紫2
クォーレも前者二人と同じようにいつも通り目を覚まし、日常を疑うことなく支度を済ませた。
そして、何の気なしに窓から外を見る。
彼は高台の普通の人より大きな家に住んでいた。家の窓から都を一望でき、その景色が彼は好きだった。
島の北西に位置する水の都アスール。メインカラーの青で統一されているのは言うまでもないが、水路が町中に張り巡らされており、とてもきれいだ。水路には細身の小舟が浮かんでおり、アスールでは一般的な移動手段として使われていた。
その水路を利用して商業も発達し、都がいつでも賑わっているのもまた魅力的で自慢だった。
なのに。
道や家屋が廃しているのに加え、あの綺麗だった水路の水は淀み、街路にも賑わう人などひとりもいない。
もう何百年もそこに人はいなかったかのように、古い遺跡のごとく都は廃れていた。
クォーレは自宅を隅々まで見て回り、本当に誰もいないのを確認すると、外へ出た。
どこかに当てがあるわけではないが、情報収集の必要性はある。
人がいない、異世界のような自分のふるさとを、彼は早足に歩き出した。
「にしても誰もいないですねぇ」
水路の脇に座って一休みしつつ、クォーレは独り言を言う。ひとしきり街を循環したが誰とも出会うことができず、途方に暮れていた。
話す相手がいないので、汚水に映る自分にでも語りかけてみる。透き通る水とその奥で輝いていた藍のタイルが恋しくなった。
「昨晩なにがあったんでしょうね」
――みんなはどこに消えたんでしょうねぇ。
答えのない問いを飲み込んで、ふぅと息をつく。目をふせて、自問を重ねる。
「これからどうしましょう」
と、その時だった。
突如、人の賑わいが弾けるようにして戻ってきた。
――なに?!
慌てて振り返ると、そこにはいつものように多くの人がいた。
街並みは先ほどと変わらず廃れているが、人が街に帰ってきていた。
夢を見ていたような感覚に襲われながら、クォーレはぱっと駆け出して一人の女性に声をかけた。
「あの」
「おはようございます。いいお天気ですわね。」
返された言葉に面食らう。
今はそんなこと言っている場合ではないだろうが。
女性はそれで話は終わった、というようにクォーレから離れようとした。
「お待ちを、今までどこにいたんです?!」
「おはようございます。いいお天気ですわね。」
――は?
「昨夜なにがあったんですか?」
「おはようございます。いいお天気ですわね。」
プログラミングされたかのように同じ言葉を繰り返す。
不気味に思って、クォーレは数歩後ずさり、その場を離れた。
そして、戸惑いを隠せないまま近くの宿屋の女主人に声をかけた。
「すいません」
「なんだい。あたしゃ忙しいんだがね。宿のことならそこの娘にいっておくれよ」
「みなさん、先ほどまでどこにおいでて?」
「なんだい。あたしゃ忙しいんだがね。宿のことならそこの娘にいっておくれよ」
この人もだ。
――まさか。
クォーレが辺りを見回すと、誰も彼もが同じような仕草、同じような言葉を繰り返している。
ゲームでよくある、話しかけると同じ言葉しか言わない脇キャラたちのように。
ここまでくると、自分だけが意思を持って動いていることの方が不思議になってくる。
――なんで僕だけそのまま残ってるんだ?
わからない。
解けない疑問を胸に、クォーレは踵を返し、もう誰にも話しかけずに歩き出した。
他の街は無事なのか。まずはそれを確かめよう。