紫12
トンットンットンッ。
階段を蹴る足音が延々と続く。
重くなった脚をなんとか動かしながら、リッシェは上を見上げた。
「あとちょっとだな」
呟く言葉にクォーレもそちらに目をやる。
最上階がすぐそこに見えている。
「僕たちがんばりましたよね」
「あぁ」
喜ぶ2人にもここからが本番だということはわかっていた。
「ゴール!!!」
クォーレの達成感に溢れた叫びと共に最上階にたどり着く。
2人とも足を休めて息を整えながら、そっと周りを見回した。
その部屋は少し薄暗く古い金属のにおいがする。
部屋大部分を占める時計の大きな歯車がいくつも回っている。それらの回る音が、ギン、ギン、と足に響く。
壁側には小さな窓と机、椅子があった。時計台守が座っていたのだろうか、椅子は少し乱れている。
「あるとしたら、あそこか」
机を指すリッシェの言葉にクォーレも頷く。
「早く手に入れちゃいましょう」
軽くそう言って、彼は机の引き出しを開けた。
ぶわっと埃が舞う。手で埃を払いながら覗き込むと――。
「こんなどんぴしゃあるんですね」
引き出しの中に置かれた縦横30センチメートルくらいの大理石の石板。
あまりに大当たりすぎて、拍子抜けした。
手にも取らず、しばらく呆然とそれを見ていたリッシェが、あ、と何かに気づいた。惹かれるように手にとって、表面の4つのくぼみを撫でて言う。
「クリスタルがない」
「ってことはやっぱり僕たちの考察は正しかったんですかね」
クリスタルが消えたから、聖女アンヌの加護が薄れ街が廃した。
ここにあるはずのクリスタルがないということは、それが証明されたようなものだ。
「ここまで昇ってきたかいがありましたね」
そう言って満足げに笑うクォーレ。
が、次の瞬間。
「っ?!」
声にならない声を発して、地に倒れた。
「クォーレ?!」
驚いて膝まずこうとしたリッシェは、クォーレがさっきまで立っていた場所に人影があることに気づいた。
寒気がした。
見上げたくない。
震える手で石板を抱きしめて、リッシェはおそるおそる目をあげる。
――時計台守。
そこにいたのは時計台守。
急いで階段を戻ってきたようで、肩で息をしている彼は、ゆっくりとリッシェに手を伸ばしてくる。
クォーレの頭を殴ったようだ。握られた大きな拳が目に痛い。
――渡すわけにはいかない。
キッと時計台守を睨んで、その手をかわして、階段の方へ逃げる。
――駆け下りている時間はない。
もうそんなに体力は残っていなかった。絶対追いつかれる。迷っている時間すらなかった。
階段のてすりにしがみついて、下を覗き込む。
螺旋階段なので、中央部は一階まで吹き抜けだ。
とっさの判断だった。
リッシェは目をつぶって祈りながら。
階段の吹き抜けめがけて、石板を投げ捨てた。