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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
30/56

待ち合わせ(日曜日)

 翌朝、何となく早くに目が覚めて眠い瞼を擦った。それというのも、やはりというか予想通り中々寝付けなかったから。

 なんたって人生初体験だからね……ああ、ドキドキする。

 雄大とデートだけでも緊張で鼓動が暴れまくっているのに、それに加えてコレ……

 目の前で拡げた淡いピンクの花柄レースにこれ以上無い程の溜息が掛かる。

 もし、退かれたり笑われたりしたらどうしよう。立ち直れない。トラウマになってしまいそうだ。

 一際大きな溜息を吐いて、手にしたヒラ布をショップの紙袋に突っ込んだ。

 ……コレは後で考えるとして、取り敢えず部活に行こう。考えるというよりも、覚悟を決めると言った方がしっくり来る様な気がするけど……

 止まらない溜息を携えつつ、のろのろと制服に着替えて階下へと降りた。


***


「……以上です。何か質問はありますか?」


 特に何の問題もなく終わったミーティングが解散されて、鞄を抱えて昇降口へと降りる。

クラブ仲間と別れて家に近付くにつれ、忘れていた緊張が舞い戻ってきた。

 あー……どうしよう。あと2時間もしない内に、あの服を来て雄大の前に立っているかと思うと、恥ずかしくて穴を掘って埋まりたくなる。

 待ち合わせの時間までは大分余裕があるのだけれど、ドクドクと全身を廻る鼓動に比例して、知らず早足で家路を辿っていた。


 帰宅して、取り敢えず動悸を治める為に水を一杯、勢い良く体内に流し込んだ。

 今日は出掛けると伝えておいたので、父母も揃って何処かに出掛けたらしい。ダイニングテーブルに『冷蔵庫にカレーがあります』とのメモが一枚。

 信用されてるのかなんなのか、軽く放置気味だ。

 まあ、何処に行くの誰と行くのと事細かに追求されるよりずっといい。

 リビングの時計を眺めて、そろそろ覚悟を決めるかな、ともう一度溜息を吐き出して2階の自室へと脚を向けた。


***


「……いってきます」


 誰も居ない家に向かって習慣で呟いて外に出る。頬を撫でる春風は本当に心地良いのだけれど、同時に太股も撫でていく風に、スカートが捲れていないかと冷や冷やしながら待ち合わせ場所を目指す。

 駅前が見えてくるにしたがって、体内に治まりきれない鼓動が溢れて全身を包んでいる。

 ドキドキドキドキドキドキ……

 ああもう。本当に心臓に悪い。


 少し広めの歩道を歩きながら、ショーウィンドウに映る自分の姿をチラリと見遣る。

 ああー……駄目だ。家でも勿論鏡は見てきたけど、何度見ても恥ずかしい。梅香は絶賛だったけど、自分ではどうしても違和感を感じる。

 何度目かの溜息を密かに吐き出して、再び前を向いて歩き出そうとしたら、突然後ろから「危ない!!」と叫び声がした。

 その声に振り向く間もなく、ぐいと腕が引かれたかと思うと、身体の直ぐ脇を自転車が走り抜けていった。


 ……え? 一体何がどうなったの?

 茫然と立ち尽くしていると、頭の直ぐ上から溜息と声が降ってきた。


「……高橋さん、大丈夫?」


 声を見上げると、其処には心配そうな守田くん。

 その胸に抱き寄せられる様に立っている自分にハッと気付いて、慌てて数歩下がって頭を下げた。


「ご、ごめんね」

「いや……大丈夫だった?」

「うん。あの……ありがとう」


 自転車に危うくぶつかりそうだった自分を助けてくれた彼に、改めてお辞儀して御礼を述べると彼が少し微笑んで言った。


「無事で良かった」


 そう言って、「じゃあ」と右手を上げようとした彼の顔が一瞬歪んだ。

 不思議に思ってその手を良く見ると、手の甲が赤くなっている。それに、擦り傷も。


「守田くん、ケガ……!」

「……大した事無いよ、かすり傷」

「でも……!」


 自分を助けようとケガをしたのは明白だ。辺りを見ると、直ぐ傍にポールが立っている。

きっと、私を引き寄せた時に弾みでぶつけたのだろう。

 オロオロする私に僅かに微笑んで、足元に落ちていた本屋さんの紙袋に手を伸ばした。

 しかし、拾おうとしたそれは、彼の右手からすり抜けて再び地面に転がった。


……」


 彼の口から漏れた小さな呻き声を耳にして、慌ててその紙袋を拾った。


「私が持つよ」

「え? いいよ」

「だって……!」


 彼の左手には重そうな鞄が下がっているし、紙袋に本も数冊入っているのか、結構重い。

 さっきの様子を見る限り、これを持って移動するのは難しそうだ。


「いいよ。……坂井とデートなんでしょ」

「へ?!」


 や、そうだけどっ。そうか、この間の昼休みに教室に居たのか。

 カーッと顔に血が駆け上った私に、暫くの無言の後「……だから、いいよ」と俯き気味に呟いた。

 そう言われても余りに申し訳なくて、彼を見上げて本を抱え直した。


「だ大丈夫。せめてこれだけでも持たせて?」


 先程チラッと見えた守田くんの腕時計は11時40分を指していた。其処の本屋さんから徒歩圏内の彼の家はそう遠くはないだろうし、少し遅れるとしても雄大に連絡を入れておけば……

 そう考えて、困惑気味の彼に精一杯微笑んだ。


「守田くんの家まで、持つよ」

「………ありがと」


 ボソリと呟いた彼に続いて無言で歩き出す。私の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる彼は、やっぱり時を経てもいい人だ。


 それから10分程歩いた所に彼の家は在った。良かった。今ならまだ何とか約束の時間に間に合いそうだ。

 安堵した私の前で彼がドアの鍵を開けようとしてるけど、どうみてもその手は痛そうで、慌てて代わりに鍵を開けた。そのまま、荷物を抱えてリビングへと入る。

 指示された所に本を置いて、ここまで来たらとついでに手の消毒を申し出ると、驚いた様に目を見開いていたけど、やがて液体の消毒液を出してきてくれた。


 手を水で洗ってソファーに掛けた彼の隣に座って、消毒液を垂らす為に彼の手を取った。

 その様子をまじまじと見つめられて何だか緊張してしまう。

 慎重に消毒して絆創膏を貼った後、手元に落としていた視線をふと彼の顔に移すと、慌てて視線を逸らされた様に見えた。

 ……何だろう? 疑問に思いながら手当てが終わった事を告げると、彼がモゴモゴと口篭もりながら「ありがとう」と言った。


「ううん、こちらこそ……本当にごめんね?」

「いや……それより、時間大丈夫?」


 言われて時計を見上げると、既に12時を3分程過ぎている。大変だ。慌てて鞄を開けて携帯を探った。


「……うそ、無い」


 そう大きくない鞄の中を幾ら探しても携帯電話は見つからない。忘れてきた? どうしよう。家に取りに帰っている暇は無い。いっそ連絡を諦めて待ち合わせ場所まで走った方がマシかな……

 考えていると、守田くんが遠慮がちに口を開いた。


「携帯、無いの?」

「うん……忘れてきたみたい」

「番号覚えてる?」

「え? うん」


 キョトンと頷くと、「良かったら俺の、使う?」と彼の電話が目前に差し出された。


「いいの? ありがとう」


 有難く受け取った携帯電話を開いて、記憶している番号をプッシュする。

 数回のコールの後、「………もしもし?」と躊躇いがちに発せられた聞き慣れた声に、謝罪と共に自分の名前を名乗った。


「ごめん、あの私。晶」

『え? アキラ? この番号って?』

「あ、守田くんに携帯借りてて……」

『は?』

「あの、駅に行くまでに自転車にぶつかりそうになっちゃって。助けてくれたの」

『………今どこ?』

「守田くん……」

『はあ?!』


 最後まで言わないうちに雄大に怒った様に聞き返されて身体がビクッと跳ねる。


「あ、あのそれで、ちょっと遅れるけど……」

『何だよそれ』


 明らかに不機嫌な声で吐き捨てる様に言われて胸がズキズキ痛む。確かに遅れたのは悪かったけど、そんなに怒らなくても……

 じんわりと込み上げる涙を必死で堪えていたら、更に怒りの滲んだ声で問い掛けられた。


『……守田そこに居んの?』

「あ、うん……」

『代われよ』

「え?」

『早く代われよ!』


 怒鳴られて身体がビクッとしなる。何でそんなに怒るの? 説明位させてくれたって……

 携帯を握り締めて嗚咽を堪える私の横に守田くんが立っていて、無言のままケガをしていない方の手を出した。

 怖ず怖ずとその手に携帯を返すと、「それでも飲んでて」といつの間に容れてくれたのか、リビングテーブルに置かれたコーヒーを指して部屋から出て行った。

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