素直になれない 2
「ヤダ~、雄大くん!」
「ねぇユータ、受験終わったら遊びに行こうよ~」
梅ちゃんに心配された数日後の帰り際、ばったり出くわしてしまった。
楽しげな女の子に囲まれた雄大。
今、一番見たく無かった光景。
固まった私と振り返った雄大の視線が合う。その瞬間、考えるより先に踵を返して逃げていた。
「あっ、ちょっ……アキラ!?」
後ろで私の名を呼ぶ雄大の声を聞いたけど、止まりたくなかった。
「待てよ!」
校門を出る直前、腕を勢い良く掴まれた。
振り向かなくても判る、物凄く聞き慣れた声。
「放して!!!」
目一杯暴れても、掴まれた腕は振り解けない。
……ちから……強くなってる……
それが、私の知ってる雄大では無い様で、益々哀しくなって涙が滲んだ。
「おっ、おい……」
オロオロと狼狽えた雄大の前で不覚にも零れた涙。
「…………で……」
「え?」
「……ッも……話し掛けないで……!」
絞り出した声に雄大の手が緩む。
「あんたなんか大ッ嫌い!!!」
悲鳴の様に叫んで、そのまま振り返る事なく全速力で家まで走って帰った。
***
……つい数時間前、大嫌い宣言したばっかりなのに。
夕食前、リビングでぼんやりテレビを眺めていると、部屋に響くインターホン。
「晶、出て~」
「……はーい……」
渋々玄関を開けると、今一番逢いたくない人が立っていた。
何も言えずに固まっていたら、後ろから手を拭きながら現れた母。
「あら、ユータくん。いらっしゃい」
「あ、コレ……みかんなんスけど、お袋が」
「あら、有難う。どうぞ、上がって」
……お隣さんなんてキライ……
楽しそうに弾む母の声を背中に聞きながら、さっさとリビングに引っ込んだのに。
「晶! ユータくんにお茶容れてー」
……ヤダ。
玄関から響く声に、リビングでクッションを抱えて沈黙を返す。
「ちょっと、晶。晶ちゃん?」
お願いだから呼ばないで欲しい。母の弾む声に益々気持ちは沈んで両耳を掌で塞いだ。
「何なのかしら、あの子? 学校から帰ってずっとボーッとしてるし……ごめんなさいね」
「イエ……おれ、もう帰るんで」
「あら、もう?」
「ウチも、もーすぐ晩飯だし」
「そう? じゃあお母さんに宜しくね」
「ハイ」
閉まる玄関の音に胸がきゅっと痛む。
雄大が帰って暫くして、母に声を掛けられた。
「晶ちゃん、ご飯よ」
「……要らない」
「どうして? どうしたの?」
「……お腹痛い」
「え? あら大変」
慌てて救急箱を漁る母を横目に、そっと階段を上がった。
「はい、コレ! あれ? 晶ちゃん……?」
母の声を小さく聞きながら、自分の部屋のドアをパタンと閉めた。
部屋に篭って、薄暗いなか電気も点けずにベッドに転がる。
お腹痛いなんて勿論嘘だけど、胸が凄く痛んでるからあんまり変わんない。
明日からだって、きっとばったり逢っちゃう。
もう……学校だって行きたくないよ。
私を好きだと言ってくれた真剣な雄大の瞳はウソじゃないと思うけど、あっという間に失恋だなんて痛すぎる。
喜んだ分余計にショックだよ。
こんな事なら今まで通り、ただのお隣りさんで居れれば良かったのに。
15年間の想いが溢れて涙が止まらない。
心配してドアを叩く母を無視して、声が洩れないように枕を濡らした。
母が諦めて降りた頃、静かな部屋にメールの着信音が響いた。
暫く放置した携帯をそっと手を伸ばして開いたけど、発信者が『ユータ』になってるのを見て慌てて閉じた。
閉じた瞬間、再び鳴るメール着信音。
やっぱり雄大。もうっ、どうして!?
混乱して、携帯をその場に置いたまま、狭いベッドの上で後ずさる。
そしたら、今度は着信。
留守電設定時間まで鳴り響いて……静まり返る部屋。
もう一回鳴るかと暫く待ってみたけど、鳴る気配は無くて。
そわそわして悲しくて、鳴咽が込み上げる。
そのままにしても、どうにも落ち着かないので、涙を拭って恐る恐るメールを開いた。
[話すなって言うからメールにしたんだけど……]
……1通目……これだけ?
何度も見直して、2通目を開こうとしたら窓に何か当たる音。
そっとカーテンを開くと、長めの定規を握った雄大。
「何やってんのよ」
窓枠に不貞腐れた様に座って俯いて定規を弄ぶ雄大に、窓を開けてボソッと呟くと沈黙が流れた。
「メール見た?」
「え? 1通目だけ……」
突然の質問に訳が判らないまま返事をすると、またも沈黙が流れて。
「………消して」
「な、なんで……?」
私の問いには答えずに雄大が重い声を出した。
「……なあ」
「え?」
「今日のって本気?」
かなり躊躇して、沈んだ声で呟いた雄大に心臓が跳ねる。
「おれ、なんか意識し過ぎて……」
「……」
「何話せばいいのか判んなくて」
雄大の発する声を聞きながら身体中ものすごい勢いで駆け巡るドキドキに翻弄されている。
「こんなの初めてだからさ……」
私も凄く緊張してる。
溢れた想いが言葉にならなくて、ただ黙り込んだ。
「……例えアキラがおれの事嫌いでも……おれは……」
呟く雄大の声が段々ちっちゃくなって。
何も言わない私をちらっと見て、窓枠から降りた。
「ごめん……おやすみ」
すっかり沈んで窓を閉めかけた雄大に、思わず呼び掛けた。
「ま、待って!」
動きの止まった雄大に、込み上げる涙を必死で堪える。
「嫌いなんて、ウソ………」
必死で出した声は自覚が有る程に震えていて、しかも嗚咽に呑み込まれてしまいそうだ。
「あれからユータと凄い距離があって」
「……」
「なのに、他のコとは凄い楽しそうで……ヤだった……んだもん……」
「……え」
我慢しきれなくなって、遂にポロポロ泣き始めた私に、雄大が何故か赤面。
浮かんだ笑いを隠すように口元に手を当てて視線を逸らしてる。
「何、笑ってんのよ……!」
「や、ゴメン、だってさ」
膨れた私を下から見上げるように見つめて呟く。
「……ヤキモチ……?」
一気に湯気を噴いた私に嬉しそうに笑った。
「ち、ち違うわよッ!」
「へ~……」
照れ笑いを堪え切れない雄大に、思いつく限りの悪態を吐いて窓とカーテンをぴしゃっと閉める。
頬に手を当てると本当に熱くて。
「……バカユータ……」
壁を擦るように力無く座り込んで膝を抱えた。
暫く、物凄い赤面と自己嫌悪に陥っていて、ふと思い出して携帯に手を伸ばす。
(そういえば、メール消せって……?)
ちょっとドキドキしながらメールを開くと、そこには。
[このまま話せなくなるなんて嫌だ。
マジでアキラの事……すきなのに……]
画面にぽつぽつっと落ちる涙。
……消す訳ないよ。
こっそり保存して、ぎゅうっと携帯を握り締めた。
***
「おはよ」
「……はよ」
翌朝、玄関先で出会った雄大と久し振りに交わした普通の会話。
「アキラ、志望校、N校だよな?」
「う、うん」
そのまま沈黙が流れる。
「……おれさ、」
「うん?」
「頑張って絶対受かるからさ」
「うん」
「……高校も一緒に登校しような?」
嬉しくて朝から瞳が潤む。
「……うん……」
俯いて目頭を擦った私の手が不意にそっと握られて、心臓がドキンと跳ねる。
ビックリして雄大を見ると、頬を赤らめて視線を逸らしていて。
ドキドキしながら、声に出さずに小さく、スキって呟いた。
ここで中学生編は終わりです。
次は高校生編です。
そのうち差し込みで受験話とか入れるかもしれませんが……未定です。