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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
22/56

帰宅(水曜日)

 程無く部活が終わって、雄大と一緒に帰宅する事になったけど、……沈黙。

 ポケットに手を突っ込んで、私から視線を逸らして黙って歩く雄大に、話しかける事は出来ずにシュンと沈んで、半歩下がって着いて行く。

 そんなに迷惑だったのかな。部活観に行ったこと。

 それとも、昨日手を繋いで仲良く帰った事は夢だった?

 夢じゃないなら、どうして今日はこんなに冷たいの? ううん、朝は優しかった。じゃあ学校で私、何かしちゃった?

 何が悪かったのか分からない。直接訊ねる勇気もなく、俯いてきゅっと唇を噛んだ。


「……なんで観に来んだよ」


 不意にボソリと呟かれて、堪えきれずに鼻腔がジンと熱くなった。

 主語は無いけど、やっぱり部活の話だよね?

 観たかったの。そんなにいけない事だったの? だってそれに、


「ユータ、来てもいいって言ってたじゃん……」

「え?」

「藤咲さんは良くても、私はダメなの?」


 口に出した途端、遂に決壊した涙腺から雫が溢れた。

 ギョッと瞳を見開いた雄大から、くるりと背を向けて全力で駆け出した。


「ちょっ、アキラ!」


 慌てて駆け寄って来た雄大にあっさりと手首を掴まれて、反射的に暴れたけれど全くビクともしなくて更に悔しい。


「どこ行くんだよ、家はそっちじゃねーぞ」

「どこでもいいでしょ!」


 声を荒げて振り払おうとしたら、雄大の力が益々強くなった。


「良い訳あるか!!!」


 物凄い大声で怒鳴り返されて、全身がビクッとしなって硬直した。

 固まっている私に、消えそうな声で「ごめん」と呟いた雄大が、泣きそうな顔で俯いた。

 その顔にズキンと胸が痛んで、何も言えずに佇んでいると雄大は、私の手首を柔らかく握り直して家路をゆっくりと歩き出した。

 掴まれている手首からトクトクと流れる脈を意識していると、雄大がチラリと此方こちらを見てもう一度「ごめん」と呟いた。

 一瞬合った視線を下に逸らして、黙って首を横に振ると、手首を握っていた手が少し下がって、遠慮がちに私の手を包んだ。

 ドキリと跳ねた心臓を感じつつ、雄大の顔を見上げると彼は、少し眉間を寄せて切なそうに私を見つめていた。


「………バレンタインの日さ、」


 大分躊躇しながら口を開いた雄大の顔から瞳を逸らせずに、唾をコクンと呑んで見つめていると、その手に僅かに力が篭った。


「アキラ居なくなって、本気で心臓潰れるかと思った」

「……」

「もう、あんな思いしたくないんだ」

「……」

「どこも行くなよ……頼むから」


 絞り出す様に言いながら、わたしを見ていた視線は完全に下がって、語尾が震えている。

 同時に、柔らかく包まれていた手は、ぎゅうっと握り締められた。

 ……痛い。でもきっと、この痛みは、雄大の心の痛みだ。


「……ごめん」


 小さな声で謝ると、地面を睨んでいた雄大がそっと顔を上げた。

 あの時、必死で探してくれた雄大はとても嬉しかったけど、未だにこんなに傷ついているなんて思ってもみなかった。

 「ごめん」ともう一度声に出さずに呟いて、溢れそうな涙を堪えながら雄大を見つめていたら、一瞬顔を赤くした雄大が頭をガシガシと掻いてそっぽを向いた。

 ……あ、手が離れちゃった。未だぬくもりの残る手を見つめて佇んでいたら、数歩先に居た雄大が振り返って言った。


「帰らねーの?」

「……あの、」


 頭の中には「どうして晶から行かないの?」と言った梅香の科白せりふがぐるぐると回って湯気が昇る。

 不思議そうに見つめる雄大の顔から、僅かに視線を下に逸らしながら、息を吸い込んで思いきって声を発した。


「……て、手っ……繋いじゃ、ダメ?」


 声裏返っちゃった。恥ずかしい!

 それよりも、無言で固まっている雄大の反応が怖い。もしも拒否されたら、再び逃走したい気分だ。顔にどんどん集まる熱を感じながら、続く沈黙に涙までもが浮かぶ。

 お願いだから、何か言って欲しい……

 堪えきれなくて熱い顔をそっと上げたら、口を開けたままの雄大の顔も同じく赤かった。

 ……え? もしかして、失敗? 私、そんなに変な事言った?

 若干血の気が引いた状態で、どうしようかとオロオロしていたら、ふと私に近付いた雄大に、そっと手を握られて体温が上昇した。


「……いいの?」

「え?」

「や、だって、手ぇ握ったらアキラ固まるから」

「え?!」

「……今朝も、早く離したそうだったし」


 今朝?! いやまあ確かに、雄大に好意を寄せてる女の子達……雄大に言わせればそれは誤解らしいけど……に睨まれるのが嫌で離れようとした、けど……


「学校で仲良くすんのもやっぱ嫌なんだろ?」

「へ?」

「落ち着かない感じで周りばっか見てた」


 そりゃ、周りの視線感じるし、気にならないと言えば嘘になる。

 でも、冷たくされるより、恥ずかしい方が何倍もマシなのに。

 この気持ちをどうやって伝えようかと考えあぐねていたら、雄大が躊躇しつつボソッと呟いた。


「………おれを観て欲しいのに………」


 え?!! 自分の耳を疑う発言に、瞳も口も大きく開いたまま固まって見つめていると、雄大の頬が限界まで火照り始めた。

 初めて耳にした雄大の欲求に、心臓がドクドクと暴れておでこまで一気に熱が駆け上がる。


「み、観てるよ」

「え?」

「今日も、ずっと観てた」


 でも、知ってる筈だ。なんたって、私が朝から溜息を吐きまくっていたのを知ってるのだから。なのに、どうして。


「どうして、こっち見てくれなかったの……?」

「……だってさ」


 言い難そうに口を開いた雄大に、胸がきゅっと締まる。


「……アキラ見てたら傍に行きたくなるし」


 へ??


「傍に行ったら、触りたくなるし」

「は……?」

「うっかりベタベタして、アキラに嫌な思いさせたら嫌じゃん」


 それでなの? 私が嫌がると思って、あんな素っ気ない態度……

 鼻の奥がじんと熱くなった。こんなに大事に想ってくれてたんだ?


「あの、じゃあ、部活見て怒ったのは……?」

「怒ってない」

「でも」


 でも、あれは確実に避けられてた。なんで見にくるんだよって目で見てた。


「……恥ずかしいじゃん」

「え?」

「予告なくアキラが見に来て、ヘマしたら格好悪いだろ」


 それって……私が見てたら緊張して、って事?

 拗ねた様に口を尖らせる横顔を暫く眺めて、微かにふっと笑いを零した私を、雄大は怪訝な顔で見遣った。


「何だよ」

「だって、今更だよ」

「は?」

「格好悪い所なんて、数えきれないぐらい見てる」

「……ッ」


 絶句して固まった雄大に、暫く黙った後に「それに」と小さく言った。


「……カッコ良かった」

「……え?」

「だから……格好良かったよ、すごく」


 雄大を真っ直ぐ見られなくて、視線を游がせながらも何とか素直な感想を述べると、彼の頬が赤く染まった。

 頭をポリポリと掻いてそっぽを向いた雄大に、胸がキュンと締まった。

 昼間の落ち込みが嘘の様に、今は嬉しいドキドキで満たされていて、思わず手をきゅっと繋ぎ直したら、一瞬強い力で握り返された後、改めてゆっくりと指を絡めて繋がれた。

 相変わらず視線は此方こちらを向いては居ないけれど、照れた横顔が目に入るだけで、鼓動は限界一杯まで速いリズムを奏でている。


「……なあ」

「うん?」

「……今から、ウチ来る?」

「え」


 唐突なお誘いに思考回路が停止した。雄大ん家? えっと……夕飯を食べに来いって事?


「うん」


 突然行ったらおばさんが困るんじゃないかとも思うけど、まあ、挨拶だけして帰ってもいっか。

 そう軽く考えて雄大の家に入ったら、……誰も居なかった。

 ……え?

 静まり返った部屋を見渡して数回瞬きをした私は、後ろから不意に抱き締められた。

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