紫3
島の南西、芸術の都ロッソに住むユイヒも、ここまでの3人と同じ、昨日とは打って変わって廃れてしまった街とロボットのような人々を目にしていた。
壊れた人々に怯えながら、彼女もクォーレと同じく他の街を確認しようと街を出た。
ロッソから1番近い、島の中央部にある総合的な街リーラに辿り着いたユイヒは落胆した。
ここもロッソと同じである。
にこやかに同じ会話をくり返す人々の間を抜けて、街の中央部の噴水まで来て、ユイヒはその淵に腰をおろした。噴水は枯れてしまっていてどことなくさみしい。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
うつむいてため息をつく。
「って、こんなんじゃだめだよね!」
ユイヒは突然立ち上がり、両手を胸の高さでグーに握りしめて言う。その勢いに、ふわふわとした細く長い髪が肩で踊った。横髪を左右の高い位置に花の髪飾りで止めた髪型は、童顔な顔立ちとフェミニンな服装によく似あっている。
「ポジティブ大事!!!」
17歳にしては見た目も中身も子供っぽいユイヒである。
…といってもこの状況、どうやってポジティブに考えるのか。
「うーん…はっ!」
彼女は思いつき、元気良く笑う。
「こんなとこで踊っても誰にも見られない!」
なぜそういう発想になるのか。
1度こういう噴水の前で踊ってみたかったんだよねーなどとつぶやいて、ユイヒはフリルのついたスカートをつまんで、少し裾を持ち上げると、ふんふんと鼻歌まじりに踊り出した。
軽やかにターン(のつもり)。
調子にのって3回転をしようとして――。
「きゃっ」
あまり運動神経のよくないユイヒである。バランスを崩すのは目に見えていた。。
「いたたたたたー」
しょんぼり顏で座り込んで、強く打った膝を見つめる。そんなに切れてはいないが、かなり痛い。目に涙がにじんだ。
と、頭上から影がかかった。
「大丈夫かい、お嬢さん?」
若い男の声に顔をあげる。華奢な白い手が差し出された。
ひかれるようにして、その手に自分の手を重ね、ユイヒは立ち上がる。育ちがいいのか、その男の手は細いが柔らかかった。
男は優し気な声で話しかけてくる。恥ずかしくて顔は見られないが、きっと微笑をたたえているだろう、そんな声だった。
「たまたま通りかかったら、かわいいお嬢さんが踊っていたから見惚れちゃって」
え、なにこれなにこれどういう状況?
ユイヒは慣れない甘い言葉に混乱して、よくわからないが目を伏せてただただ頷く。
「そしたらあんなに…あんなに見事に転ぶから」
声の主、笑いを堪えている声である。
「みみみみみっ?!」
ユイヒは赤面して挙動不審におろおろすると、彼は笑いを重ねた。
「でもそのおかげで、僕は1人じゃないと知りました」
――あ。
はっとした。
彼からユイヒに関わってくること自体、あの決められた行動しかしない彼らとは違うことがわかる。
「私1人じゃないんだ…」
改めて彼を正面から見る。
男子にしては少し身長が小さめではあるが、紳士的な笑みを浮かべる同世代の少年。カチューシャで前髪をあげている。
「僕はクォーレ。よろしくね」
差し出された右手を、ユイヒは慌てて両手で握りしめた。
「ユイヒです!よろしくお願いします!!!」
1人じゃない。
それを知るだけでこんなにも気分は晴れるのか。
すっかり明るく戻ったユイヒは、笑顔でクォーレに尋ねた。
「他に誰か、正常なままの人を知ってる?」
「僕は1人でここまで来たけど…あぁそうだ、1人それらしき人がいたかも。声はかけなかったけど」
「おおお!どこで?」
かなりの進展情報だ。
「たしかあっちにいたけど…長髪で妙にのっぽの男」
クォーレが説明すると。
「誰がのっぽだ失礼な」
2人の背後で殺気立った声がした。