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色彩の契り  作者: るしょう
第一章 リーラ
2/26

紫1

ちょっと寝すぎたかな。

7時を指す時計を見ながら、ハーテスは大きく伸びをした。

ベッドに起き上がって、枕元に置かれた櫛とゴムで長い髪を一つに束ねる。

男にしては長すぎるその髪は黒く艶やかで、背も人よりも高い。歳は今年で17。そろそろ自分で早起きもできるようにならないと、あとあとまずいだろう。それは自分でもよく分かっていた。

少し反省しつつ、彼はベッドから降り、日課であるネットニュースチェックをしようとパソコンを起動させている間に、テキパキと着替えを済ませた。

パソコンが趣味であるハーテスの操作の手つきは慣れており滑らかだ。

ここまで特記するほどの表情をしていなかったハーテスの顔つきが急に変わる。


「――え?」


ありえない。嘘だろ。

何度も自分にそう言い聞かせながらパソコンを再起動。

しかし結果は変わらず。

彼が信じられないのも無理はない。

情報の巣であるインターネットが、昨日から全く更新されていないのだ。ニュースのみならず、存在するすべてのサイトが。


「回線が壊れたか?」


そうでなければありえない。

インターネット回線が壊れて更新できないのでなければ…そうでなければ、この世からハーテス以外の人間が消えてしまったみたいではないか。


舌打ちをして、ハーテスは階下の両親の元へ向かった。

この不気味な現象を相談するつもりだった。

が。


「母さん?父さん?!」


いない。家の中には誰もいない。

慌てて外に飛び出したハーテスは、その光景に目を瞠った。


「嘘、だろ」



この国は一つの島だ。

ハーテスが住むのは島の南東、工業の街ジャッロ。

街ごとにカラーがあてがわれており、ジャッロのメインカラーは黄色で、建物の屋根や道のタイルなどすべてが黄色系統の着色をされた綺麗な街だ。

工業の街というだけあって、工場も多く、高い煙突から煙が上がっているのが日常だ。


しかし、今ハーテスが見ている光景は。


色のはげた屋根。

砕けた道のタイル。

煙の上がらない工場に、人のいない閑散とした街。

もう何十年もここに生活はなかったと思えるほど荒廃したその光景にハーテスはただただ立ち尽くした。


「俺が寝ている間に何があったって言うんだよ…」




彼が知る由もないが、人の消えた世界に取り残されたのは、ハーテスだけではなかった。ジャッロの隣の農業が発展した都ヴェルデにも1人、リッシェという少女が生きていた。

ヴェルデのメインカラーの緑は、自然の多いこの都にぴったりである。

その都のはずれ、森の入り口のログハウスにリッシェは住んでいた。


ごくごく普通に目を覚ましたリッシェはまずベッド脇の窓を開けて伸びをした。

窓から差し込む朝日に少し目を細めて、洗濯日和だなぁとか、17歳の少女とは思わしきことをしみじみと思う。それもそのはず、彼女は物心ついた時から一人で生活してきたのだ。

器用な手つきで背中に一本の三つ編みを編みあげ、着替えたりなんだりと支度をして、水差しを覗き込む。

昨日飲みきってしまったようで水差しは空っぽだった。

しかたがない。

リッシェは桶をもって家の外の井戸へと出て行った。

外に出ると今日は一段と鳥の声が耳についた。秋だから木の実をついばみながら騒いでいるのか…いや、そんなのんきな鳴き方ではないような。

「…ん?」

ふと気になるものを見つけてリッシェは玄関口で足を止める。

緑色の石。人口的な着色と尖った断面から道のタイルだろうと見当はついた。

道のタイルの破片が転がっているのは、普通はよくあることだ。

が、ここは道の整備もされていないような森だ。そう簡単に破片は飛んでこない。

いぶかしみつつ、ふと頭上を見上げる。

「なんで…?!どうしたんだ?!」

昨日まで青々としていた木々の葉は黒ずみ、枝にも亀裂が入り、朽ちかけている。

病気?

いやそんなわけない。一晩でこんなにも進行する病気なんて聞いたことがない。

原因は思い当たらないが、それでも慌てて木に登ってみる。

ほとんど死んでしまっているその木の小さな枝に至っては、リッシェの服の裾があたるだけでポキリと折れて落ちていく。

周りの木々もみな同様の様子だった。


――なんで。


木の高い枝に跨って幹をなで、誰にともいわず問いかける。

なにがこうしてしまったの。


そうして何気なく都の方を見やって、彼女は何度目かの驚愕を覚えた。

屋根や道のタイルがぼろぼろなのはまだいいとして、農業の都と呼ばれる所以である広大な畑すべてが枯れていた。収穫期を迎え、見事な実りを見せて輝いていたのはつい昨日のことだ。枯れた作物が散らかっている畑は見ていられなかった。

そしてなにより、人がひとりも見当たらないこともおかしい。動く人影はおろか、声すら聞こえない。

騒ぐ鳥の鳴き声だけが耳に痛かった。


何が起こっているのか知らなくては。

無知は破滅しか招かない。

リッシェは木をおり、都へと歩き出した。


――私は独りかもしれないが、でもまだ多くのものがいる。

鳥、木、その他動物の数々。

多くの命を思って彼女はひとり、砕けた道を歩む。






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