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グリーンウルフの体高が約1メートルほど、現れたそれは、姿こそグリーンウルフ、レッドウルフに似ているが、首もとは赤と緑の2種類な上に、体高はおおよそ2メートルを越えているだろうと思った。
グリーンウルフのリーダーかなんかだろう。自分の身長が、分からないからこそのおおよそなのだが、見上げているのは間違いない。
俺を一瞥すると、再び遠吠えをする。まるで「俺が今からお前を喰らうぞ」とでも宣言しているようだ。遠吠えが終わると、すぐに周りにいたグリーンウルフが飛びかかってくる。
リーダーが現れたからといってグリーンウルフの動きはさっきと変わらない。
スピードもそうだ。
対処出来ない早さではない。しかし、問題はその数だった。
連携して、次から次へと流れるように爪を突き立ててくる。
避けてはいるのだが、服の肩の部分に何度も掠めている。
1頭やっと息の根を止めた所で、俺の左側から首を狙って大口を開けて食い付いてきていた。
避けることが出来たはずなのに、俺は、その口の牙を左腕で受け止めてしまった。
「ぐあっ………」
牙が腕に食い込み、鋭い痛みが腕から全身に響くような感覚になる。
自由な右腕で、噛み付いたグリーンウルフの首を跳ねて、牙ごと光の粒となってポケットに収まるのだが、牙があった場所から出血する。
俺のそんな状況などお構いなしに、まだ連携して爪を振るってくる。
右手一本の手刀で向かって来るものから、斬っていく。
しかし、出血のせいか膝がピクピクと笑い始めていた。
1匹、また1匹と葬っていく。
意識が朦朧として………ジュクジュクと左腕全体を何かが這うような、ジンジンするような感覚がする。
最後の1匹を葬って、意識は逆にはっきりし始めていた。
まだジンジンしていた左腕を見ると、赤黒い入れ墨のような物が、ウネウネと動いていた。牙による傷はそこには存在しなかったかのように修復していた。
入れ墨のようなそれは、次第に薄くなり秒も待たずに消えてしまった。
どうやら、これが、あの時みた吸血鬼の一端なのだろう。
頭の中にあるそれにはまだ【種族:人間】と記されているのが見えるには見えるのだが。
しかし、今はそれどころではない。
目の前にいるデカイなんとかウルフを葬ってしまわねばならない。
もしかしたら、こいつが原因で異常発生したのかなと考えたりするが、今はいいだろう。
漸く俺を敵として認めたのか、悠然とした動きから一気に加速して、その太い大きな腕の爪で引き裂きにかかる。
大振りなのだが、早い。
グリーンウルフの早さの比ではなかった。
しかし、よく観察して動けば避けられない早さでもない。
status的には、余裕で避けられるのではと思うが、そうは問屋が下ろさない。
身体と頭の処理が追い付かないのだ。
やっと目が慣れてきて、避けてから反撃出来るような体勢を保つことが出来るようになってきた所で、振り払いの腕の内側に入り、第一間接から切り開く。
続けざまに、噛みつこうと大口を開けた下顎を切り捨てる。
デカイ狼は、悲鳴のような唸り声を上げて残りの腕でまた振り払いにくる。
さっきと同様に、内側に入り切り飛ばす。
返り血が掛からないように、身体を反転させて、下顎を失った喉元を右手の手刀で深く斬り込む。
流石に返り血を受けてしまうが、幸いズボンだけですんだ。
デカイ狼は断末魔を上げて、その場に倒れ伏した。
暫くして、光の粒となってポケットに収まった。
俺は、流石に肉体的疲労ではなく、精神的疲労はあったため、近くの木に背を預けて座っていた。
自分のstatusの高さを過信した結果なのだろう。
肉体的な能力の高さと、それに対応するための頭の処理が上手くいかなったがためでもあるが、まずは過信が一番だろう。
今は綺麗に修復しているが、牙が食い込んだあの痛みはしっかり覚えていた。
もう左腕に支障はない。
過信は禁物だと実感した戦闘だったと振り返る。
緑水晶の中には、あのデカイ狼だろう、レグリードウルフと項目が出来ていた。
ギルドの受付嬢は、口を開けたまま、顎が外れたかのような状態のまま、カクカクとロボットのような動きで、暖簾を潜り銀貨1枚、大銅貨1枚、銅貨1枚、大鉄貨9枚を袋に入れて持ってきた。
「預けますか?」と言うかと思っていたが、口をパクパクさせていたので何か申し訳なくなって、足早に受付から離れて外に出た。
【通貨情報補足】
世界各地で、石貨1枚を1ギリルと表記。
そのヘルプ君の予備知識に「最初で言えよ」突っ込みを入れて頭を振る。
それから、まっすぐに向かったのはよろず屋だった。
服の値段を聞きたいのもあるが、お礼に何か食べ物でもと思ったからだ。
「いらっしゃい」
愛想が特別いいわけでも、悪いわけでもない、普通の営業スマイル。
痩せた赤い髪の男がいた。
「すいません、まず聞きたいのですが、俺が今着てる服はどれくらいで買えますか?」
変なことを聞く客だと思われたのか、ジロジロと上から下まで見て
「その服は、手縫いでいい布を使ってないから、上下で大鉄貨1枚ってところだな。」
適当に見繕っているのかもしれないが、今はその情報しか宛に出来ない。
「ありがとうございます。じゃあ食べ物を」
「そこに並んでいるのはみんな石貨5枚だ。」
男が指差した先の棚に、ズラリとはいかないまでもいくつの食べ物、見たこともない野菜やら果物やらが置かれていた。
その前に吊るされているのは、値段が違うのだろう。燻製があった。
「この燻製は?」
「ガウブルの燻製だ。1本で大鉄貨5枚、切り身なら、1枚で石貨5枚だ。」
「じゃあ、この燻製を1本。適当に野菜と果物を大鉄貨1枚分見繕ってください。」
「分かった。ちょっと待ってな。」
カウンタから男が出てきて、野菜と果物を麻の袋に入れていく。
その棚の真向かい側には鎧や剣がいくつか置かれていた。
実際買わなければと思っていたので、ここにあるものを後で買うことにしよう。
ギィと言う音がして、振り向くと俺を保護してくれたあの女性が立っていた。
「あっ………」
「おおマルガじゃないか。」
店の男が親しそうにその女性に語りかける。
「んん?こいつと知り合いか?」
俺をこいつ扱いか。まあ、知り合いでもないしな。
「ええ………」
「この村の人間以外で人間の知り合いとは珍しいを通り越して大丈夫なのか?」
どうやら、店の男は事情を少しは知っているようだが、俺には話してくれなさそうだなと思う。
「すいません。野菜と果物の代金ははここに置いて置きます。そのマルガさんに全て渡してください。」
俺は、それだけ言って武器と防具の方へ行く。
「そんなっ貰えません!!」
「お礼なんで。」
短く言って、刃渡り50センチの銅色の剣と革のベルトで固定する胸当てと革のグリーヴ、ブーツをカウンタに置く。
「これでいくらですか?」
「………全部で15万ギリルだ。マルガの知り合いだってんだから、今日だけは10万、大銅1枚でいい。」
俺は、ポケットから大銅貨をカウンタに置く。
「まいど」
男は大銅貨を手早くカウンタの中に直す。
俺は、剣と防具を受け取りまっすぐ出口へと向かう。
「待って………」
マルガの声がしたが、迷惑をこれ以上かけられないと思っていたので、そのまま外へ出た。
一応恩も返したし、ここにいるのは、場違いな気がしてきていたので、どこか別の街に行くためのほうほうを聞くとすればやはり、ギルドが一番だろう。
ということで、俺は、ギルドへ向かって歩き出した。
「こんなに貰ったら私が怒られます!!」
ギィと音がして俺の痕を追う女性マルガ。
「恩は返さないといけない。だから、恩は返したし。いらないなら、捨てればいいよ。」
俺にとって保護してくれて、服を貰ったことはそれだけ感謝に価する。しかし、その恩は返したつもりだし、あのお爺さんに小言を言われたくもない。
「そんな………」
「無理矢理、かもしれないけど、感謝はしてる。俺にはこれくらいしか出来ない。」
「でも、朝まで無一文だったじゃ「冒険者になったから。」
マルガの言葉に被せて俺は、言う。
本当にいらないのなら、捨ててしまえばすむ話だ。
無理矢理持って帰れまでは言えない。
「じゃ」
踵を還して、ギルドへと向かう。
それ以降まっすぐは追ってこなかった。
ギルドの中に入ると、朝擦れ違った男がいた。
人の少ない場所のようだし、俺は、そこで防具のベルトをつけることにした。
脇腹で締めるタイプなので、大した苦労はない。
銅色の剣は、鞘も込みの価額だったので、鞘を腰にベルトで締める。
グリーヴとブーツを装着して、完了だ。
「日本人…か?」
俺よりも前にギルドにいたあの男が、俺にだろう、話し掛けてきた。
「藪から棒になんだ。まあ………日本人………だったのかもしれないが、俺の自我は俺だ。」
やはり本人も日本人なのだろう。
でなければ、そんなすっとんきょうに言ったりはしないだろう。まして、俺は銀髪なのだから。
所謂、転生者か、異世界に放り出されたか、召喚されたか。
知識として知っているのは小説にあるタイプ。
まあそれ以外もあるのだろうが。
俺は………俺という自我は日本人そのものを奪い取ったと言ってもいいが、他のこの世界の住人か?と聞かれれば否と答えるだろうから、転生者でもあるかもしれない。
まあそんなことはどうでもいいが。
「俺はタツキ・カガワ。冒険者rankはトリプルBだ。」
自己紹介だ。俺もしておくべきか。
「俺は、ルカ。名前が長いからルカでいい。冒険者rankはGだ。」
「Grankでレグリードウルフを殺せるなんて」と独り言と言ったつもりだろうが丸聞こえだ。
まあGrankはなんだから、当然と言えば当然のリアクションなんだろうが。
「タツキ君?タツキさん?」
「呼び捨てでいいよ。気にしないし。見た目は君の方が上だろうしね。」
そうか俺の方が年を喰ってると。まあ知識としてはそうだろうが。
「じゃあタツキ。俺はこの村から出たい。どこか行く当てはないか?」
「もうここから出るつもりかい?」
「普通は…」とタツキは言いそうになって飲み込んだ。レグリードウルフは普通のGrankが倒すモンスターではないからだろう。
「まあいいよ。教えてあげるよ。」
そう言うと、ギルドの受付嬢から地図を貰ってきて、近くにあったテーブルに広げた。




