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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『きみの家まで』
42/56

誕生日

 あと4時間程で日付が変わる。

 課題をこなしていた手を止めて、規則的に刻む秒針を見つめながらフーッと息を吐いた。

 もうすぐ誕生日だ。それ自体は「ああ、17歳か」といった感じで特に感動がある訳ではないけど、寝て起きたら雄大とデートかと思うと落ち着いて座っていられない。

 再び机上の時計を見遣って、既に高鳴り始めた鼓動を両手でギュッと押さえた。


 とりあえずお風呂でも入って来ようかと腰を上げた時、窓をコツコツと叩かれてビクッと身体がしなった。

 其所そこを叩くのは雄大しか居ない。

 ドキドキしながら微かに震える手でカーテンを開く。私に向かって軽く右手を上げた雄大に「何?」と言いつつ窓を開けた。

 思いがけず逢えた雄大にニッコリ笑いかけたいとは思うのだけど、裏腹に私の顔はきっと引き攣っていると思う。


「何、緊張してんの?」


 ふ、と微笑んだ雄大に指摘されて顔が熱くなる。「別に」といつもの調子で軽く返す事も出来ずに瞳が泳いで視線を落とした。


「………アキラ」


 暫く漂った沈黙を破った雄大の声に顔を上げると、私をじっと見つめる真剣な眼差しが有った。ドキンと心臓が跳ねて「……何?」と掠れた声を絞り出すと、今度は雄大が俯いた。

 何か言いたげに口篭もって下唇を噛んだ雄大をドキドキしながら見つめていると、ふと顔を上げて視線が絡んだ彼が一瞬泣きそうに見えた。


「どうかした……?」


 訊ねた私を数秒黙って見つめた雄大がふわりと笑って明るい声を出した。


「アキラすげー緊張してるから、何かこっちまで緊張してきた」

「えっ」

「参ったな。そんなにおれの事がスキ?」

「ばっ……」


 さらりと言われて顔に熱が昇る。思わず投げつけそうになった「ばか」をゴクンと呑み込んで湯気を噴いた頬を両手で包んだ。


「……ッすきだよ」


 口の端を弛めていた雄大が「えっ」と一言発したまま、ポカンと口を開けて固まっている隙に「おやすみっ」と早口で告げて窓とカーテンを閉めた。

 ああもう。素直になるって本当に心臓に悪い。

 壊れそうにバクバクしながら閉まったカーテン越しに雄大を振り返って、ふと動きが止まる。

(そう言えば、何か話したそうだった……?)

 暫く待ってみたけれど再び窓が叩かれる気配もなく、気のせいだったのかと首を傾げつつ入浴の用意をして階下へと降りた。


***


 そして翌日、待ち合わせの時間まであと20分になろうかという頃、私は指定された場所に所在無げに立っていた。てっきり家から一緒に来るのかと思ったら駅前で待ち合わせ。

何か用事があったのかな……?

 腕の時計に落としていた視線を上げて周りを見渡しつつ、フーッと息を吐いた。

 流石に未だ来てないよね。それにしても、待ち合わせって何でこんなに緊張するんだろう。ソワソワしてドキドキして。梅香に言わせればそれがデートの醍醐味らしいけど、どうにもこうにも落ち着かない。

 そのうえ梅香のアドバイスで選んだ服は、初夏仕様で益々生地は薄くなった様な気がするし、前回同様……もしかしたらそれ以上に脚回りが何とも言えず心許無こころもとなく、自然に内股を摺り合わせる様な格好になってしまう。

(……早く来ないかなあ)

 雄大を探して視線を彷徨さまよわせる度に益々鼓動が速くなっていく。そのリズムを両手で押さえて深く息を吸い込んだ時、「アキラ」と呼ばれて思わず身体がピクッと跳ねる。聞き慣れたその声の方に視線を向けると、通りの向こうから駆けて来る雄大が見えて、またも心臓が跳ねた。


「悪い、待った?」

「あ、うっううんあの全然……!」


 これ以上無い程にどもった私にふっと破顔した雄大。笑われた理由が解りすぎるだけにカーッと顔が熱くなる。立ち尽くす私の頭の先から脚の先まで雄大の視線が移動して、益々体温が上がった。

 大丈夫かな。おかしくない?

 前回の服装は褒めてくれたし、梅香のお墨付きは貰ったから大丈夫だとは思うけど、何も言わない雄大に心拍数が上がる。

 ドキドキしながら固まっていると、雄大が軽く咳払いをしてモゴモゴと言葉を発した。


「あー……うん、可愛い」


 視線を逸らしたままの雄大に思わず「ほんと?」と問い返すと、こちらを向いた彼がハーッと溜息を漏らした。


「お前……照れ臭いの必死に我慢して褒めてんのにそりゃ無いだろ」

「えっ」


 そっか……頑張って褒めてくれていたのか。何だか嬉しい。

 ホッと安堵の息を漏らして改めて雄大に視線を移すと、いつもと雰囲気が違う事に気がついた。普段のラフなTシャツにジーンズといった格好とは違い、きちんと折り目の入ったダークグレーのパンツに襟シャツ。緩目だけれどそこに落ち着いたワインレッドのタイまでも下がっている。

 制服に良く似たその服装に特に違和感を覚えなかったけど、よく考えてみたら私服でそんな格好を見たのは初めてだった。


「今日……ジーンズじゃないんだね」

「まあな。どうよ?」


 どうって、そりゃあその……


「カッコいい……よ?」


 シャツにネクタイなら見慣れた姿では有るけれど、色合いが違うだけですごく新鮮で本当に格好良いと思う。

 頑張ってくれた雄大にならって褒めてみたけれど、確かにこれはすごく恥ずかしい。熱くなってしまった頬を感じながら俯くと、髪をクシャリと撫でられた。


「サンキュ」


 顔を上げるとそこに照れた微笑みが有って、体内の鼓動が大きく主張した。

 その笑顔のまま、ハイと手を出されて怖ず怖ずとその手を取った。絡められた指から速いドキドキが全身を廻って頬の火照りが治まらない。


「とりあえず、飯食いに行こっか」


 今は11時になったばかりで昼食には若干早い気もするけど、緊張して朝食を余り摂れなかった身体は鳴らないまでも素直に空腹を告げたので、同意して雄大に続いた。

 普段歩かない様な道をさっさと進む雄大に、何処に行くのか訊ねようと思ったらふと彼の足が止まって目前の建物を指差した。


「ここ」


 ここ……って……

 目の前の大きな建物を見上げて目を丸くしたまま雄大に視線を移すと、ふっと笑みを零した彼にクイと手を引かれた。


「行こ」

「ええっ」


 雄大に引っ張られて進んだ先には、ピカピカに磨かれた大きなガラスの自動ドア。

 ドアの両側には何やら重厚な細工の施された柱が待ち構えていて、一歩中に入ると足元が柔らかな赤い絨毯に沈んだ。

(え、ちょっ……何? ここって土足で入っていい所? それ以前に高校生が入って怒られないの?!)

 軽いパニックに落ちた私とは対照的に雄大は落ち着いたもので、傍で優雅なお辞儀をした制服の女性に笑顔を向けた。


「レストラン、予約したんですけど」

「有難うございます、エレベーターまでご案内しますね」


 やたら高い天井や、そこかしこに置かれた飾りなどにキョロキョロと視線を移しながら手を引かれるままエレベーターに乗って、案内の彼女が見えなくなった所で大きく息を吐いた。

 殆ど音も無くエレベーターが上がって行くにつれ、私の心拍数も上がっている気がする。


「ユータ、あの……」


 ようやく絞り出した震える声に、目的階に到着を告げる澄んだ音が重なった。エレベーターを降りて通路を歩きながら振り返った雄大が軽く首を傾げる。


「んー? 何?」

「だ……大丈夫なの?」

「一応タイ締めてきたし、まあ大丈夫なんじゃないの?」


 そういう意味じゃなかったんだけど。でも、そうか。ホテルのレストランに入る為に綺麗目な服装だったのか。

 納得した様なしない様な、複雑な心境で雄大を見つめる。


「心配すんなって。春休みに真面目にバイトしてたし」

「えっ」


 雄大がバイトしてたなんて初耳だ。驚きの連続で口の閉まらない私にふっと笑ってレストランの入り口を潜った。

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