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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
27/56

相談(木曜日)

 日曜日、雄大とデートかあ……

 「デート」って響きだけでドキドキしてしまって、これでもかという程に授業が右から左へと流れて行く。

 それ程に甘美な響きでは有るのだけれど、問題が一つ。

(……デートって、一体何するんだろう……)

 何せ、経験が無いのだ。要するに、2人で何処かに遊びに行ったりするんだよね?

 雄大と2人きりで遊んだ事なら、無論有る。でもその行き先は、近所の公園だったり、河原だったりする訳で。

 小学生だった頃の、そんな日常の遊びはデートじゃないもんね……

 後は、お互いの部屋でトランプとか、ボードゲームとかしたっけ。2人でやってもつまんないって言って、直ぐにそれらを放り出して、結局外に出て行ってた。

 雨の日は仕方なく家に居たけど、おままごとをやろうと提案して完全却下を食らった事も有ったなあ。

 そう言えば、雄大の部屋って暫く入ってないな。もう何年になるんだろう。

 模様替えとかしたのかな。ちょっと入ってみたい気もするけど、見慣れた家の中じゃデートって雰囲気には成らないのかな……


 午前中一杯考えてみたけど良い案は浮かばず、ここはひとつ経験者の意見を聞こうと昼休みを待って話しかけた。


「ねえ、初デートって何処に行ったの?」

「へ?」


 もどかしく弁当の包みを開きつつ声を潜めて訊ねると、返ってきたのは半分裏返りかけの素っ頓狂な声。

 分かってる。唐突だって事は分かってるよ。

 でも私は朝からずーっと考えていた訳で、一刻も早く答えが聞きたい。

 口を開けて固まったままの梅香をソワソワと見つめる私に、瞬きを何度か繰り返して「ああ、」と納得した様な声を漏らした。


「分かった、ユータくんとデートするんだ?」

「しー!!」


 弾んだ声を上げた梅香に大慌てで人差し指を口元に構えたけれど、時既に遅し。

 おそらく、クラス中……雄大を含め半分ぐらいはこの場に見当たらないけれど……に知れ渡ってしまった空気を感じて、居たたまれない。

 カーッと火照る頬を抱えて、身体をちっちゃくしてうつむいた私に「ごめんごめん」と苦笑しつつ謝ってくれたけど、もう遅いって。


「んーと、最初のデートは映画だったな」

「……そうなんだ?」

「映画館って、となりの席近いじゃない? ドリンク取ろうとしたら手が触れちゃって、ドキッとした事有るな〜」


 すっかり空中を眺めて語られる梅香の思い出話に、内心苦笑を漏らしつつ相槌を打っていると、更に続いている惚気のろけ、もといアドバイス。


「で、晶は何処行くの?」

「それが分かんないから梅ちゃんに訊いたんだよ」

「行きたいとこ、無いの?」

「ユータにもそれ言われた」

「何て答えたの?」

「……ッ」


 『ユータとなら何処でもいい』と口走ったなんて、梅香にバラそうものならこの先何ヶ月からかわれるか分からない。

 口をつぐんで熱い顔と闘っていたら、少し頬を弛めた梅香が「まあいっか」と小さく溜息を吐いた。


「じゃあ、ショッピングとかは?」

「え……何処に?」

「何処でもいいよ、駅前ぶらぶらするとか」


 雄大と一緒に服とか買いに行くってこと? 自分の胸元に服を当てつつ首を傾げて「似合う?」とか言うの? うわー……なんかダメっぽい。恥ずかしくてそんな事言えないよ。

 赤面と共に絶句した私に、新たな溜息を重ねた梅香は、次の案として遊園地を打ち出した。


「……それは、ちょっと金欠かも」


 遊園地といえば、結構お金が掛かるイメージが有る。着ていく服だって買いたいし……って、デートって何着て行けばいいの??

 新たな悩み噴出で、更に頭を抱える羽目になった私の肩を、ポンポンと叩いた梅香が苦笑しつつ提案してくれた。


「わかった、じゃあ土曜日にでも服観に行こ」

「梅ちゃん!」


 持つべきものは友達だ。デートの行き先は未だ決まっていないけれど、「夜にでも相談しよう」って雄大に言われてるし、梅香の意見も参考にして後で決めればいいかなあ。

 夜か……ドキドキするなぁ。パジャマ? それともお風呂入らずに待ってる? でもそれだとゆっくり話出来ないかも。やっぱり先にお風呂かな。でもパジャマ姿じゃ恥ずかしい! かと言ってもう一回服着るのもなあ……

 ダメだ。やっぱり悩みは尽きない。何日か前にも同じ事を悩んだけれど、結局答えは出ず仕舞いだった。

 自分の成長の無さに軽く凹みつつ、色々と考えを巡らせている間に昼休みが終わって予鈴が鳴ってしまった。

 いつの間に帰ってきたのか、雄大が私の斜め前の席に腰を下ろす。

 今日も朝から特に話はしていないけれど、昨日の様にモヤモヤする事は無かった。

 まあ、ずっと考え事をしていたというのも有るけれど、ちゃんと帰宅した後の約束も有るし。「後でね」って本当に安心する言葉だなあ。

 思わず、弛みそうになる頬を必死で抑えながら、昼からの授業をやはり上の空で流していた。


 放課後、部活を終えて体育館の前を通り掛かると、バスケ部もどうやら今終わった所の様だ。良かった。雄大の部活は観たいけど、またあの視線に晒されるかと思うと正直ちょっとひるむから。

 わらわらと出て来たメンバーの先頭に立つ、見覚えの有る人と目が合ってペコリと会釈すると、彼の顔がほころんだ。


「何だ、入ってくれば良かったのに」

「いえ、私も今さっき部活終わったところなので」

「そうなんだ? じゃあ、またね」


 私に軽く手を振ってチームメイトと去って行く彼の背中を見送っていたら、背後からボソリと声がした。


「……いつの間にキャプテンと親しくなった訳?」

「え? 別に、挨拶しかしてないよ?」

「ふうん」


 一言呟いて早足で昇降口へと向かう雄大を慌てて追い掛けた。

 ちょっ……歩くの速いよ。

 ザクザクと歩みを進める雄大を、小走りで追いかけているにもかかわらず、着いて行くのが精一杯だ。

 いつも隣を歩いてくれていたから余り気にした事は無かったけど、雄大とこんなにも身長差がついていたんだなあ……

 目線が同じだったあの頃は、つい最近の話だと思っていたのに。


 荒い息を吐きながらようやく靴を履き替えた頃には、雄大の姿は遥か校門の方まで遠ざかっている。

(何で待ってくれないのよー……)

 暫く懸命に追ったけれど、ドクドクと激しく暴れる動悸の所為せいで、これ以上走る事は出来ず、小さくなる雄大の背中を見つめて唇をぎゅっと噛んだ。


 何をそんなに怒っているのか知らないけれど、この分じゃもしかして「今夜の約束」も反故ほご?! そんなの嫌だよ! 朝から楽しみにしてたのに……!


 遂に立ち止まって膝に乗せた両手に体重を掛けつつ、地面を見つめて荒い息と押し寄せる嗚咽に堪えていたら、不意に手首を掴まれた。

 吃驚びっくりして見上げると、其処には仏頂面の雄大。


「……帰るぞ」

「う……うん」


 戻って来てくれたんだ? でも、そもそも何で置いて行かれたの?

 バスケ部は雄大の領域だから立ち入るなって事?

 練習観られるの、あんまり嬉しそうじゃなかったから、中には入らなかったのに納得がいかない。

 強めの力で握られた手首からドキドキが全身を回る中、何だか釈然としない思いを抱えて、密かに溜息を吐いた。

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