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私の名前は、ハンブル・クラーガ。
クラーガ家の三男に生まれ変わって、この名前を名乗るようになってから、かれこれもう100歳を迎えようとしている。
もうあまり動かなくなった身体に鞭を打ち、ベットから起き上がる。
それだけのことなのに、激しく体力を奪われる。
この世界では、魔法がある。
魔法は、科学や現世での常識の外。
理解しようとしても、なかなかに難しい。
しかし、魔力と呼ばれるものがあるお陰か比較的に長生きの人々が多い。
例えば、産まれながらにかなり高い魔力を誇るエルフだが、平均寿命が1000歳を超え、更に長生きな者は、万年を生きると言われている。
まあ一介の人間にして現世の知識、経験を忘れ去ることなくこの世界に転移してきたのだから、欲を言ってはいけない。
それに、現世にもあまり未練もない。
あるとするならば、家族。
とりわけ娘のことだろうか。
まあ考えてみても今の私には何一つ出来ることはない。
幸せを願うばかりだ。
この世界には、日本だけでなく世界各地の人々がが当たり前のように闊歩している。
もちろん、日本人もだ。
それがさも当たり前のようで、殆どの人々は疑問にさえ思わないようだ。
こちらに来てから100年と過ぎたのだが。
しかし、肉体はもうボロボロだ。
いつお迎えが来るのかは分からない。
だからこそ、今ここに私の出来る私の知ることを記して起きたい。
この世界は、元いた世界の裏側なのではないかと思う。
そら理由は、転移転生したきた者の記憶あるものに聞けば皆が見知ったようなキーワードを言った。
それは、キリ○ト教。○教などだ。
私個人は、信じるものは救われるなんて一ミリも思いはしないが、信じるものがいるのは事実だ。
そして、殆どの場合ここはあの世ですか的なことを言ったのだ。
死んだものが来る場所でイメージとしては、あっているのだろう。
しかし、この世界ではこの世界で生きている。
傷付けば痛いと思うし、悲しいときは悲しい。
私が考えるに恐らくは相互干渉しあう一つの世界ではないかと考える。
ではなぜ向こう側の世界ではこちら側の記憶がないのだろうか。
それについては推測を立てることすら出来ない。
もう一度今の知識感覚を持ったまま彼方へと行けば分かるかもしれないが恐らくは不可能であろう。
ここまで書いて私は一度筆を置いた。
思えば長い人生だった。
冒険者などになり、この世界を放浪して廻る。
そんなことは、向こう側にいたころには考えることも、いや選択肢さえも浮かばなかっただろう。
妻はもう早くに先立った。
娘や孫に囲まれているこの時間は至福の時といっても過言ではないだろう。
息子は立派に王国の騎士になってくれた。
【つて】がなかったか?と聞かれれば頬を緩めねばならないが、今の立場を手に入れたのは間違いなく本人の努力と実力だろう。
私の息子と言うことで過剰な期待をされてそれに応えようと功績を早まった他国へと行った次男はもうもっと早くに逝ってしまった。
遺体さえ残らないほど凄惨なモンスターとの死闘だったらしい。
私もそれを確認するために現場へと向かったが血と死臭が充満しており妻を連れてこなくて良かったと思った。
娘は、大恋愛の末、伯爵様の側室のマルガ様の次男のマルタ殿と結ばれた。
伯爵様は、
「お前の娘らしくて俺は満足だ。お前は俺を退屈させないな」
と言ってたいそう笑っておられた。
婿殿は、婿殿で父伯爵様の権力を一切頼ることなく、尚努力を惜しまない性格で文官として国王の信頼も厚く、それにより国の財政の一端を任されている。
部屋の扉がノックされて、入ってきたのは可愛い孫娘だった。
「お爺ちゃん起きてる??」
「ああ起きているよ。」
孫娘の後ろから娘が申し訳なさそうに入ってくる。
「ごめんね、どうしてもまたあの話が聞きたいって。」
あの話とは、今書き記そうとしている話でもある。
この子は、もう一人のお爺様である伯爵の話が好きだ。
勿論私の事も大好きだと言ってくれている。
伯爵は、今も領都にはたまにしか帰って来ないらしい。
孫娘からしたら、伝説の人物にでも思えるのではないだろうか。
「伯爵様とお爺ちゃんが一緒にドラゴン倒したところ〜」
伯爵に私が救われた時の話だ。
当時私は他の人々とパーティーを組んでいた。Crankに上がったばかりでみんな浮かれていたのだと思う。
レグリードウルフ亜種の討伐を終えた俺たちは意気揚々とエルド村へと帰路に着いていた。
レグリードウルフの報酬は銀貨1枚。
村で倒れるまで飲み食いしても余裕で余るだけの金額だ。
帰ったらどこどこに集合して、誰を呼ぼうとかいう話になったときに、丁度私の隣にきたベスがかき消えた。
甲高い咆哮。
ワイバーンだった。それも、赤色の亜種。
もっと悪いことに複数。
最悪な事に、そのワイバーン亜種の後ろには、悠然と翼を羽ばたかせる夕日を思わせる紅い鱗のヘイアンドラゴン。
ベスは、ワイバーンに首を食いちぎられて、頭だけが私の前に落ちてきた。
口はまたパクパクと動いて何かを言いたげだった。
私を残して他のメンバーは、ひたすらに逃げた。
ワイバーン3頭くらいは連携でどうにかなると思った。
しかし、ベスはもういない。
メンバーもいない。
勝つための連携、手段を頭は捻り出してくれなかった。
パーティーの中で私が一番能力値が高かった。ただそれだけでリーダーになっていた。
確かに他のメンバーからすれば能力値が圧倒的に高いのは自覚してはいる。
しかし、このワイバーンの群れとヘイアンドラゴンを同時に相手にすることなど【死】しか私にもたらしてくらないだろうと思った。
メンバーに次々に襲い掛かる紅いワイバーン。
まるで狩りを楽しむかのようなその姿に、自分の不甲斐なさに歯噛みした。
どうせなら、より多く道連れにと剣を引き抜き、構える。
メンバーの悲鳴はもう聞こえない。
誰一人として生き残れなかったのだろう。
そして、私は覚悟を決めて動こうとした。
そこで、私は肩を力強く掴まれた。
「リル寝ちゃったわね…」
孫娘は私の膝の上で健やかな寝息をたてていた。
「小さい頃から聞いた話だけど、失礼かもしれないけど、本当に伯爵様って強かったの?」
孫娘を抱き抱えて、椅子に座る娘が言った。
「お前が小さい頃に一度だけ見たことがあるのだが、覚えてはいないな。カイルは覚えていたがな?」
「覚えていないわ。ジェルド様の方が強いんじゃないかって噂もあったわよ?」
「ジェルド殿は、伯爵様の血盟召喚で伯爵様の4分の1の能力値を生前の能力値に上乗せしているからなおのことそう思うのかもしれないな。」
「4分の1って本当なの?」
「ジェルド殿は少し特別だったみたいでな?他の血盟騎士団の騎士は皆6分の1が関の山だな。」
「それが事実なら、化け物よ」
「はははは。義理とは言え、父に対して酷いな。確かにな。私も伯爵様以上に強い人間は見たことがないな。………いや一人いたか。」
今は遠き記憶の彼方に一人だけ伯爵様と何度も渡り合った人間がいた。
結局最後は、伯爵様に止めを刺されて嬉しそうに死んだのだが。
「ジェルド様だって一騎当千って1000人を打ち倒したって伝説の人よ?」
「ジェルド殿の肩をえらく持つな。」
「私がマルタと会えてたのはジェルド様のお陰だもの。」
「なるほどそうだったか。では伯爵様には筒抜けだったわけだ。」
「どういうこと?」
「血盟召喚の騎士達の感覚や記憶は伯爵様にいつでもトレースされているんだ。いや、勝手に流れるとも言えるな。」
「じゃあ全部知ってて最初伯爵様は反対したってこと?」
「そうだろうな。絶対これくらいじゃ折れないと分かってたんだろうな。」
「大分酷いよね?」
「まあな。」
本心ではそうは思っていないのだろう。顔は少し晴れ晴れとしたような娘だった。
「そろそろ眠るね?あんまり根詰めないでね?」
「ありがとう。そうするよ。」
娘は眠った孫娘を抱き抱えて部屋を出ていった。




