こんなミステリは嫌だ!
やっつけ人物紹介
圭(26):俳優。天然。
東吾(25):圭の弟兼マネージャー。神経質。
黒崎(23):圭の友人。自称名探偵で丁寧。
雨木(29):圭の友人。乱雑なライター。
「皆さんに集まってもらったのは、他でもありません」
いつになく真剣な口調の圭に、三人は固唾を飲んで彼の言葉の続きを待つ。
「今日、私が家に帰ると、冷蔵庫に入れていた高級ワインがなくなっていました。……皆さんに、その心当たりはありませんか?」
「いいや」と、圭の隣に座った東吾。
「そんな事、僕は初耳です」と、圭の向かいに座った黒崎。
「俺も、黒崎君と同じく」と、黒崎の隣に座った雨木。
誰も、高級ワインを冷蔵庫に保管していた事には突っ込まない。
「そうですか……」
「圭さん、僕等の他に、犯人と言える人はいないんですか?」
黒崎の問いに、雨木が嘲笑を飛ばす。
「ふん、『犯人』だって? 何でも事件にすんなよ。これは、狂言だって事もあり得るぜ?」
「と、言いますと?」
圭が雨木に目を向ける。
「簡単な事さ。犯人は圭ちゃん。安物のワインを高級ものだと偽って、それがなくなったと狂言を演じる。そして、誰かしら犯人を仕立て上げ、そいつから賠償金として金を盗み取る。どうだ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる雨木に対し、東吾が冷やかに言う。
「残念ながら、その妄想は外れてる」
「あ? 妄想だぁ?」
「ああ、紛れもない妄想だ。兄貴は確かに、高級ワインを所有していた。何故だか冷蔵庫に保管していたのを、俺は見ている」
「そうか、お二人兄弟は、この部屋で同居してますもんね。冷蔵庫も共有でしょう」
後半の台詞は、雨木に投げていた。現実を受けた雨木は、チッと舌打ちを一つした。
「というわけで、圭さんの狂言説は消えましたね」
「ありがとうございます」
圭は律儀に頭を下げた。
「話を戻して――僕等の他に、疑うべく人はいないんですか?」
雨木の忠告を受けてなのか、『犯人』という言葉は使わなかった。
「私が最後にワインを見たのは、三日前です」
「三日前? 随分前ですね」
「ええ、その訳は順を追って説明します。
三日前の三時過ぎ、黒崎さんが訪ねてきました」
「へえ、何の用だったんだ?」
雨木が好奇の目で、圭と黒崎を順に見遣る。
「そう大した用ではありませんよ。圭さんが、僕の好きなミステリ作家のサインを譲ってくれるというので、それを受け取りに行っただけです」
「圭ちゃん、貰ったサインを譲っちまったのか?」
「いや、そのサインは黒崎さん宛てなんですよ。たまたま出演させていただいたドラマの原作者の方が、私の事を好いてくださってて。私がその作家さんに、作家さんが私を通じて黒崎さんに、サインを書いたんです」
「何だよそれ、いいな」
「雨木さんはライターの仕事で貰えないんですか?」
黒崎が茶化すような口調で、雨木に質問を投げかける。
「答えが分かってるのに聞くなよ、調子乗りやがって」
「あの、私は分からないんですが……」
おずおずと圭が尋ねる。
「そりゃあ、主演を演じられる俳優と、ゴシップばかりを嗅ぎ回るライターとは扱いが違うだろうよ」
「へえ、そうなんですか」
圭は悪びれたような態度を示さない。それだけ鈍感な男である。
「――で、確か、一時間くらいでしたよね、話してたのは」
「そうですね。あとはそれぞれの近況を話して、すぐ帰りましたから」
「けど、ここに黒崎君が呼ばれてるって事は、盗む機会があったって事だろ?」
「そう、なりますね」
雨木の質問に、黒崎は素直に肯定した。
「僕は話の途中に一度、お手洗いを借りました。その間、僕は一人でした」
「やけに素直だな」
「わざわざ隠し立てするつもりはありませんよ。隠してしまえば、寧ろ怪しい」
「草木眠る真夜中にアリバイがあると主張するようなもんだからな」
「どうしてですか?」
またしても圭が話を折る。雨木は大仰に肩を竦めて見せる。
「圭ちゃんは午前二時過ぎ、いつも何してる?」
「寝ています」
「そう、それが普通の人の答えだ」
「したがって、アリバイがあるのはおかしい」
雨木は結論を掻っ攫った黒崎を睨み、「容疑が固まってきてるくせに、余裕だな」
「どういう事です?」
「お前は、圭ちゃんからサインを受け取る為に訪れた。大事なサインを、お前は手ぶらで持って帰るか?」
「…………」
「きっと、鞄を持っていった筈だ。サインと……ワインが入るような」
「それは否定しません。しかし」
黒崎は胡桃のように大きな瞳を鋭くした。
「雨木さん、貴方にも犯行は可能だったのでしょう?」
「残念ながら、心当たりはないな」
「いえ、雨木さんにも可能ですよ」
否定した圭を、雨木は楽しげに見る。
「へぇ……聞かせてもらおうか」
「黒崎さんが訪ねてきた日と同じ日に、雨木さんは私を飲みに誘いました。行った事までは憶えているんですが、気付いたらこのソファーで寝ていました」
「そりゃあ、圭ちゃんが泥酔しちまって起きなかったからな。ちゃんと担いできてやったぜ? ――ああ、そうか」
話していて、雨木は自分で気付いたようだ。
「圭ちゃんは泥酔して寝ていた。つまり、俺は誰にも見られずにワインを持ち帰る事が出来たって事か」
「そういう事です」
「ふん、これは一本取られた」
徐々に追い詰められているというのに、雨木はまだ楽しそうだ。
「……兄貴、一ついいか?」
東吾がただならぬ口調で兄に声を掛ける。圭は危機を察知したのか、少し弟から距離を取る。
「……何?」
「俺なしで、飲みに行ったのか?」
「うん……そうだね」
「まったく……この莫迦兄貴! 何遍も言ってるだろ! 兄貴は酒に弱いのに加えてすぐ寝て、いっつも誰かに介抱されて帰ってくるじゃないか! いい年した大人が恥ずかしいとは思わないのか? 大体、兄貴は一般人と違って」
「はい、ストーップ!」
黒崎が兄弟の間に割って入る。
「東吾さん、喧嘩はワイン紛失事件が終わった後にしましょう」
「喧嘩じゃない、説教だ」
「じゃあ説教で。――ところで、東吾さんには犯行は可能だったんですか?」
東吾は兄と作りがそっくりな目を一寸細めた。
「否、俺には不可能だ」
「どうしてです?」
「俺は三日前から二日間、出張に行ってたんだ。出張から帰って来た時に、このマンションの下まで来て兄貴を迎えに行ったが、部屋には一切入っていない。そして、今日まで、兄貴の撮影でずっと一緒にいた」
「けど、撮影って途中で抜けられるでしょう?」
年下からの質問に、今度は目を鋭くした。
「舐めんなよ。撮影っていうのは、幾らかスケジュールがずれるもんだ。それに、長時間いなかったら上から叱られる」
「……そうですか。不躾な質問、申し訳ありませんでした」
黒崎は素直に頭を下げた。そして、ちらりと隣に座っている男を見た。
「さて――。ワインを盗める機会があったのは、僕と貴方だけになりましたね、雨木さん」
「ああ、そうらしいな」
雨木はニヒルに笑う。
「もう言っちゃったらどうですか? 自分がやったと」
「何故?」
「僕が犯人でない事は、僕がよく知っています。すると、犯人は貴方しかいません」
「その台詞をそのままお前に返すぜ?」
黒崎と雨木が睨み合う。
「お二人とも、落ち着いて……」
「はい?」「あ?」
両者が圭にじろりと視線を向ける。圭は蛇に睨まれた蛙のように萎縮する。
「そうだ。圭ちゃんは、どっちがやったと思う?」
「は?」
「そうですね、このままじゃあ埒が明かなさそうですから」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ」
「俺は犯人じゃないよな?」
「僕は犯人じゃありませんよね?」
それぞれがずいっと身を乗り出す。四つの目に見つめられ、圭の目が泳ぐ。
「え、えーと、私は……」
数刻の沈黙。破ったのは、四人の中の誰でもなかった。
「よーっす。……あれ? 客人?」
まるでこの部屋の主のように自然と入ってきた闖入者に、四人の視線が集まる。
「……誰?」と、客二人は首を傾げる。
「……晴輝か」と、兄弟は驚きと怯えの入り混じった表情をする。
「何だよ、それが従兄に対する態度か」
機嫌を悪くした晴輝は、じろりと客人を睨めつける。
「あんた等、誰?」
「圭ちゃんの友人の雨木だ」
「……同じく、黒崎です」
「ふぅん」
自分から訊いておいて、興味なさげである。
「……晴輝、いきなり何しに来たんだ」
圭の問いに、従兄は「ああ、そうそう」と提げていた鞄からワインを取り出した。
「これ、返そうと思って」
その後、晴輝から無駄に長い説明があったのだが、それをまとめると次のようになる。
昨夜、急に恋人から家に来るという電話が掛かった。しかし、生憎良い酒が切れていた。恋人をもてなすのに安酒なんて使えないと思った晴輝は、圭が高級ワインを持っている事を思い出した。早急に圭を訪問したが、撮影中で――晴輝はそんな事知る由もない――不在。借りたままだった鍵を使って部屋に入り、ワインを拝借した。
「……自分で買いに行くっていう発想はなかったの?」
呆れ気味の圭に、晴輝は一言、「その時の頭から完全に抜けてた」
あ、こいつ莫迦だ。
そんな感想が四人に共通して浮かんだ。
「無断で持ってたのは悪いと思ってる。だから、こうして同じもんを買ってきたんじゃねえか」
ほら、とワインを差し出す。圭が立ち上がって、それを受け取る。確かに、圭が所有していたものと同じだった。
「あと、これも」
圭の掌に、鍵が落ちる。
「じゃ、俺はこれで」
「やけに早く行くんだな」
「ああ、これからデートだから」
「……昨夜と違う人と?」
「とんでもない!」
晴輝は千切れるのではないかというほど、ぶんぶんと首を振った。
「昔のような俺じゃねえんだ。俺は生まれ変わったんだ!」
「あっそう」
圭にとっては、聞き飽きた台詞だった。
「じゃあ、早く行きなよ」
「おう、じゃあな」
真犯人は去っていった。
圭はソファーに座ったままの三人に頭を下げた。
「お騒がせして、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、いいんですよ。なかなか面白かったですし」
「ああ。ま、こんなんをミステリなんて言ったら怒られそうだけどな」
「まったくです」
先程まで睨み合っていた二人が笑い合う。
「ところで、兄貴。何でここの鍵を晴輝兄さんが持ってたんだ?」
「ああ、先週、晴輝に酒飲みに連れてかれてね、気付いたらこの部屋にいたから、その時に使っ」
圭は口を噤んだ。自分に向けられた殺気を感じ取ったからだった。
「こっの莫迦兄貴!」
「ひぃっ」
「そこに座れ!」
圭は目にも止まらぬ速さで正座をする。
チラリと友人達を見、無言で助けを乞うが、揃って苦笑で返される。
責任の一端は貴方達にもあるんですからね!
心の中で訴えながら、圭は弟から説教を受ける羽目になったのだった。
〈終〉
お題『コメディ系』で書きました。あまりに酷い……。
蛇足ですが、晴輝のいう恋人は前作と変わっていません。
いろんなところからキャラを引っ張ってきてます。