表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
19/56

想いの陰で(水曜日)

守田くん視点で。少々短めです。

 朝、いつもの時間に登校して何の気無く窓の外を眺めると、校門の所で見慣れた人影が目に入った。

 一人は、俺の想い人で、もう一人は……その彼氏。

 仲睦まじいその様子に、身体の中をぎゅうっと絞られる様な痛みが生じて、思わず拳を固く握りしめ、奥歯をギリッと噛み締めた。


「……ッ」


 言葉に成らないその痛みを、身体の奥深くに押し込んで瞼を閉じると、そこに中学時代の光景が浮かんだ。


***


「ちょっと、ユータ!」

「おーアキラ」

「おー、じゃないよ。返してよノート」

「あー悪い悪い」

「こっち5限だから昼休みまでに返してって言ったのに!」


 中学3年の時、ノートをやり取りしながら坂井と口喧嘩をする光景をよく見ていた。

 初めは、賑やかだなあと思いながら微笑ましく眺めていたのだが、気付くと彼女を目で追っていた。坂井相手にクルクルと表情を変える彼女を。時折見せる笑顔にどうしようもなく惹かれていった。

 その視線の先に、俺が微塵も入っていない事など分かっている。

 話した事も無い俺に想われるのは迷惑かも知れないが、その視界に少しでも入りたくて告白をする事に決めた。

 結果は見事に玉砕。

 しかし、そこで諦めるつもりは無かった。彼女の視界の隅に入る事は成功したと思うし、今後また機会を見て友達からでも始められたら……


***

 

 自分でも諦めが悪いと思う。彼女には、きっぱりと振られたのだし。

『……気持ちは嬉しいけど私……すきな人が』

 それが誰かとは彼女は言わなかったけれど、十中八九、坂井だろう。彼女が彼奴あいつを見る目は、幼馴染みに向けられたものではないと思うから。

 しかし、坂井の周りには他の女子が居る事が多かったし、彼女と居てもベタベタする訳でもない。もしかして、彼女の片思いでは無いかと考えた事もあった。

 漸く同じクラスになれて、同じ委員になる事も出来て、会話が増えて来た矢先だったのに。微かに抱いていた希望は、昨日これでもかという程に粉々に打ち砕かれた。


 俺が全く気付かなかった彼女の体調不良を見抜いて、保健室へと連れて行った彼奴あいつはそのまま2限中教室に帰ってこず、昼休みにも消えたと思ったら、あろう事かしっかりと手を繋いで教室に現れた。

『見ての通り、おれのだから』

 わざわざ俺を見て発せられたその科白せりふに、胃を押し潰された様に苦いものが込み上げる。ムカムカと沸き起こる嫌な感情を押し殺そうと、顔を逸らして深呼吸してみたが、一度崩れた平常心は元に戻せそうにない。

 その日は、授業などとてもじゃないが耳に入らず、楽しみにしていた委員会も上の空で、ただ早く下校時間が訪れる事だけを願っていた。


 そして今朝、重い身体を引きずる様に登校したら、これだ。

 昨日と違って自分に向けられた牽制ではないが、朝から凹むには充分過ぎる光景だった。

 自分に入り込む隙はないと分かっていても、これはあまりに辛い。これから一年、こんな針のむしろに座らなければならないかと思うと、それだけで胃がキリキリと痛んだ。

 彼女を忘れて新たな気持ちになれたら、楽だろうけど……

 そう思って深い溜息を吐き出す。そんな事が出来るなら、とっくに思い出になっている筈だ。今まで残っていた想いが、そう簡単に消える訳がない。

 しかも、昨年までより大分近い位置に居る分、それは益々難しい事の様に思えた。


 彼女に完全に背を向けて、密かに溜息を零しまくっていたら、不意に「おはよう」と声をかけられて、本気で身体がビクリとしなった。


「あ……吃驚びっくりさせちゃった? ごめん」


 聞き間違える筈の無い声に恐る恐る振り向くと、そこには申し訳無さげにたたずむ彼女。


「……や、大丈夫」


 掠れる声を絞り出して何とか答えたものの、ちっとも大丈夫ではない。心臓は壊れそうに主張して、耳元で恐ろしい程バクバクと波打っているし、一瞬でも気を抜けば頭の天辺てっぺんまで熱が駆け上がりそうだ。

 ……睨むなよ、坂井。こっちが睨みたい気分だ。

 彼女の背後から浴びせられる鋭い視線に辟易へきえきしつつ、彼女から僅かに視線を逸らしてボソリと呟いた。


「……何?」


 自分でも冷たい声を発したと思うが、到底にこやかに笑いかけられる心情ではない。キリキリ痛む胃を押さえて唇を噛むと、怖ず怖ずと彼女に尋ねられた。


「守田くん……怒ってる?」

「……別に……俺に、何か用?」


 彼女との会話を早く終わらせたくて、慳貪けんどんに問い返すと、一瞬彼女がビクッと身体を震わせたのを感じて、胸に新たな痛みが生じた。


「あの……昨日はごめんなさい」

「え?」


 何を謝られたのだろう。坂井と付き合った事? 俺に見せつけたこと?

 そんな事を謝られる筋合いも無いし、余計に惨めだ。


「昨日……せっかく本、持って来てくれたのに」

「ああ……」


 すっかり忘れていた。その後の出来事が衝撃的すぎて。


「もし良かったら、また貸してくれる?」

「……」

「……迷惑だったら、いいんだけど」


 少し沈んだ彼女から、そっと後ろに視線を遣ると、そこにはもう俺を睨む奴の姿は見えず、安堵してようやく僅かに笑みを零した。


「いいよ、持ってくる」

「ホント? ありがとう!」


 弾けた様ににっこりと微笑まれて、どうしようもなく鼓動が加速していく。

 顔が赤くなっていないか心配だ。


 未だ祝福は出来そうにも無いけれど、もう少し想っているだけならいいだろうか。

 そして、彼奴あいつに向ける何分の一かで良いから、俺にも笑顔を向けて欲しい。

 そう思って苦笑が溢れる。それは充分贅沢な望みだな……

 しかし、本心だ。彼女が幸せならそれで良いなんて、綺麗事は言えない。少なくとも今は。

 「おはよう、晶」と現れた小谷と、一緒に笑いながら去った彼女の後ろ姿を眺めながら、まだ速いままの鼓動に対して、何度目かの溜息を密かに吐き出した。

次回は晶視点での「窓辺のやくそく」続きです。ちなみにラストに出て来た「小谷」は梅ちゃんです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ