素直になれない 1
お隣さんのユータこと、坂井雄大は、産まれた時から一緒に居る。
ずっとケンカばっかりしてたけど、ある日気付いたら雄大に恋……してて。
でも、雄大は私の事なんて只の隣人としか思っていない。
解っていても、消せない恋心を密かに抱えて、せめて気まずくならない様に自分の気持ちを押し込めていたんだけど……
それは、誤解だった。
お互いに、只の幼馴染みだと思われていると思い込んでいたらしい。
そんな誤解が晴れて、遂に先日、告白された。
何か、夢みたい。
……本当なら今頃はデートとかしちゃったりして、すっごい楽しい毎日……の、筈なんだけどなあ……
***
「……ユータくん、最近ノート借りに来ないねえ?」
前の席で横向きに座って、あたしの机に両手で頬杖をついた梅ちゃんに話し掛けられて溜息を返す。
「……うん……」
「……ケンカでもした?」
……告白されたよ。
「……ううん」
「あたしで出来る事あったら言ってね?」
「……ありがと、梅ちゃん」
元気無く微笑んだ私に心配そうな梅ちゃん。
……最近、雄大はノートを借りに来ないばかりか、朝とか偶然会ってもボソッと挨拶するぐらいで……会話も無い。
そのくせ、他の女の子には今までみたいに、すっごい愛想良くて……
胸が締め付けられる。
……やっぱり、間違いだったのかな。
私……からかわれた?
それとも、本当に夢??
じわっと込み上げた涙が周りから見えないように、慌てて指で拭った。
***
「………」
「おい、何膨れてんだよ」
広げたノートに突っ伏して、ムッとした顔で固まった雄大に、家庭教師が溜息混じりに問い掛ける。
「……別に……」
「頑張れよ。もうすぐ受験だぞ」
「……ん〜……」
「こないだの、あの子と同じ高校に行くんじゃないのか?」
「……」
「この前まで凄いやる気だったろ」
その言葉に派手な溜息を返す。
「……おれ……志望校変えようかな……」
「は? なんで。頑張りゃ行けるレベルだって」
「……」
それには答えず、机上に深い溜息を拡げた。
「……何かあったのか?」
「………気まずくて」
「は?」
「……おれ……どーすりゃいいの?」
「……話が見えない」
困惑した家庭教師に、突っ伏したまま視線を向ける。
「……おれ……この前センセ帰ってから告ったんだけどさ……」
「……フラれたのか?」
「……上手くいった」
雄大の答えに安堵の溜息が吐き出された。
「なんだ、じゃあいいじゃん」
「……良くねーよ……」
「何で?」
家庭教師の当然の問い掛けに深い溜息を返す。
「……あれから、何か……ぎくしゃくして」
「……」
「……上手く話せねーの」
落ち込む雄大に何と返せば良いのか、悩んで黙り込む。
「……センセ、おれどーすりゃいいの?」
「……うーん……」
「何だよ。センセ、モテんだろ。教えてよ」
期待の篭った雄大の視線に内心冷や汗を流す。
まさか、押し倒せとアドバイスする訳にもいかず、散々考えて重い口を開く。
「……悪い、判んね」
「は?」
「そーいう経験無いからさ……」
「……」
「……でも、素直になればいいんじゃねぇの」
至極無難なその回答に黙って考え込んだ。
「でも、会ったら何か気まずいんだよ」
「……両想いなんだろ?」
「……一応……」
「じゃあ、相手だって緊張してるだけかも知れないし……」
室内に何とも言えない重い沈黙が漂った。
「会いたいだろ?」
「……うん」
「じゃあ、会ってお前の気持ち言えば?」
静かな部屋に響く何度目かの雄大の大溜息。
「……考えただけで緊張する……」
「……それは解るけど」
呟いた家庭教師に視線を戻して力無く訊いた。
「……センセもカノジョにそゆ事、言った訳?」
不意に矛先が自分に向いて思わず赤面した家庭教師に、雄大のテンションが急激に上がった。
「うわ、赤くなった」
「ッるせえ!」
「可愛いな、センセ。何、何? 何て言ったの」
「あーもう止め止め。いいから次の問題!」
慌ててノートをパンパン叩く家庭教師を完全無視で食い下がる。
「参考の為に教えてよ! 可愛い生徒の頼みだろ?」
瞳をキラキラさせて詰め寄る雄大に顔を引きつらせて固まる。
「自分で言うなッ!」
「ケチ。いーよ、じゃあ彼女さんに訊くから」
「!?」
携帯を取り出してプッシュし始めた雄大のそれを慌てて取り上げた。
「止めろ、言うから!」
「最初っから素直に言ってよ、何何?」
楽しげな雄大に反比例して沈んだ家庭教師が、重い溜息を吐きつつ消えそうな声で呟いた。
「……夜中に逢いたくて家の前まで行って……」
「おお! それで?」
「………逢いたかった、って………」
「うわ、かっけ〜センセ! で、カノジョ何て?」
「……あたしも、って言われたよ」
ヒューッと冷やかす様な雄大の口笛が響いて、家庭教師の赤面度が上がる。
「……ッもういいだろ!! 大体、いつ彼女の電番訊いたんだよ!?」
「訊いてねーよ?」
「は!?」
「さっきのは嘘」
無邪気な雄大の笑顔に、家庭教師の血管が音をたててキレた。
思わず、握っていた雄大の携帯を叩き壊そうとした彼から必死でそれを取り戻す。
「う゛わ゛、センセ悪い! マジごめんって!!」
その後、襟首を掴まれて臀部をひっ叩かれる雄大の悲鳴が暫く響いていた。
『お仕置き』の後、じんじん痛むお尻を押さえつつ、不機嫌な家庭教師に向かって雄大がボソッと呟いた。
「……でも、センセ、マジかっけーな……」
「……あ?」
「……おれも……そゆ事言えたら変わんのかな……」
「……言ってみれば」
「……」
「……気持ち……言わなきゃ伝わんねぇよ」
「……センセ、伊達にモテてねーな」
「受け売りだけどな」
そう言って苦笑した家庭教師にハニカんで、やりかけだった問題に手を付けた。