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きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
18/56

登校の途中(水曜日)

 そして翌日、いつもの時間に「いってきます」と表に出たら、いつもの様に塀にもたれて立っている雄大。

 その光景に照れ笑いをかみ殺しつつ、ホッと安堵の溜息を漏らした。


「アキラ、おはよ」


 にっこりと笑みを向けられて、朝から鼓動が加速する。


「……おはよ」


 顔を直視する事は出来ずに、俯いて小さな声で応えたら、不意に下から覗き込まれて勢いよく湯気を噴いた。

 そんな私を覗き込んだまま、雄大がふっと笑いを零した。


「……朝イチでそんな反応って、照れるよなー」

「……っ!」


 雄大こそ、朝イチでそんな爆弾発言……!

 アワアワしている私などお構いなしに、もう一度微笑んで大きな手を差し出された。

 怖ず怖ずとその手を取ると、一拍置いてきゅっと握られて、自分ではどうしようもなく体温が上がっていく。


「な、昨日の英語の課題やった?」

「うん」

「ガッコ着いたら見せて?」

「ええっ、またぁ?!」


 「いつもどおり」、返事してるつもりだけど、歩きながら徐々に深く絡められる手指のせいで、秒針の倍ほどの速度で鼓動が全身を駆け巡っている。

 だから、自分では分からないけれど、もしかしたら声が震えているかも知れない。

 雄大は平気なんだろうか。

 少し高い所に在る横顔をそっと窺うけど、彼の内心はまるで読めない。

 まあ、手なんて、それこそ2歳ぐらいの時からずーっと繋いでる訳で、どうってことないのかも知れないのだけど……

 お腹に溜まった僅かなモヤモヤを消化出来ずに、うつむいて微かな溜息を吐いたら、雄大に目敏めざとく見つけられた。


「何だよ、溜息吐いて」

「えっ、な何でも!」

「アキラの『何でもない』は当てになんないからなぁ」


 呆れた様に言われて、二の句が継げずにグッと押し黙る。

 事実、雄大の気持ちを探る様な事を考えていた訳で、反論の仕様が無かった。

 彼の気持ちは、はっきりと何度か聞いたし、今この瞬間も優しく絡む指先によって確証済みなのに、まだそんな事を考えてしまうなんて、贅沢にも程がある。

 いくら親しくても、相手を全部解るなんて不可能なのに。

 そう思った後、ふと昔を思い出して小さく笑いを零した私に、雄大が首を傾げた。


「うん?」

「……ううん、何でも」

「何だよー」


 プッと膨れた雄大に胸の奥が反応する。

 小さい頃は、雄大の事なら何でも分かってると思ってた。

 どうしてそんな事を思ったのか分からないけど、当然の様にそう思ってた。

 今と同じ様に手を繋いで歩く、この距離感で。

 でも、あの頃とはまるで違う、溢れんばかりの胸のトキメキ。

 普通、こんなに一緒に居たら、恋心なんて失せるのかも知れないけど、私は日増しに大きくなってる。もし、雄大も同じ様に感じてくれていたら、すごく嬉しいんだけどな……

 もう一度そっと横顔に視線を移したら、彼が私と反対側の手で軽く額を掻いた。


「……そんなに見られたら恥ずかしーんだけど」

「え」


 思わず呆気にとられた私をちらっと見遣って、フイと顔を逸らした雄大に、更なる胸の高鳴りを覚えた。


「……だって、見てたいんだもん」

「〜〜ッッ!」


 ぼそりと本音を呟くと、雄大の横顔が一気に赤みを帯びた。

 どうしよう。嬉しくて弛む頬が戻らない。繋いでない方の手で口元を覆ったけれど、隠しきれない笑いが口の端から漏れる。


「笑うなよっ」

「笑ってない」

「嘘つけ」

「嘘じゃないって」


 笑いながらじゃれていたら、校門が見えて来た。

 ……楽しかったな。うん、今までで一番楽しい登校時間だった。この後は、また雄大目当ての子が寄って来るのかな。

 堂々と交際宣言したんだから、そういう子達にも私の事、ちゃんと言ってくれるんじゃないかって期待はするけど……あの雄大がいきなり邪険にするとは考え難い。

 正直、女の子と楽しそうに会話する雄大は見たくなくて、ここで別れて先に教室に行こうかと繋がれている手を引っ張った。


「離すの?」

「……うん」

「……やっぱ、見られんの嫌い?」

「え?」

「おれは、このまま教室行きたいんだけど」

「え、だって……!」


 早く離さないと他の子が来ちゃう。「彼女」なんだから堂々としていたいとは思うけど、

ここ何年間で蓄積されてしまった感情は、そう簡単にリセット出来ない。


「あ、ユーター? オハヨ」


 内心バタバタと藻掻もがいている内に背後から女の子の声がして、ビクッと身体が跳ねた。思わず繋がったままの手をぎゅっと握りしめたら、ふっと小さく吐息を漏らした雄大に頭を軽くポンポンされた。

 (にっ二度目のポンポン……!)

 意識が横に逸れた私の手を柔らかく包み直した雄大の視線は、私から声を掛けてきた女子へと移った。

 つられてそちらを見ると、其処に居たのは知らない子。去年同じクラスだった子かな。


「おはよ」

「何か久し振りだね……って、うわっ。ちょっと、朝からラブラブ?!」

「まーね?」

「いーなあ! あたしにも幸せ分けてよ〜」

「嫌だ。減る」

「わー。ケチ」


 笑いながら去っていった彼女を見送って、暫しの沈黙の後、再び私に視線が落ちる。


「……なんか誤解してると思うけど」

「……え?」

「おれの周りに居る女子なんて、皆あんなのだから」


(あんな? って?)

 きょとんとした私に雄大の溜息が降った。


「だから……男扱いされてないっつーか。アキラが心配する様な事、何も無いから」


 気付いてたんだ? モヤモヤしてた私の事。

 私だって、雄大以外の男子と喋る事もあるし、こんな事思うのは筋違いだって解ってるんだけど……でも。


「……あんなに仲良さげな女友達が、いっぱい居るんだね……」


 ふーっと息を吐き出した私に、目を丸くした雄大がパチパチと何度か瞬きをした。


「アキラ」

「……何」

「朝から反則多すぎだろ」

「は? どういう意味?」


 眉間に軽く皺を寄せて訊き返した私に雄大は、深々と溜息を吐き出して頭をがしがしと掻いた。


「そういう意味だよ!」

「はあ? 全然解んない」

「だからっ……」


 私と瞳を合わせて、何か言葉を発しようとした雄大は、大きな口を開けたまま暫し固まって、やがて唇を噛んで顔を逸らした。


「……可愛いって意味だよ」


 ぎりぎり私の耳に届いたその呟きに、おでこまで一気に熱が駆け上がった。

 16年一緒に居て、そんな事言われた事無いのに!!

 昨日からの甘い空気の連続に、思わず叫びたい程の鼓動がバクバクと流れて全身を支配してる。朝からこんなことで心臓持つんだろうか。


「アキラ、顔赤い」

「だっだってっ、ユータが!」

「アキラが言わせるからだろ! 察しろよ!」

「無理! 今まで言われた事無いし!」


 口論の最中に堪えきれなくて両手で顔を被った事で、手繋ぎ登校は終了した訳だけど、校門前でのそれは、思っていたより目立っていたみたいで。

 教室に入った途端、梅香の冷やかしを目一杯浴びる羽目になったのだ。


「あーっ、あたしも朝からカレに甘い事言われた〜い」

「えっ、ちょっと梅ちゃん聞いてたの?!」

「えっ、言われたの? ちょっと、何言われたのよ〜教えてよ」

「ええ?!!」


 何? カマ掛けられた?


 もれなく湯気を噴いて、鞄で顔を覆って梅香とじゃれていた私は知らなかったんだ。

 こちらを見ていた守田くんが、苦い顔で視線を逸らした事を。

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