青2
「やっぱ豪華じゃねえか…」
門から玄関へと続く細い小道を抜けて、屋敷の中に入れてもらうとハーテスはつぶやいた。
その呟きは、思わず口走ったと表現するのが似合う、小さなものだった。
が、クォーレは聞き逃さない。
「文句言うなら野宿って手もありますよ、はーさん」
「文句なんか言ってないだろ?!むしろ褒めてたはずだ!!」
「こんな程度で豪華なんて言われたくないです」
「一般家庭なめんなよ?普通もっと質素なんだぞ?」
ハーテスの反論に、女子たちも大きく頷く。
普通はこんな毛の長いカーペットなんか引いてないし、あんな金ぴかのシャンデリアがぶら下がっていたりしない。
外の他の廃墟に比べ、この家はまだ新しいようで傷も少ない。なおのこと、いっそう豪華に見える。
クォーレは3人を食堂へ案内しながら、尋ねた。
「なんか嫌いなものとかあります?」
「ない」
3人は一斉に答えた。
ぎゅるるるるとユイヒのお腹も反応する。
赤面してお腹を抑える彼女の頭を撫でて、リッシェは挙手した。
「もしキッチンを使わせてもらえるのなら、私が何か作ろうか?それなりのものは作れるぞ」
「いいですねー!じゃあお任せしますね」
クォーレは笑顔で答えて、一階奥の灰色の扉を開いた。
「――っ!」
3人が息を呑むのも無理はない。
キッチンすら最新設備。綺麗に整理されて並べてある調味料も種類が豊富だ。
「食糧はそこの冷蔵庫の中です。じゃあリッシェさん、よろしくお願いしますね」
「…あ、あぁ」
あまりの贅沢さに絶句していたリッシェが、やっとのことで返事する。
見兼ねたハーテスが
「俺も手伝うよ」
「あぁ助かる。私には面識のないものが多すぎてな」
「その間に僕とユイヒは、パトロールしてきますね」
「りっちゃん、はーくん!あの…」
ユイヒがうつむいて言う。
「私、結構大食いだから、たくさん作ってね」
「……」
ふわふわの髪が風に泳ぐ。
――こんな小さい子が大食いのわけないな。
2人はそう結論を出して、優しい笑みで頷いた。
「任せろ」
「ほんとのほんとに大食いだからね?いっぱいいっぱい作っといてね?」
「わかったから。さっさとパトロールして来い」
何度も言い募るユイヒの背を押したハーテスは、まだ彼女の繰り返す言葉の真意を知らない。しかし、ユイヒはちゃんと伝わったと信じてクォーレとキッチンを出た。
広い廊下の電気をつけてまわりながら、クォーレは窓の外を見た。
「だいぶ暗くなってきましたね」
「そうだね。くーくんの家に早くついてよかった」
ユイヒが安心したように笑う。
「寝るとこは大きい客間があるんで、そこでみんなで寝ればいいですよね。僕の家とはいえ、なにがあるかわかりませんし」
「誰かこの家にいるの?」
「わかりません。もしかしたら、ほんとにもしかしたら、僕の両親がいるかもしれませんね」
「お父さんとお母さん?危険なの?」
無邪気なユイヒを一瞥して、彼は目をそらした。
「なにが起こるかわかりませんから」
その声はいつもより低く、感情のない声だった。
ユイヒは怪訝そうに目を上げて、あ、と何かを思い出す。
「そういえば、くーくんたちが時計台にいるとき、不思議なことがわかったの」
「不思議なこと?」
「うん」
ユイヒは手短に、ハーテスが撃った人が再生して生き返った話をした。
クォーレは興味深そうに頷いて聞くと、ちらりとまた外を見た。
「やっぱり何かおかしいですよね、この世界」
ユイヒは無言で小さな手を握りしめた。
「明日だよ、くーくん」
「はい?」
「明日、人が集まってるとこ探せば、クリスタルが見つかってすぐこの街も、綺麗に戻るから」
みんなの愛したあの街に。
ユイヒは強く続ける。
「だから」
「ユイヒ」
クォーレの手が頭にのった。
ゆっくりと頭を撫でる手は優しい。
「僕はそんなに弱くないですよ」
――弱くないから不安なの。
ユイヒは直感的にそう思ったが、頭の上の手があまりに優しくて、口をつぐんだ。