青4
どうにも浮かない顔をしていたユイヒであったが、食事が始まるとやっと無邪気な明るい表情が戻ってきた。
大食い宣言をしていただけあって、小さな体のわりに人一倍食べる。
男子のハーテスの3倍は食べただろうか、すべての食べ物がなくなり、ようやくユイヒは手を止めた。
先に食べ終わっていた3人はのんきにコーヒーを飲んでいたのだが、食べ終えたらしい彼女を見て声をかけた。
「おなかいっぱいになったか?」
「うーん…腹4分目くらいだけど、でもでもすっごくおいしかったし満足だよ!!けどできたら明日はもう少し食べたいな」
「?!」
彼女の言葉に3人の笑顔が引きつる。
あれだけ食べて腹4分目?!
いやいやユイヒなりのジョークだろ。
クォーレはいち早く思い直し、にこやかに答える。
「棚に置いてあるお菓子とか、好きなだけ食べていいですよ」
食堂の棚にはたくさんのクッキー缶やケーキ類が置かれている。が、食後につまむにしては重たいお菓子が多かった。
冗談のつもりだった。
が。
「いいの?!」
スキップで棚に駆け寄るユイヒ。
嘘だろ、と目を見張る彼らの前でユイヒは満面の笑みを見せた。
「くーくんありがとう!!!」
ユイヒがごちそうさまをしたのは、それから30分後。
空になったクッキー缶が3つほどと、バームクーヘンの包み紙が机の上に転がっていた。
「ほんっとに大食いなのな、あんた」
呆れというかむしろ感嘆しながら、ハーテスがそのゴミを捨てる。
ユイヒは椅子の中で申し訳なさそうに小さくなった。
「だから言ったのに…」
「いや、だってそんな小さい身体で…」
リッシェはまだ信じられないようだ。
童顔低身長、仕草もいちいち可愛らしいユイヒがこれほどまで大食いとは誰も思わないだろう。
恥ずかしいのか、ユイヒは首をぶんぶんと振った。諦めたように言い切る。
「とにかく私はたくさん食べる子なの!!!ごめんなさい!!!」
「いや、気にすることじゃないですよ?」
「これでも恥ずかしいんだからこの話はやめよう!!!」
本当にはずかしがって、ユイヒは手で顔を隠しながら話題の転換先を探した。
――ガチャガチャ。
耳がかすかな音を捉える。
ユイヒは真顔になった。
「なんか外が騒がしくない?」
「外?」
クォーレが眉をひそめて廊下に走る。
廊下の窓から外を見やって、目を見開いた。
街灯のほのかな明かりが門前を照らすそこに、大勢の人が集まり、門を揺らしていた。
「なにがあった?!」
食堂から走り出たクォーレを追って、3人も廊下の窓辺に集まる。
そして、門前に群がる人の数に息を飲んだ。
リッシェの薄い唇から、生気のない言葉が漏れる。
「なんで…こんなにたくさんの人が」
「わかりません。今夜は特に人が集まる予定はなかったはずです」
クォーレの丁寧な説明が、余計不安を駆り立てる。
怯えたように身を小さくしたユイヒの頭を撫で、ハーテスはもう一度外をみた。それから、クォーレを見て、そして言う。
「冷静に考えてみりゃ、簡単な話だ」
長い黒髪が背中でさみしそうに垂れる。
「あるんだろ、クリスタルがここに」
人々の異様な集まり方だけでなく、押し入ろうと門を揺すぶっていることからも、確かにそう判断できた。
リッシェとユイヒが納得して頷く隣で、クォーレだけが言いよどむ。
「けど、この家は代々続く伝統的な家系とかじゃなくて、父の代に貿易商で大成功して大きくなった家ですよ?そんなクリスタルなんてあるわけないです」
「家柄と人望は違うんじゃない?」
「いやユイヒ、たしかに家柄と人望は直結するところがあるぞ。私も森で1人暮らしだから、けっこう不審者扱いされることあるし」
「リッシェさん、1人暮らしなんですか?」
「あぁ、ハーテスにしか言ってなかったか。私は 物心ついたころから、1人暮らしだ。死別なのか、捨てられたのか、家族を知らない。けど、今は私の生い立ちの話をしてる場合じゃないだろう」
そうだった。
ハーテスは頷いて、話を戻す。
「けど、ここまで大きな家にしたんだ。真面目なタイプだろう」
「あぁ、たしかに…」
やっとクォーレも同意した。
「父も母も仕事とか責任のあることに対しては真面目でしたからね」
そう言った彼の口調はどこか苦々しく、ユイヒは不安そうにクォーレを見上げた。
一瞬目があったが、すぐにそらされる。
――くーくん?
何かある。そう思ったが、気づかなかったらしいリッシェが話し出したため、言葉を飲み込む。
「真面目なタイプなら人望があってもおかしくないな」
「そうですね。僕も納得しました」
苦い表情はさっと消し、いつも通りに笑うクォーレ。
「じゃあ探してみましょう」