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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『きみの家まで』
40/56

テストの後で

 まさかの雄大の結婚発言から約10日、今回最後のテスト科目を終えて思いきり伸びをした私に和やかに近付いて来た人影。


「晶ー」

「梅ちゃん」

「どう? 出来た?」


 小首を傾げて訊ねた梅香に「んー……」と暫し考えて「分かんないけど、まあまあかな?」と答えた。


「うっそ、いいなー」

「今回は真面目に勉強したからね」


 そうなのだ。いつもはテスト前になると急に大掃除などしたくなる私だけど、今回はずっと雄大が一緒だったから。しかも、目の前で熱心に勉強されると私もしない訳にはいかなくて、本当に真面目に勉強した。

 甘い雰囲気は皆無だったけど……

 そう考えて少し沈む。

 テスト勉強初日のキス以来、本当に何も無くて。ただ向かい合って、ひたすら勉強詰めの一週間だった。

 密かにドキドキしていたのは私だけなんだろうか。モヤモヤした胸の内を抱えて微かに溜息を吐いた私の方に「アキラ!」と弾んだ声が飛んで来た。

 声の方に視線を遣ると、教室の前の方から雄大が満面の笑みで駆けてくるところだった。


「一緒に帰ろ」

「えっ。う、うん」


 梅香が居るにもかかわらず、ニコニコしながら手を出されて固まった。いや、どうせ昇降口辺りから手は繋いで帰る訳だけど。誰にも見られていないとは思っていないけれど。

 でも、親しい友達の前でこんなにも堂々と。

 顔を引き攣らせた私に溜息を吐いたのは雄大ではなく梅香だった。


「晶いつまで固まってんの」

「え? いつまでって」

「クラス中に交際宣言してから2ヶ月程経つのに、未だ慣れないの?」


 それはそうなんだけど、でもやっぱり恥ずかしい。

 困った顔で俯いた私の頭がポンポンと叩かれた。


「いいよ別に」

「ユータくんは良いんだ?」

「うん。だって初々しくて可愛いじゃん」


 かっ……!?

 梅香の前で一体何を言っているのだろう。一気に顔から湯気を噴いて、半ば睨む様に雄大を見つめると、にっこりと微笑みが返ってきた。


「あー……ゴチソウサマ」


 苦笑を漏らしてバイバイと手を振った梅香に反論する間もなく、「行くぞ」と腕を掴まれて教室を後にした。


***


「ちょっ……ユータっ」


 そのまま昇降口まで引き摺られる様に歩いて、ようやく掴んでいた私の腕を放した雄大に抗議の声を上げると、口の端を弛めた雄大から「何?」と笑いを含んだ声が落ちて来た。


「な、何って……」

「何だよ、分かんないのに怒ってんの?」

「……ッ」


 可笑しそうに小首を傾げる雄大に返す言葉は無く、無言で肩口に平手打ちをお見舞いした。


っ。何だよ」

「なんでもない!」

「うわー……理不尽」


 大げさに痛がる雄大にくるりと背を向けて校門に向かって速足で歩き出すと、クスクスと笑いを零したまま後ろを着いてくる。

 その様子から、照れ隠しなのはどうやらバレバレの様だ。

 心の内が筒抜けかと思うと益々恥ずかしくて、一層体温が上がった気がする。


 学校を出て数分後、すっかり校門が見えなくなった頃、ふと手を握られた。

 驚いて雄大を見上げると、苦笑気味に「此処ここなら良いだろ」と言った。


「……うん」


 繋がれた手は直ぐに指も絡められて、そこから速い鼓動が全身を廻る。

 たったそれだけで一杯一杯になってしまって地面を見つめた。

 いつまで固まってるの、と言われても自分ではどうにもコントロール出来ないのだ。

 そんなのが可愛いって本当だろうか。そうっと窺う様に雄大を見上げると、こちらを見ていた彼と視線が絡んで顔から火を噴いてしまった。

 つられたのか、僅かに頬を染めた彼がコホンと小さく咳払いをして向こうを向いた。


「あー……のさ、」


 そのまま黙々と歩いて自宅前に着いた時、沈黙を破ったのは少し掠れ気味の雄大の声だった。


「は、ハイ?」


 緊張し過ぎて声が裏返ってしまった私にふっと吹き出した雄大が、その笑顔のまま此方こちらを向いた。


「なんで敬語なんだよ」

「や、別に」


 モゴモゴと答えた私に雄大が「なあ」と言った。


「うん?」

「来週どうする?」

「え?」

「土曜日だし、ちょっと遠出も良いかもな」


 来週? 土曜日? なんだっけ。何か予定が有っただろうかと首をひねる私に雄大の苦笑が落ちる。


「マジか」

「何が?」

「誕生日だろ、アキラの」

「あっ」


 そうだった。綺麗さっぱり抜けていた。

 まあ誕生日と言っても、小さな頃の様に家族で誕生祝いをする訳でもないし、何か欲しいものは有るかと訊かれるぐらいで。

 そういえば、未だ希望とか何も訊かれてないな。遂にプレゼントすらも無くなったのだろうか等と考えていると、雄大が「で、どうする?」と重ねて言った。

 ……どうする? えっと、


「………何を?」


 首を傾げた私に雄大は、これでもかという程の呆れ顔で深々と溜息を吐いた。何かマズいことを言っただろうかと不安な面持ちで見つめていると、ガックリと項垂うなだれた彼がチラリと私に視線を向けた。


「……もしかして拒否?」

「え?」

「おれと祝うのは嫌な訳?」

「へ?!」


 嫌って何が? どうしてそういう流れになるの?

 吃驚びっくりして雄大を見つめた私に彼は数回の瞬きをして「マジか」と再び呟いた。


「だから……2人でお祝い」

「え? ユータん家と合同?」


 10日しか違わない雄大との合同誕生会は、小さい時は良くある話だった。でも、小学校を卒業した頃からパタリと無くなったのに。

 大真面目に問い返した私に、雄大の返事は溜息のみだった。


「何で今更、誕生会なんだよ。そーじゃなくて」

「え?」

「2人っきりでアキラの誕生日を祝おうっつってんの」


 暫く無言のまま固まって、「ええええっ!」と頓狂とんきょうな声を発した私は更なる重い溜息を浴びた。


「あー……へこむ」

「ごっごめっ」


 だって、16年……もうすぐ17年一緒に居て、そんな事を言われたのは初めてなのだ。

 私の誕生日に、雄大と2人っきりで?

 驚き過ぎて呑み込めなかった台詞をゆっくりと消化して、じわじわと嬉しさが込み上げる。それが胸一杯に拡がって、やや涙目になりつつ「……ホント?」と呟くと、一瞬目を見開いた雄大が視線を泳がせて「ああ」と肯定の声を漏らした。


 耳を赤く染めて向こうを向いた雄大に鼓動が高鳴る。

 お隣さんとかそういうんじゃなくて『彼氏』として祝ってくれるってことだよね?

 わー……どうしよう。すごく嬉しい。

 ひたすら感動していたら、振り向いた雄大が「何か希望、有る?」と訊いた。


「え?」

「行きたい所とか、欲しい物とか」

「うーん……」


 未だ驚きの残った頭にそんな事を考える余裕は無く、手を顎に当ててうなったっきり黙っていると、苦笑した雄大がポンポンと私の頭を叩いた。


「まあ、考えといて」


 何だか初デートの時もそんな事を言われた様な気がする。

 私は雄大となら本当に何処でも楽しいから、絞るのにまた悩みそうだと思っていると、大きな手が再びクシャリと私の髪を乱した。


「アキラさえ良ければおれが考えるけど」

「え。いいの?」

「うん。でも希望有ったら遠慮なく言えよ?」

「ありがと……」


 悩む私を気遣ってくれた雄大のさり気ない優しさが嬉しい。自然に笑みを零して雄大を見上げると、軽く頭を掻いた彼が視線を横に逸らした。

 その頬は赤く染まっていて、より一層鼓動が速くなった。

 自宅前で2人立ち止まったまま、赤い顔で固まっている様はさぞ滑稽だろうと思うけど、このままさっさと家に入ってしまうのも何だか淋しい。


 どうしようかと暫し悩んだ後、モジモジといじっていた斜め掛けの鞄の紐をギュッと握り締めて、深く息を吸い込みながら顔を上げた。


「あ、のっ……!」


 意を決して発した台詞は雄大のそれと重なった。お互いに顔を見合わせてパチパチと瞬きをしながら発言の順番を譲り合う。

 数回の「どうぞ」を繰り返して先に言う事に決まった雄大が、コホンと1つ咳払いをして「良かったら家でお茶でも飲まない?」と言った。

 思わず吹き出した私に「何だよ」と不機嫌な声が落ちた。


「ごめん、だって」

「だって?」

「私も……言おうと思ったから、それ」

「へ?」


 まるで心の内が漏れたのかと思う程、考えたままの台詞を言われて吹き出さずには居られなかった。

 たったそれだけなんだけど、何だか通い合っている様な気がしてとても嬉しい。


「テスト前ずっとユータん家行かせてもらったし、良かったら今日はうちにどうぞ?」

「……そう? じゃあ……お邪魔しようかな」


 やや歯切れの悪い返事をした雄大が、半歩遅れて私の家の門をくぐった。そこから数メートル入った玄関の前で鞄を開けて鍵を探していると、「……小母おばさん、居ないの?」とボソリと呟いた。


「あ、うん。今日はカルチャースクール」

「……そう」


 ドアを開けて先に中へと入る。開いた玄関ドアの外にたたずんだままの雄大に「どうぞ」と促すと、固い表情で「……お邪魔します」と呟いた。

 さっきまで笑っていたのにどうしたのだろう。そっと入って来た雄大の表情を窺っていると、ドアが閉まった瞬間、伸びて来た腕にキュウッと抱き締められた。

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