ。
どういう事なんだ。
ションベン洩らしたのとかどうでもいいくらいの事態になってるらしいのは分かった。
でも、一体これは――――
『ご家族に連絡は取れたのか?』
『すぐにいらっしゃるはずです』
『……そうか』
『先生』
『嫌だねえ……まだこんなに若いのに』
深夜の病院。
疲れた顔の医者が苦い顔をする。
小さくてわからないが、これは深刻な状況を目にしたときの顔だ。
オレはどうなってしまったのか。
オレは――――
『先生、うちの息子はどうしたんですか……!!』
『お酒を大量に飲まれたようです。それが原因で……かなり危険な状態です』
『そんな!』
『申し訳ありませんが、覚悟していただいたほうがいいと思います』
『あああああ……!』
泣き崩れる母親。
父親もかなり動揺していた。
そして、オレが集中治療室から運び出されてきた。
顔には白い布がかかっていた。
父さん、母さん。
どういうことなんだよ?
「アポロン様、この人だれなの?」
「オレだ」
「オレ?」
「そう……間違いない」
オレは暫くその場から動くことができなかった。
ウーラニアーは「どうしたの? どうしたの?」と騒いでいたが、オレは固まったままその場に座り込んでしまっていた。
これは性質の悪い夢なのか。
夢ならそのうち醒めるだろう。
寝汗をぐっしょりかいて、オレは夢の中の最悪な気分を引きずったまま覚醒するのだ。
そんな事は子供の頃から何度もあった。
特に、今みたいな試験に落ちた直後に落ちる夢はいつも最悪だ。
朝起きたら泣いていた、なんてこともあった。
だが、オレの置かれている状況は、「何だ夢か」と単純に思ってしまうにはあまりにもリアルすぎる。
聞いたことすらなかった登場人物の名前も、声も、今感じている日差しの温かさも草木の匂いも、額に伝う汗の冷たさもオレの頭の中で作られた現象にしてはあま りにも具体的すぎる。
オレはいったい、どうなってしまったのだろうか……。