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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
26/56

藤咲さん(木曜日)

「おはよ」

「おはよー……」


 いつもの様に家の前で待ち合わせて挨拶を交わす。ちょっぴり照れ臭そうに笑う雄大に応えたけれど、何だか速まる鼓動の所為せいで、上手く笑えなかったかも知れない。

 昨晩は少し沈んでしまったけど、こうして顔を見て微笑み合うと、やっぱり幸せでホワンと胸が温かくなる。

 そっと差し出された手を握ると、それだけで胸がキュンと締まった。

 手を繋ぐだけでこんなにドキドキするんだもん。先の事なんて焦らなくてもいいよね。

 そう思ったら何だかストンと気が抜けて、自然に笑みが溢れた。


「何?」

「ううん」


 頬の弛む私に若干訝いぶかし気な視線が落ちたけど、キスより先を完全否定されて沈んだなんて、とてもじゃないけど言えない。

 苦笑を返した私に「まあいいけど」と呟いた彼は、一瞬訪れた沈黙の後に微かな咳払いをして再び口を開いた。


「……日曜日なんだけどさ」

「うん」


 日曜日。何処かに行こうって言ったよね? 初めてのデートらしいデートになるのかな。

 何処に行くんだろう。考えたら更にドキドキしてきちゃった。


「行きたいトコとか、有る?」

「あっ、ううん」

「は? 無いの?」


 眉間に皺を寄せた雄大に、慌てて手を振って否定した。


「や、無いっていうか、何処でもいいっていうか」

「え?」


 ますます不満そうな表情の雄大を見上げて、どうやってこの気持ちを伝えようかと考えながら言葉を繋ぐ。


「あの……ユータと2人で過ごせるなら、何処でも……」


 声に出すと何だかすごく気恥ずかしくて、カーッと顔に熱が昇る。

 すっごい恥ずかしい事言っちゃったかも。

 自覚が有る程に熱い顔をそうっと上げると、雄大の顔も結構染まってた。

 口をポカンと開けて呆けた様に私を見つめた彼は、暫くして視線を逸らすと、落ち着かない感じでコホンと咳払いをした。

 通学路の真ん中で思わず立ち止まって話をする私たちに、注がれる幾つかの視線を感じて、急いでその場を後にした。

 雄大に手を引かれて、無言のまま何となく早足で学校へと向かっていたら、あっという間に見えて来た校門。

 あー……着いちゃったのか……

 何だかいい雰囲気だったのに残念。でもあれ以上周囲に晒される勇気もないけどね……

 内心苦笑しながら雄大を見上げると彼は、ポリポリと頭を掻いて口を開いた。


「あのさ……」

「あー、坂井くん高橋さん、オハヨー」

「ふ、藤咲さん……おはよ」


 雄大の言葉を遮って不意に掛けられた声に、一瞬ビクッとしつつ挨拶を返したけど、顔はきっと引き攣っていたに違いない。

 数秒後、彼女の視線が顔から手に落ちたのを見て、慌てて繋いだままだった手をパッと放した。


「あ、ゴメン邪魔しちゃった? 気にしないで続けてー?」


 ……いや、気になるから。

 何とも言えない沈黙が漂った空間をどう処理しようかと考えあぐねていたら、軽い溜息を吐いた雄大が私に向かって言った。


「アキラ、さっきの話考えといて」

「あ……うん」


 さっきのって、きっとアレだよね? 「行きたいトコ」のことだよね。

 どうしよう。何処がいいかな?


「また夜にでも相談しような」


 ソワソワした私に微笑みつつ言い残した雄大は、通りがかったクラスの男子と一緒に談笑しながら先に校舎に向かって言った。


「仲良いよねー」


 うっかり雄大の背中を見つめていて、背後から掛けられた声に思わずビクッと身体がしなった。

 しまった。彼女の存在をすっかり忘れていた。


「いいな〜、あたしも三木センパイと手とか繋ぎたーい」

「……バスケ部キャプテンの?」


 頭の中には、昨日声を掛けられた精悍な顔立ちの先輩が浮かぶ。


「うん」

「付き合ってるの?」


 何気なく聞いたら藤咲さんの顔が染まった。

 ……あれ?


「ううんー、全然片想いー……」


 呟いて、困った様にへへっと笑った彼女は、何だかとても親しみ易く見えた。


「ねー、今日もバスケ部観に行く?」

「どうかな。部活が終わる時間による」

「そっかー」

「藤咲さん行くの?」

「行きたいんだけどぉ、一人って目立つから高橋さんも一緒だったら良いなーって思って」


 目立つのは好きなのかと思っていた。何だか意外。


「でも、部活じゃしょうがないね。頑張って一人で行くよー」

「友達誘わないの?」


 何の気無しに訊ねたら、再び苦笑を漏らして言った。


「居ないんだよねーそれが」

「え」


 居ない? だって、彼女はいつも男子達と楽し気に談笑してて……

 いや、言われてみれば女子と連るんでるのって見ないかも。


「あたしー、女の子達に嫌われてるし」

「……そう?」

「高橋さんも、苦手だって思ってるでしょー?」

「……」


 正直、苦手なだけに反論出来ない。


「人見知りだし、自分から寄ってくのって何か苦手なんだぁ」

「そうなんだ……」

「高橋さんは、優しーよね」

「え?」

「ちゃんと話聞いてくれるし。坂井くんもそういうトコとかスキなのかな?」


 不意を突かれて顔が一気に火照った。


「あ、真っ赤。カワイー」

「〜〜ッ」

「やっぱ、良いなー、両想い。羨まし〜」

「……告白、しないの?」


 これ以上顔を熱くしたくなくて、何とか話題を逸らそうと訊ねた答えは「自信無い」だった。


「なんで??」


 そんなに可愛いのに。それで自信無かったら私なんてどうすれば良いのっ。


「『男子に媚び売ってる』とかー、『喋り方が馬鹿っぽい』とかー……思われたらどうしよう、って」


 それは、彼女に対して流れている陰口じゃないか。本人の耳に入ってたんだ……


「語尾伸ばすの癖なんだよねー。中々直らなくって」


 確かに、男子に甘えてそういう喋り方なのかと思ってた。でも、私と喋っている今も特に作った様子は無い。どうやらこれが彼女の「地」らしい。何か、色々誤解してたかも。


「……そっか」


 何か、安易に「大丈夫」とか言えない気がして、短く一言だけ返した。

 彼女はそれ以上何も言わず、「教室行こっかぁ」とにっこり笑って言った。

 誰が見ても可愛くていつも笑ってる藤咲さんには、悩みなんて無いと思ってたけど、結構色々有るんだなあ……


「放課後、観に行けたらいいねー」

「うん」


 雄大の部活姿は欲目抜きで本当に格好良かった。正直、雄大しか目に入ってなくて、三木先輩がどんなだったか全然覚えてないんだけど……


「でもすっごい緊張するー」

「え?」


 問い返した私に彼女は、アヒル口でハニカんで言った。


「部活見学するだけで一杯一杯なんだぁ」

「……そっか」


 何だか親近感。私もよく一杯一杯になっちゃうから。

 自己紹介を聞いて、特に友達になりたいとは思えなかったけど、意外と気が合うのかも知れないな。

 そんな事を思いながら他愛も無い話をしつつ、教室の扉を開けた。


***


「おはよ、晶」

「梅ちゃん、おはよー」

「藤咲さんと一緒だったんだ?」

「うん、校門の所で逢って」


 逢ったのかな? 向こうから声を掛けられたけど……

 人見知りだって言ってたし、大分頑張ったのだろうか。


「話しにくくない?」


 少し声を潜めた梅香に、ううんと首を振った。


「そうでもないよ?」

「ふうん」


 そう言った梅香が数回の瞬きをした時、予鈴が鳴り響いて会話はしまいとなった。

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