青1
日はまだ真上まで上がっておらず、時計は10時半を指していた。
視界に入る街並み全てが美しく、あぁ本来はこんなにも輝いていたのだと、誇らしくすら思える。
人々が同じ会話、同じ行動を繰り返していることを除いては。
美しい街とはあまりにも対象的すぎて、切なくなる思いを抑えて、ハーテスは隣を歩くクォーレに尋ねた。
「アスールってどんなところだ?」
「はーさん、来たことないんですか?」
「私もないー!」
意地悪く笑ったクォーレだったが、女子たちの反応に、その馬鹿にした笑みを一瞬でひっこめる。
そしてにこやかに説明し出す様には、ハーテスはひどく遺憾だったが黙っておく。
「アスールが水の都ってのは、有名だから聞いたことはありますよね?街中に水路があって、細身のボートで行き来してるんです」
「便利そうだな」
「そうですね。その便利な交通網のおかげで商業的発展ができたんでしょうし。いろんなお店があって楽しいですよ」
「おいしいものあるといいなぁ」
無邪気なユイヒ。
クォーレは彼女に笑みを送ってから
「ただ問題は、クリスタルの在り処に全く心当たりがないんです」
「全く、か?」
「はい。…そうですね…宝石店とかそういうところなら幾つか知ってますけど、そういう類いじゃないんですよね?」
「わからないな」
リッシェの足取りが重くなる。
「我々のうち誰一人として見たことがないんだもんな…。1からあたるしかないよな」
「けど、ヒントならあるよ?」
ユイヒが人差し指を立てて言う。
「人がいっぱい集まってるところ!でしょ?」
たしかにそうだ。
石板のあった時計台には、大勢の人が集まっていた。
「アスールについたらとりあえず街を一周しましょう。人が集まっていればすぐわかるでしょうし」
「着かないことには始まらないもんなぁ」
そう言ったハーテスは、周囲の景観に目を細める。
整えられた道のタイルは美しく、道端の花にさえ生命力が見られる。
全ての街がこうなるまで、まだもう少しがんばろう。
日も陰り始めたころ、ようやく道の向こうの景色が青くなってきた。
青の水の都、アスール。
クォーレは、他愛ない話に笑顔を続けながらも、みんなにはバレないようにその青から目を背けた。
大好きだったあの輝く青が、こんなにも黒ずんで見えるのを、彼の目は認めたくなかった。
本当はまだ、この状況が現実だとは認められていない。
リーラの紫が眩しいから、余計にあれは幻覚だったのだと信じたくなる。
――僕はやっぱり弱いなぁ。
この街を救うと決めたのだから、そろそろ強くならなくちゃ。
「アスールもひどく廃してるな」
リーラを抜け、アスールに入るとやはり廃墟しかなくなった。
道もひび割れていて、ここまで歩いてきて疲労がたまった足には正直きつい。
「けど、本当に水路がたくさんあるんだね」
ユイヒの感嘆の通り、見渡す辺りいたるところに水路がある。
一般的な街でいう、道路の車道が水路、歩道がタイルの道、といった具合だ。
「水路使えると便利なんですけどね」
クォーレは水路に放置されていた細長い舟に近づき、腕を伸ばして岸に引き寄せようとした。
が、掴んだ舟のへりの木は腐っており、ボロリと崩れる。
その木くずを水路の汚水に捨てて、クォーレは3人を振り返る。
「水路はちょっと無理っぽいですね。歩いていきましょう。あの丘をあがったらすぐです」
「丘をあがったらすぐ…って…お前…」
丘を上がった3人は絶句して立ち止まった。
クォーレだけが不思議そうにそんな彼らを見やる。
「すぐですよ?ほら、あれです」
「だってあれって…」
「え?」
「あれは城じゃねえか!!!」
ハーテスの表現にクォーレはケラケラ笑う。
「やだなぁ、はーさん、大げさですよ」
「いや、大げさじゃないだろ」
リッシェがつっこむほど、目の前の建物は大きかった。
丘を上がってすぐのところに建っているそれは、白の壁と金の装飾が光り、いくつもの塔がある、広い屋敷だ。少し古びてはいるが、周りの廃墟等々よりは断然きれいだ。屋敷の前の大きな門すら、おしゃれな創りで目を引く。
「くーくんは王子様だったんだね…」
「ユイヒ、この島に王の制度はないよ?」
クォーレはため息をついて、
「父が大商人なだけですし、こんな程度の屋敷、たくさんありますから落ち着いてください」
「たくさんはねぇよ!!!!」
そんなに大富豪ばっかりいてたまるか、とハーテスが言う。
そうですか?とクォーレは笑った。
「とにかく中に入りましょう。食糧くらいなら腐ってなければありますよ?」
「中も豪華そうで気兼ねするんですけども」
小さな声でユイヒがつぶやく。
口には出さないものの、ハーテスとリッシェも同意のようだ。
クォーレはふぅ、と息をついた。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?野宿したいんですか?ほら行きますよ?」
そう言って彼は、勢いよく門を開いた。