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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校生編
5/56

ココロの距離 1

『アキラが見上げる位でっかくなるから2年待てッ!!』

 ……そう宣言されてから約2年。言った通りにヤツはにょきにょき伸びて、今や私の15センチ程上にある目線。


「な~アキラ。英語のノート貸して」

「またぁ?」

「おれ今日当たるんだよ」

「……こっち5限だから昼休みまでに返してよねっ」

「勿論勿論。サンキュー」

 あれから無事に同じ高校に入学出来て、約束通り一緒に登校してるものの……相変わらずの関係が続いている。中学の終わりに一度だけ手を繋いだっきり、1ミリも進展していない。

(私達、ホントに付き合ってんのかなぁ……)

 ふと頭をかすめる思考に思わず溜息が溢れる。友達に、彼氏と何処だかにデートに行った、と嬉しそうに報告される度に羨ましくて。

 雄大はしょっちゅう家に遊びに来るけど、うちの家族と一緒にご飯を食べて、そのままテレビ見て笑っていたりするだけで。そんなのって、やっぱりデートとは言わないよね。

 一緒に登校している20分が唯一、二人きりの時間だ。

 それも、ドキドキする様な会話が交わされる訳では全く無く、下らない話をしてる間に学校に着いてしまう。

「ユータくん、おはよ~」

「っはよ」

「ねー、坂井くん今日日直じゃなかった?」

「あーやべ、忘れてた」

 クラスメイトらしき数人の女の子に囲まれて、私に軽く手を挙げて談笑しながら去っていく。

 いつもの事だ。背が伸びた雄大は、前にも増して人気がある様に見える。本当は、他の女の子と楽しそうに話なんかして欲しくない。

 ……でも言えない、そんな事。

 遠ざかっていく雄大の背中を眺めながら溜息を吐いてる自分は凄く嫌いなんだけど。そんな事を思って、一際大きな溜息を漏らしつつ、重い鞄を抱え直した。


「ちょっと、晶」

「……何? 梅ちゃん」

 同じく一緒の高校に上がった梅ちゃんこと小谷梅香に呼び掛けられて虚ろな声を返す。

「何じゃないよ。朝から溜息ばっかり」

「そーだっけ」

「悩み事?」

「……」

「ユータくんがどうかした?」

「べっ別にっ」

 不意に核心を突かれて、焦って噛み噛みになった私の悩みはバレバレ。梅香には昔から、どっちみちバレバレだけれども。諦めて、再び溜息を吐きつつ白状した。

「何かもう、自信無くて」

 無意識に零れる溜息と共に呟いた言葉に、黙って耳を傾けてくれている。有難い友達だ。

「ユータくんがモテるのは昔からだし」

「……そーだけど」

「でも、きっと晶しか目に入ってないよ」

 根拠の無い慰めに黙って梅香を見遣ると、彼女がやれやれといった風に小さく溜息を吐いた。

「毎朝一緒に登校してるんだし。自信持っていいと思うけどな?」

 新たな溜息をかみ殺しつつ、無言で俯いた私の肩を軽くぽんぽんと叩いた梅香は軽い調子で訊ねた。

「ね、バレンタインどうするの?」

「へ?」

「思いきって晶から誘ってみれば?」

「ええッ!」

「待ってて独り溜息吐いてるより良くない?」

 そりゃそうかも知れないけれど、誘った事なんて無いから考えただけでも物凄く緊張する。しかも断られたりしたら立ち直れない。

 色々考えて顔色が赤から青へと変わった私に梅香が微笑んだ。

「大丈夫だって。手作りチョコとか持ってさ」

「てっ手作り……?!」

「絶対喜んでくれるって!」

 梅香は料理とかも上手だし、去年それやって大成功だったらしいから良いけど……私は大の苦手。勿論チョコなんて作った事は無い。

「大丈夫、簡単だから」

 完全に青冷めた私ににっこり笑う梅香に、それ以上何も言えなくて、力無く苦笑するしかなかった。


 その日の学校帰りに本屋に立ち寄って、手作りお菓子のマニュアルを手に取った。本当に喜んでくれるだろうか。何でもいいから自信をつけたい。私が彼女だって実感したい。決意と共に小さく気合いを入れて、一番簡単そうな本を購入した。

 そのままスーパーに立ち寄って、失敗してもやり直しがきく様に3回分ぐらいの材料を買い込んで「頑張れ、私」と口中で呟きつつ気合いを入れ直して家まで小走りで帰った。

 ……んだけど。

 キッチンで格闘すること数時間。チョコを刻んで溶かして固めるだけの作業が上手く行かず、半泣きになっている私に、母が申し訳なさそうに話し掛けた。

「晶ちゃん、晩御飯作ってもいいかな……?」

 黙った私の後ろからテーブルをひょいと覗き込んで「美味しそうね」と微笑んだ。

「嘘!」

 目の前に転がってるのは、どれも形がいびつな泥団子みたいなトリュフなのに。

「1個味見させて?」

 中でも格段に見栄えの悪い代物にひょいと手を伸ばした母は、躊躇う事無くそれを口に入れた。

「あら、美味し」

「嘘っ」

「ホントよ、晶ちゃんも食べてみて?」

 促されて、怖ず怖ずと1つ摘んで頬張ってみた。ココアが多かったのか、凄くほろ苦くて泣きそうになった私に母が微笑んだ。

「晶ちゃんの愛情がいっぱい詰まってるんだもん。きっと喜んでくれるわよ、雄大くん」

 最後の言葉に思いきり咳き込んだ私の背中を慌てて擦りつつ、「あらあら、大丈夫?」と心配そうな声を出した。

「なっ何で……!」

 雄大と付き合っているなんて、一言も話していないのに。

「見てたら判るわよ」

 全く動じずににこやかに笑った母に、開いた口が塞がらない。

「さ、ラッピングして片付けましょ?」

 鼻唄を歌いながら山のような洗い物を片付け始めた母の背中を眺めながら胸がジーンと熱くなった。


***


 頑張ったから、一応渡してみようかな。

 どう見てもいびつなチョコの中からかなりマシな物を数個選んでラッピングして、ドキドキしながら鞄に入れた。

 今日の帰り、誘って渡せるだろうか。多分今年も山程貰うんだろうけど……

 考えて思わず溜息が零れたけれど、この不恰好が紛れるなら悪くない。いや、埋もれて欲しい様な欲しくない様な、複雑な心境で隣家の塀の前に立つ。緊張を和らげる為にひとつ深呼吸をした時、お隣の玄関ドアが開いた。

「アキラ、おはよっ」

「おはよ……」

 いつもと変わらない雄大の態度に、なるべく平静を装って答えるけど、内心物凄い動悸が踊っている。いつ何処に誘おうか考えている内に校門が見えてしまった。

「じゃあ、私お先っ!」

「……アキラ?」

 雄大が他の子にチョコを貰う所なんて見たくなくて、校門に着くまでに走って逃げた。結局、誘う事なんて出来なかった。せめて、部活が何時に終わるのか聞けば良かった。

 今更、後悔してもどうにもならない。相変わらず溜息の嵐な私を梅香が色々励ましてくれたけど、いっぱいいっぱいで耳に入らない。

 

 放課後までずっとそんな調子で、部活中も上の空。帰り支度をしながらそっと体育館を窺うと、雄大の所属するバスケ部はまだ練習している様だ。

 待ってようかな。それとも帰ってから渡そうか。いっそ、ロッカーに突っ込んで帰ろうか。

 体中を巡るドキドキが限界を越えて、思考が纏まらなくて泣きそうだ。

 ぐるぐる考え込む内に部活が終わったらしく、外に出てきた雄大に思いきって声を掛けようとしたら一足早く、知らない女の子が雄大を呼び止めていた。

「坂井くん、あの、あたし……」

 そんな光景は見ていられなくて、慌ててその場から逃げた。


「ユータのバカ……」

 雄大が悪い訳じゃない事は解ってるけど、そこしか当たる所が無い。校門を出てとぼとぼ歩きながら呟いた途端、ベシッという音と共に後頭部に鈍い痛みが走った。

「……っぁ……」

 頭を押さえて振り返ると、不機嫌な表情の雄大が立っていて息が止まった。

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