想いの陰で(水曜日)
守田くん視点で。少々短めです。
朝、いつもの時間に登校して何の気無く窓の外を眺めると、校門の所で見慣れた人影が目に入った。
一人は、俺の想い人で、もう一人は……その彼氏。
仲睦まじいその様子に、身体の中をぎゅうっと絞られる様な痛みが生じて、思わず拳を固く握りしめ、奥歯をギリッと噛み締めた。
「……ッ」
言葉に成らないその痛みを、身体の奥深くに押し込んで瞼を閉じると、そこに中学時代の光景が浮かんだ。
***
「ちょっと、ユータ!」
「おーアキラ」
「おー、じゃないよ。返してよノート」
「あー悪い悪い」
「こっち5限だから昼休みまでに返してって言ったのに!」
中学3年の時、ノートをやり取りしながら坂井と口喧嘩をする光景をよく見ていた。
初めは、賑やかだなあと思いながら微笑ましく眺めていたのだが、気付くと彼女を目で追っていた。坂井相手にクルクルと表情を変える彼女を。時折見せる笑顔にどうしようもなく惹かれていった。
その視線の先に、俺が微塵も入っていない事など分かっている。
話した事も無い俺に想われるのは迷惑かも知れないが、その視界に少しでも入りたくて告白をする事に決めた。
結果は見事に玉砕。
しかし、そこで諦めるつもりは無かった。彼女の視界の隅に入る事は成功したと思うし、今後また機会を見て友達からでも始められたら……
***
自分でも諦めが悪いと思う。彼女には、きっぱりと振られたのだし。
『……気持ちは嬉しいけど私……すきな人が』
それが誰かとは彼女は言わなかったけれど、十中八九、坂井だろう。彼女が彼奴を見る目は、幼馴染みに向けられたものではないと思うから。
しかし、坂井の周りには他の女子が居る事が多かったし、彼女と居てもベタベタする訳でもない。もしかして、彼女の片思いでは無いかと考えた事もあった。
漸く同じクラスになれて、同じ委員になる事も出来て、会話が増えて来た矢先だったのに。微かに抱いていた希望は、昨日これでもかという程に粉々に打ち砕かれた。
俺が全く気付かなかった彼女の体調不良を見抜いて、保健室へと連れて行った彼奴はそのまま2限中教室に帰ってこず、昼休みにも消えたと思ったら、あろう事かしっかりと手を繋いで教室に現れた。
『見ての通り、おれのだから』
わざわざ俺を見て発せられたその科白に、胃を押し潰された様に苦いものが込み上げる。ムカムカと沸き起こる嫌な感情を押し殺そうと、顔を逸らして深呼吸してみたが、一度崩れた平常心は元に戻せそうにない。
その日は、授業などとてもじゃないが耳に入らず、楽しみにしていた委員会も上の空で、ただ早く下校時間が訪れる事だけを願っていた。
そして今朝、重い身体を引きずる様に登校したら、これだ。
昨日と違って自分に向けられた牽制ではないが、朝から凹むには充分過ぎる光景だった。
自分に入り込む隙はないと分かっていても、これはあまりに辛い。これから一年、こんな針の筵に座らなければならないかと思うと、それだけで胃がキリキリと痛んだ。
彼女を忘れて新たな気持ちになれたら、楽だろうけど……
そう思って深い溜息を吐き出す。そんな事が出来るなら、とっくに思い出になっている筈だ。今まで残っていた想いが、そう簡単に消える訳がない。
しかも、昨年までより大分近い位置に居る分、それは益々難しい事の様に思えた。
彼女に完全に背を向けて、密かに溜息を零しまくっていたら、不意に「おはよう」と声をかけられて、本気で身体がビクリと撓った。
「あ……吃驚させちゃった? ごめん」
聞き間違える筈の無い声に恐る恐る振り向くと、そこには申し訳無さげに佇む彼女。
「……や、大丈夫」
掠れる声を絞り出して何とか答えたものの、ちっとも大丈夫ではない。心臓は壊れそうに主張して、耳元で恐ろしい程バクバクと波打っているし、一瞬でも気を抜けば頭の天辺まで熱が駆け上がりそうだ。
……睨むなよ、坂井。こっちが睨みたい気分だ。
彼女の背後から浴びせられる鋭い視線に辟易しつつ、彼女から僅かに視線を逸らしてボソリと呟いた。
「……何?」
自分でも冷たい声を発したと思うが、到底にこやかに笑いかけられる心情ではない。キリキリ痛む胃を押さえて唇を噛むと、怖ず怖ずと彼女に尋ねられた。
「守田くん……怒ってる?」
「……別に……俺に、何か用?」
彼女との会話を早く終わらせたくて、突っ慳貪に問い返すと、一瞬彼女がビクッと身体を震わせたのを感じて、胸に新たな痛みが生じた。
「あの……昨日はごめんなさい」
「え?」
何を謝られたのだろう。坂井と付き合った事? 俺に見せつけたこと?
そんな事を謝られる筋合いも無いし、余計に惨めだ。
「昨日……せっかく本、持って来てくれたのに」
「ああ……」
すっかり忘れていた。その後の出来事が衝撃的すぎて。
「もし良かったら、また貸してくれる?」
「……」
「……迷惑だったら、いいんだけど」
少し沈んだ彼女から、そっと後ろに視線を遣ると、そこにはもう俺を睨む奴の姿は見えず、安堵して漸く僅かに笑みを零した。
「いいよ、持ってくる」
「ホント? ありがとう!」
弾けた様ににっこりと微笑まれて、どうしようもなく鼓動が加速していく。
顔が赤くなっていないか心配だ。
未だ祝福は出来そうにも無いけれど、もう少し想っているだけならいいだろうか。
そして、彼奴に向ける何分の一かで良いから、俺にも笑顔を向けて欲しい。
そう思って苦笑が溢れる。それは充分贅沢な望みだな……
しかし、本心だ。彼女が幸せならそれで良いなんて、綺麗事は言えない。少なくとも今は。
「おはよう、晶」と現れた小谷と、一緒に笑いながら去った彼女の後ろ姿を眺めながら、まだ速いままの鼓動に対して、何度目かの溜息を密かに吐き出した。
次回は晶視点での「窓辺のやくそく」続きです。ちなみにラストに出て来た「小谷」は梅ちゃんです。