Aura Church
その魔宝石の灯りはそれほど明るくはない。壁に掛けられた魔宝石を使用したランプはひっそりと淡い光をたたえていた。
光量は自在に変えられるし光量を強くしたところで、消費される魔力の量は変わらない。
毎日それ専属の魔導師が、光量を調節し魔力を注いでいく。簡単だと思われがちだが、そう簡単でもない。光量の調節は熟練の技とも言える。
そんな涙ぐましい努力など我関せず、女性の嗚咽と喘ぎ声が魔宝石灯のある階段に響いていた。階段の先にあるのは、ネイル枢機卿猊下の部屋だけだ。
ベツレム帝国の伯爵にして、オーラ教会の重鎮の一人。ネイル・ツェッペ枢機卿。
己の欲に聡い男。
今部屋では、先日配下の私設騎士団に異端者狩りと称して襲わせた村娘を味わっていた。
「領地の人間の命も身体も男も女も俺のもの。奪って殺して、何が悪い。」
悪びれる様子すらない。
常に側に新しい女をはべせているが、その女は揃って死んだ目をしている。
求められれば、それに応える。それがどこであろうとだ。
枢機卿は、間違っても好かれるような体型も、顔もしていない。
禿げ上がり、ツルツルになった頭、脂ぎってテカっている顔、ベロベロと常に濡れている口周り、首があるのか分からないような二重顎。枢機卿の証したる胸に赤い鳥の刺繍のされたローブを着てはいるが、出過ぎた腹がローブをパツパツにさせている。
いかに金はあるとはいえ、女達が望んで側女になるとは思えない。
アルバベルト・フォン・テリアウスは、その姿を見下ろしながら思っていた。
聖堂騎士団団長。
オーラ教会の騎士団の最上級位にいるこの男はネイル・ツェッペ枢機卿を毛嫌いしていた。
理由はさして難しくはない。
ただ生理的に受け付けないのだ。そして、ネイル枢機卿は趣味も悪い。
襲わせた村で女を拐い、その女に恋人か夫がいた場合には一緒に連れ去り、女の前で夫恋人の手足を切断しその様子を見ながら見せながらいたすといった行為を好んで行っていた。
「ネイル枢機卿。近頃やりすぎでは?」
教会の地位としては、枢機卿の方が勿論上になるのだが権限は完全にこちらが上である。
聖堂騎士団約3万人を即座に動かすことのできるアルバベルトはそれだけで一目も二目も置かれている。この男以外には。
「楽しんでいるところに来たのはそなたじゃろうが。」
女の股から顔を上げてアルバベルトを見ている。顔はベタベタと濡れている。
その姿を見て言葉で表現するとしたら醜悪という言葉がピッタリと合うだろう。
「先日の異端者狩りで、村一つを滅ぼすなどやりすぎだといっているのですがね」
アルバベルトは、ベッドの縁まで歩いて行ってその女と枢機卿を見下ろす。
俺の青い髪、青い目、そして、この聖騎士の証である白銀の鎧と、白銀とオリハルコンの合金で作られた【聖剣ロンベルド】が灯りに照らされている。
光が反射して枢機卿の頭を光らせてしまっている。はっきり言って目障りだった。
「わしのものを滅ぼして何が悪い?」
いつもそうなのである。自分の領民はすべて自分のものと勘違いしている。
枢機卿でなければ、この場で首を打打っ斬ってやりたい。
「教主様も、法王様も懸念を初めておられるがいいのですね?」
教主は、総本山を取り仕切る存在、法王はオーラ教全てのトップである。
共にベツレム帝国の首都ムレースに鎮座しておられるが、実効的に動いているのは限られた枢機卿と教主だけだった。
「なに?教主様もか」
枢機卿は、再び股から顔を上げてアルバベルトを見た。睨み合うような視線が交差する。
「自重いたしますと伝えよ。」
どこまでも、上から目線の男だ。自分の立場がどれほど危ういかも知らずに。
「かしこまりました。そうお伝えしましょう。」
枢機卿は、身体を起こすと女の脚を広げ掴み、その間にわけ入っていく。その動きが視界に入るだけで不愉快だ。
女は声こそ上げてはいるが、身体には力が一切入っていない。
口からは涎が流れ落ち、目は虚ろ。
腕には幾重にも何かが刺されたような跡とためらい傷。
アルバベルトは、女を見下ろし口許に手をかざす。
「……………………………………」
聖堂騎士団団長にのみに継承される詠唱だ。
もう生きる気力や、体力など限られ限定された状況でしか効果のないただの儀礼的詠唱。
別名『死への誘いだ』
聖堂騎士団は、基本的に無詠唱が出来ない。そう言った魔法を使えないのだ。
だからこそ、詠唱を行い魔法を行使する。
それが冒険者からすれば無駄だとも取られるが、それで困ったことは一度もないのだから構わないだろとアルバベルト以外は思っている。
アルバベルトは、無詠唱が出来る。元が冒険者だったというのが理由ではあるが、勿論詠唱もこなせる。
それが利点となるほどの戦闘にならない。それまでの間に決まってしまうためアルバベルトは無詠唱が可能であることを公表はしていない。
女は、安らかなる眠りに入る。
あと数時間もすればこの苦痛からも開放されることだろう。
この女がオーラ教徒であろうとなかろうと。
死は、平等に訪れる。それが持論だった。
だが、同時に生きているうちはオーラ教を信じることが最上だとも思っている。
ネイル枢機卿の異端者狩りは、ただのかこつけでしかないが、本当の意味での異端者ならば俺は躊躇なく殺すことが出来る。
オーラ教を批判軽視するものも同様だ。
それは、表立って言わなければ別に構わないとも思っている。
アルバベルトの中には正と負の両方の激情が存在する。
アルバベルトが法とでも言うかのような存在であることはあながち間違いでもない。
「今日は、泊まっていくのだろう?女を用意させている。」
部屋を出ていこうとするアルバベルトの背にネイル枢機卿は言った。
アルバベルトは、それを無視して扉を乱暴に開けて乱暴に閉める。
この時、アルバベルトの中にはまだ理性がはっきりと残っていた。
ネイル枢機卿の街はそれなりに発展はしている。しかし、目にみえて奴隷の数が半端ではない。
3人に一人は奴隷だと言われても納得できるほどなのだ。
痩せこけた少年、男性。
裸のまま連れられて、辺り構わずいたされている少女、女性。
最悪の社会の縮図にも思える。
アルバベルトが通されたのは、領城の一室。部屋の中には3人の女が死んだ目をさせて全裸で待っていた。
アルバベルトは、出ていけと言うも「出ていったら殺されてしまいます」と3人が3人とも言って今晩だけはお情けを下さいと懇願してきていた。
アルバベルトもその辺りは男だ。
頑なに拒否は出来なかった。
ネイル枢機卿が味わった後なのかと思いきや、先日襲った村娘がそのままここに連れられて来たらしい。
みんな胸は豊かだ。
その場だけはとアルバベルトも理性の枷を外した。
しかし、アルバベルトが理性と出会ったのはそこまでだった。
アルバベルトは最早、法王にも教主にも用済みとされていたのだった。
「あやつの小言は聞きあきた。」それだけだった。
聖堂騎士団団長アルバベルトは、この日を境に精神、肉体共に教会の奴隷。使徒となった。




