嫉妬?(月曜日)
1年の時、彼女とクラスは違ったけれど、その存在は知っていた。
「女子ウケはイマイチだけど男子人気は高い」と噂される彼女はどんな人なのかと思ってたけど、先程クラスで行われた自己紹介で納得。
確かに、あんまり友達になりたいとは思えないけど男子にはモテそうだ………等と冷静に観察出来たのも、この委員決めが終了するまでだった。
雄大の隣の席に座った彼女の肩が、今にも彼にくっつきそうで胸がざわつく。
ちっとも名前負けしていない彼女は、フワフワの髪を指先で弄びながら艶やかな桜色の唇をアヒル口にして甘えた声を発している。
「委員なんてダルーいって思ったけどぉ、坂井くんとだったらちょっと楽しいかも~」
「またまた」
「ホントだってばぁ、坂井くんて女子にスゴい人気なんだよー?」
そんな事を言いながら、軽く肩や腕に触れる彼女が目に入って思わず叫びそうになった。
……嫌だ、さわらないで。
胸がムカムカしてどうしようもなくて、俯いて下唇を噛んだ。
その行為を咎める気配も無く、笑って会話をしている雄大に更に苛立ちが募る。
雄大が悪くない事は解っているけど自然に沸き起こる嫌な感情は止められない。
……自分がこんなに嫉妬深かったなんて知らなかった。
「ハイ、高橋さん」
泣きそうな気持ちを必死で呑み込んでいると、隣から柔らかい口調で話し掛けられて目の前にプリントが差し出された。
「あ、ありがと……」
そこには今後の委員会の日程等が記されている。
「図書委員会って明日早速在るんだね」
「え?」
言われて、指された箇所に視線を落とすと、確かに。
「きっとアレじゃない?図書便りとかの説明」
そう言えば去年、毎月配布されたプリントがあった。図書室に入荷された新刊等が紹介された「図書便り」。
確か、隅っこにクラスと名前が記載されていた。
「各クラスの図書委員が持ち回りで作るんだよ、あのプリント」
「へえ……詳しいね」
「俺は去年もやったからね」
「そうなの? もう一回したいぐらい面白い?」
尋ねるとにっこりと笑顔が返ってきた。
「ああいうの作るの好きなんだ」
「へえ……」
「お薦め図書とか書いたりね」
「そんなのも書くの?」
「うん、テンプレートは在るけど、割と自由にレイアウト出来る」
生き生きと話す守田くんが凄く楽しそうで心底感心した。
本当に図書委員がしたくて希望したんだ? 雄大に対抗心とか抱いたのかと思ってしまった。
告白されたって言っても中学の時の話だし、きっともう私に特別な感情なんて無くて、クラスメイトとして接してくれているだけなのに。
ちょっと意識していた自分が恥ずかしくて、苦笑を溢して密かにフーッと溜息を吐いた。
「これで委員決めは終わりです。何か質問は有りますか? ……では解散します」
結局ジャンケンに負けた即席議長が学級委員に決定したらしく、会の締めを行っていた。
「じゃあ、また明日」
「うん」
にっこり微笑んだ守田くんに笑顔を返して筆記用具を鞄に仕舞った。
顔を上げると雄大と目が合ったけど……やっぱりフイと視線を逸らされて胸がズキンと痛む。
「ねぇ坂井くん、バスケ部練習観に行ってもいい?」
「あー……まあ、別にいんじゃない?」
「やったあ、行っちゃおー。ねえ、ユータって呼んでもいい?」
「……いーよ」
「あたしのコトも可憐でいいよ~」
傍には未だ笑顔の藤咲さんがくっついて居て……そのまま教室を出ていった。
……何よっ。当て付け?
いくら怒ったからって、私の前でそんなにベタベタしなくてもいいじゃない……!
……ううん、本当は分かってる。
雄大は昔から、寄ってくる女の子に対して絶対に邪険にしたりしない。
知ってるけど、でも……!
胸中に渦巻く感情を持て余して深々と溜息を吐いた。
皆が帰った後、そこにポツンと独り取り残されて下唇をぎゅっと噛みしめる。
……痛い。
それよりもお腹で何かがぐるぐると蠢いている様で気持ち悪い。
このモヤモヤした気持ちを本人にぶちまけたらスッキリするのかな。
数年前、幼馴染みから恋人に昇格したと思ってたけど、全然距離が縮まった感じがしない。
それどころか言いたい事も言えなくなっている気がする。
以前なら遠慮無く本音でケンカ出来たのに、付き合ってからはお互いに意識してるというか……何だかギクシャクしてる。
付き合ったって言っても、何回か手を繋いで……キス1回。終わり。
デートらしいデートすらもした事が無い。
でも、ファーストキスを交わしたあのバレンタインデーは、確かに気持ちが通じてた。
雄大と擦れ違って夜遅くまで帰らなかった私を必死で探してくれて、ちゃんと素直な気持ちも言えて……それで……
唇に触れた雄大を思い出して顔にカーッと熱が昇る。
そう言えば、あれ以来、雄大に自分の気持ちとか伝えてないな……
今晩、素直に話が出来ればいいけど……
普段より大分速い鼓動を感じながら熱い息をフーッと吐き出した時、ふと脳裏を掠めた雄大の科白。
『……アキラなんか、飽きる程……』
リアルに甦ったその声に胸がぎゅうっと締め付けられる。
守田くんの事、妬いてくれたのかと思ったけど、そうじゃない?
もしかして、私なんか本当に飽きた……?
ふと頭を過った思考に血の気が下がった。
だとしたら……まともなデートなんて一度もしないまま、こんな関係は終わっちゃうのかな。終わってしまったら、もう普通に話す事も出来ないのかな。
想像して本気で泣きそうになってしまった。
……嫌だ、そんなの。雄大と話も出来なくなるなんて絶対に嫌だ。
じんわり浮かんだ涙を慌てて擦って鞄を抱える。そして、もう一方の手を、キリキリと痛む胸元で固く握り締めて、足早に教室を後にした。