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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
20/56

微妙な距離(水曜日)

晶視点です。

「おはよう」

 窓際の席で外を眺める守田くんに声を掛けたら、彼はビクッと身体を震わせてこちらを振り返った。後ろから突然声を掛けて悪かったかな。

 驚いた様に私をまじまじと眺めた彼は、やがて視線を逸らして軽い溜息を吐きつつ「何?」と呟いた。

 今までのイメージからして、てっきり笑って挨拶してくれるものだと思っていただけに、聞いた事の無い彼の冷たい声に困惑を隠せない。

 思わず「怒ってる?」と訊いたら益々怒らせてしまった様で。戸惑いつつ、怖ず怖ずと昨日の謝罪を述べたら、更に表情が険しくなった。

 どうしよう。相当怒ってるんだ? 昨日、話を遮られたこと。そりゃ、怒るよね。守田くんの事、完全にないがしろにしたんだもん。

 しゅんとしながらも、折角持って来てくれた本を受け取れなかった事を再度謝ると、ようやく表情が少し和らいだ。

 その事に少し安堵して、もう一度貸してもらえないかと頼むと、やっといつもの様に微笑んで快諾してくれた。

 許してもらえたのかな? 良かった。これから一年、何かと付き合いがあるのに気まずいままだと何か嫌だし。

 心からホッとしたところで、梅香に呼ばれてその場を後にした。


***


「晶、守田くんと何か話してたの?」

「うん、昨日の事謝ってた」

「……ユータくんとの事?」

「うん? まあ、そうなのかな? 守田くんが貸してくれようとした本、ユータが遮っちゃったから」

「へえ」


 梅香の言い方に何か引っ掛かりを覚えて、眉を僅かにしかめると、彼女は私の肩をポンポンと叩いてニマッと笑った。


「ユータくんて意外と妬くんだね」

「え?」

「ヤキモチ」

「は? や、そうじゃなくて、私が体調悪いのに気付いて……」

「だって、わざわざ遮ったんでしょ? 本借りるぐらい一瞬なんだから、その後でも良いのにねぇ?」


 ……言われてみれば、そうかも知れないけど……でも、それぐらいで妬くかなあ?

 でももしかして、そうだったらと思うと、顔に熱が集まってくる。

 そんな些細な事ですらも、気にしてくれたのかも、と思うだけで脈が3割増し速くなった。想像ですらこれなんだから、雄大に直接肯定されたらきっと、倍速になるに違いない。


「やん、晶可愛ー」

「え?」

「ほっぺ赤いよ?」

「え?!」


 慌てて頬を両手で包んだ私をニヤけてつついていた梅香は、やがてフウッと息を吐き出してにっこりと微笑んだ。


「よかったね」

「うん?」

「晶、すごく幸せそう」

「……うん」


 思えば、梅香にはよく慰めてもらったなあ。しょっちゅう暗くなってる私をいっぱい励ましてくれた。幾ら感謝しても足りないな。


「ありがとね、梅ちゃん」

「どういたしまして」


 もう一度私に微笑んだ梅香の視線が、ふと私の後ろに飛んだ。

 つられて振り返ったけど、其処にはこれといって何も見当たらない。


「どうかした?」

「……ううん」


 キョトンと瞬きをした私に数瞬の沈黙と小さな溜息を落とした梅香が、ほんの少し複雑な表情を浮かべた。


「……しょうがないよね」

「うん?」

「や、晶はユータくんの事が、すきですきで仕方が無いんだから」

「なっ」


 もれなく真っ赤になった私をよしよしと撫でて笑った梅香は、いつも通りの笑顔で、さっき僅かに見せた複雑な顔は、既に微塵も見当たらなかった。


***


 今日、実は休み時間になる度に、密かにソワソワしていた。

 だって、昨日あんなに構ってくれたから。交際宣言もしたんだし、休み時間にはもう少し話とかするのかと思ってた。

 でも、結論から言うと、それは全然さっぱりだった。今朝昇降口で別れたっきり、一言も話していない。

 ……こんなものなの? 何だか拍子抜けだ。朝から一人でドキドキしていた自分が、ちょっぴり馬鹿みたい。

 ふーっと小さく溜息を吐いて雄大に目を向けた。彼は何時いつもの様に教卓の近くで、クラスの男子と他愛ない話をして笑い合っている。

 そりゃ、教室で甘い空気をかもし出されても困ってしまうけど、何て言うか、もうちょっと、こう……

 一人で悶々としている私の心境など、きっと雄大は知らないに違いない。

 再度溜息を吐いて、ふと窓側に目を向けると、守田くんと一瞬目が合った気がした。

 ……あれ? 今、こっちを見てた?

 暫く観察してみたけど、手元の本を真剣に読んでいるようで、それっきり顔を上げる事は無かった。

 気のせい? まあ、そうだよね。たまたま顔を上げた瞬間を見てしまっただけだろう。

 そう思って再び雄大に視線を移したけれど、こちらは一瞬たりとも視線が合う事は無く、新たな溜息を静かに零して4限目の教科書を机上に出した。


 もうすぐ昼休みだけど、私はいつも梅香と昼食を摂ってるし、雄大だってきっと男友達と食べるのだろう。

 そうすると、このまま帰るまで一言も話さないのだろうか。ようやく付き合ってる感じになったのに、もう終了なの? また今までの様な、付かず離れずの雰囲気に逆戻り?

 授業終わりのチャイムに紛れて派手に溜息を放ったら、先生が教室を出た途端、斜め前から雄大が振り返って訊いた。


「何だよ、朝から溜息ばっか吐いて」

「へ?!」


 二度目の溜息をごくりと呑み込んで素っ頓狂な声を上げてしまった。

 まさか聞いていたなんて。いや、それよりも『朝から』って言った?

 昨日の体調不良と言い、どうして目が合いもしないのに私の言動が把握されているんだろう。


「何か不満?」


 瞳がおよぐ私に少々口を尖らせながら重ねて訊いた雄大に、ふるふると首を横に振った。

 不満……雄大がちっともこっちを見てくれないとか? 休み時間なのに話しかけてくれないとか? ダメダメダメ、絶対言えない。

 雄大を独り占めしたいだなんて、自己中にも程が有ると思うと気持ちが沈んだ。こんな事を考えてるなんて知られたら、嫌われてしまいそうで怖い。


「……何も」


 俯いて答えた私を暫く眺めた雄大は、ムッとした表情で「あっそ」と呟いた。

 ……なんか、不機嫌?

 そのまま重い沈黙が漂って、やがて大分躊躇した様に雄大が口を開いた。


「……昼は、小谷と食うの?」

「あ、うん」

「じゃあ……おれ、今日学食行ってくるから」


 そう告げた雄大は、鞄から財布を出してクラスの男子達と教室を出て行った。

 今日、お弁当じゃないんだ? おばさん、寝坊しちゃったのかな。

 でもやっぱり、お昼も別々なんだ……

 がっかりした私の肩がポンポンと叩かれて、振り向くと梅香が立っていた。


「別に、遠慮しなくてよかったのに」

「え?」

「あたしなら、適当に食べるから」

「え? 何の話?」

「は? だから、ユータくん。断らなくても良かったのに」


 断る? 心底キョトンとした私に梅香が『まさか』といった眼差しを向けた。


「気付かなかった?」

「え?」

「昼食のお誘い」

「ええ?!」

「『小谷と食べる?』って、そこでノーって言えば、『じゃあおれと』でしょ?」

「え、まさか!」


 それは幾らなんでも都合良すぎない? 全然そんな雰囲気じゃなかったし。

 慌てて否定した私に、梅香は盛大に溜息を吐いた。


「コレは進展遅そうだなー……」


 何が?!

 深く訊く事も出来ずに固まった私の肩を再び軽く叩いた梅香は、私の前の席にやれやれと腰を下ろした。


「とりあえず、お弁当食べよっか」

「う、うん……」


 食べ始めたけど、さっき梅香が言った事が気になって、中々箸が進まない。

 本当に誘ってくれたんだとしたら、どうしよう。

 折角のチャンスをふいにしてしまった自分に、またしても溜息が溢れた。


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