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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
中学生編
2/56

身近な存在 2

 授業が終わって、いつもなら窓から悪態つきにやってくる奴が、今日は来ない。

「晶、帰んないの?」

「あ、私……ちょっと用事。梅ちゃん先帰って?」

「そ? じゃあバイバイ」

 梅香に笑顔で手を振った後、暫くそわそわ待って溜息を零す。

(何やってんだろ、私……)

 大溜息を吐きつつ、のろのろと席を立って昇降口へと降りた。

 雄大のクラスも覗いてみたかったけれど、守田くんに逢ったらどんな顔をしていいか分からない。

 靴を取ろうとしたら下駄箱の中にメモが有った。そこには見慣れた字ででっかく『肉マン』と書いてあって、傍に百円玉が貼付けてある。

(奢るって、こういう事? これはちょっと酷くない? 私とは、口もききたくないって事?!)

 無性に哀しくなってメモごと百円玉を握り締めた。泣きそうな気持ちと怒りが一緒にやってきて、とにかく一言言わなきゃ気が済まなくて。家まで歩けば10分程の距離を目一杯走って帰った。


 そして、鞄も置かずに開けたのは隣の家のドアだ。この時間おばさんはパートで居ないけど、勝手知ったる隣の家。

 でも、玄関先に雄大のでもおじさんのでもない靴が有って、ふと足が止まる。

(誰か来てる……?)

 そういえば、家庭教師がどうとか言っていた様な気がする。

「ユータ……?」

 小さな声で呼び掛けたけれど、返事も物音もしない。暫く躊躇した後、そっと階段を上がってドアを開けようとしたら、中から話し声が漏れ聞こえてきた。

「センセ、何食ったらそんなデカくなんの?」

「は? 別に?」

「……」

「何だよ、突然」

「おれ、デカくなりたいんだけど」

「なるだろ」

「え?」

「お前、手足デカいし。高校入ったら伸びるだろ」

「マジで?」

「俺も伸びたの高校入ってからだし」

「へー……」

「お前ぐらいん時は……165ぐらいだったかな」

「……今すぐ伸びたい」

「なんで?」

「…………チビは嫌なんだってさ」

「お、すきな子か?」


 悪いとは思ったけれど、その場に釘付けで交わされる会話から耳が離せない。

(……誰? それ)

 コクッと小さく唾を飲んだ瞬間、鞄から携帯が鳴り響いてビクリと身体が震えた。慌てて鞄を探る私の視界が突然明るくなって顔を上げると、目の前にはドアを勢いよく開けて固まってる雄大が居た。

「アキラ、いつから……!」

「ご、ゴメン、あの……」

 慌てて弁解しようとしたけれど、言葉が思いつかない。

「へー、もしかしてその子?」

 雄大の後ろから響いた声に視線を移すと、かなりカッコイイ人が長い脚を組んで座っていて。思わず見惚れた私の耳に雄大の大声が飛び込んだ。

「違う! 違うって! 全っ然!!」

(……解ってたけど……)

 完全否定の言葉に胸をさっくり刺されて、その場から逃げていた。

 もう明日から普通にケンカ出来ない。逃げちゃったから、きっと私の気持ちだってバレたに違いない。

 必死で涙を呑み込みながら雄大の家を後にして自分の家に飛び込むと、そのまま布団を被った。

(バカバカバカ。ユータのバカ!)

 ……ううん、バカは私。勝手にちょっと期待してしまっただけだ。

 無意識に溢れた涙が布団を湿らせる。


 胸……苦しい。2回目の失恋……


***


 その頃、晶の去った部屋で頭を深々と抱える雄大の姿が在った。

「追いかけなくていいのか?」

「……」

「マジで違うんなら良いけど、嘘なら後悔するぞ」

 溜息と共に言った家庭教をチラリと見上げて呟いた。

「……センセーも後悔とかすんの?」

「しょっちゅうな」

 自嘲した家庭教に無言を返した雄大は、暫くして何かを決心した様にガバッと飛び起きた。

「センセ、サンキュ!」

「おう。残り宿題にしてやるよ」

「一言多いんだよ!」

 言い捨てて部屋を飛び出した雄大を見送って、家庭教がやれやれと苦笑を溢した。

「……俺とレベルあんま変わんねーな……」


***


 ……コンコン。

 布団を被って嗚咽を漏らしていたら、静かな部屋にノックが響いた。突然の事にびくっと身体を震わせて、恐る恐る布団から顔を出してドアを見つめて息を呑む。

「……アキラ?」

(なんでユータが来るのよーっ!)

「居ない!」

 自分でも訳が分からない。

「居るだろ。入るぞ」

 ドアが開いて近付いてくる人の気配を感じて、慌てて涙を拭いて起き上がった。

「何よっ、勝手に入って来ないでっ」

「お前だってしょっちゅう勝手に入って来んだろ」

「何しに来たの!?」

 なんでこんな事を言ってしまうのだろう。まるで可愛いげの無い自分が嫌になる。

「……別に……」

 ムッと黙った雄大に、震える声を必死で抑えて小さな声で告げた。

「もう、ウチ来ない方がいいよ」

「何で?」

「……だって、ユータのすきな子に誤解されちゃう」

 雄大の顔はとても見れなくて俯いた。

「わ……私だって、困……るし」

「守田の事?」

「……」

「……付き合うのかよ、あいつと」

「そ……かもね」

 心にもない台詞を口にした途端、凄く泣きそうになった。

 雄大は唇を噛み締めた私に何も言わずに床に座り込んだ。暫く沈黙が続いて重い空気が漂う中、やがて雄大が口を開いた。

「……あいつの何処がいいんだよ」

(どこって……そんなこと言われても)

 不意の質問に答えられなくて目がおよぐ。

「おれの方がアキラの事よく解ってるし!」

 突然声を張り上げた雄大にビックリして、彼をまじまじと眺めた。

「……2年待てよ」

「え?」

「アキラが見上げる位でっかくなるから2年待てッ!」

 叫んで部屋を飛び出した雄大の背中を呆然と見送る。

 いったい何の話だろう。私が見上げるぐらいって……もしかして、身長の話? だとしたら何を待つと言うのか。まるで訳が分からない。

 混乱する頭で立ち上がって窓を開ける。

「ユータ!」

 ちょうど目の前の雄大の部屋に叫ぶ。暫くして仏頂面で窓を開けた雄大に、頭の中がぐしゃぐしゃのまま問いかけた。

「何よ、今のっ」

「……マジで解んねーの?」

「解る訳ないじゃない」

「……鈍い」

「な……!」

 再び声を張り上げかけた私を雄大の大声が遮った。

「すきだっつってんだよ!!」

 言葉が上手く飲み込めなくて、一瞬の間を置いて湯気を噴いた。そんな私より赤面した雄大がむくれている。

「なんで……?」

「は?」

「だって、只の幼馴染みだって……」

「……」

「中1の時、教室で話してたじゃない」

 呆然とそう呟くと、暫くの沈黙のあと「……アキラがだろ」と返答が有った。

「え?」

「……友達に、オレとは何の関係も無いって」

「は?」

「それ聞いて諦めたのに……何言ってんだよ」

(……嘘……)

「どうせチビの幼馴染みなんかに興味無いだろうけど」

「……」

「言わないと後悔するって教わったから」

 黙ったままの私から視線を逸らした雄大との間に重い沈黙が横たわる。視線を泳がせて俯いた顔をふと上げると、私を見つめる真っ直ぐな瞳が在った。

「……アキラが、すきだ」

 一瞬、息が止まった。

「ホン、ト?」

「お前……人生で初めて告ったのに疑うのかよ」

「違っ……」

 否定しかけてボロボロ泣き始めた私に雄大が慌てて「ちょっ……泣くなよ!」と言った。

 直後、左右を見渡して、1m強は有るだろう、窓と窓の距離を乗り越えて私の部屋に滑り込む。そして立ったまま泣きじゃくる私にそうっと手を回して遠慮がちにぽんぽんと背中を叩いた。その手に押されるようにユータに少し寄り添うと、一瞬の間が有って、きゅっと抱きしめられた。

 壊れそうなぐらいに鼓動が暴れている。

「アキラ、いい匂い」

 耳元で囁かれて身体の芯がカーッと熱くなる。

「し……身長なんて、関係ないよ」

「え?」

「……私も、ずっと前からユータの事……」

 小さな声で呟くと、密着してた身体を僅かに離して、間近で穴が開く程に見つめられた。

「おれの事……が、何?」

「……っ、と……その……」

 肝心な言葉が言えずに、どんどん顔が熱くなる。そんな自分が恥ずかしくて益々真っ赤になる。顔が上げられなくて、俯いたまま消えそうな声で「すき」と呟くと、更に強く抱きしめられて、耳元に溜息が掛かった。

「もっと早く言えよ!」

「ユータこそっ」

 私たちの関係は、そう簡単に変わりそうにないけれど。

 明日からはもう少し素直になれそうな、そんな予感がする。

 実は、この作品はスピンオフでして、作中の家庭教がメインの小説が存在します。ムーンさんで連載中。オトナの方、宜しかったらどうぞ。

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