表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみの家まで30秒  作者: 柏原みほ
高校2年『窓辺のやくそく』
16/56

公認(水曜日〜火曜日)

「お・は・よ」

「……何? 梅ちゃん」


 朝、登校した途端に、親友・梅香のニマニマした挨拶を受けて若干後退る。


「見たよ〜、朝からゴチソウサマっ」

「……!!」


 彼女の言いたい事が分かって顔が熱くなる。

 きっと、雄大と一緒に登校して来たのを見られたのだ。

 いや、登校は幼稚園の頃から……正確には登園だけれども……一緒で、特に珍しいものではないのだけれど。

 違うのは、雄大の手が私のそれに触れていた事。しかも、べったり。絡められていたと言っても良い程に。

 要するに、恋人繋ぎで登校した私たちを目撃されたのだ。


「あ〜、いいなあ〜、あたしも彼とおんなじ高校に通いたかった〜」


 私ではなく、空中を眺めてうっとりと物思いにふける梅香に苦笑して、頭に浮かぶのは昨日の出来事。


***


 保健室から、有無を言わさずに手を引かれて教室へと帰って来て、そのまま躊躇ためらわずに扉を開けようとする雄大に、慌てて体重を後ろに掛けた。


「何だよ」

「ちょ、ちょっと心の準備が……!」


 焦って、小声で「待った」を掛けた私に、呆れ顔で小さく溜息を吐いたかと思ったら、次の瞬間、ガラッと扉が開けられた。

 開けたのは、雄大だ。


「……っ!!」


 声にならない悲鳴を上げた私は、ううん、私たちは、クラス中の注目の的。

 一瞬、シーンと静まり返った教室は、ヒューッと誰かが吹いた口笛を皮切りに、蜂の巣をつついた様に騒然となった。


「えーっ、やっぱり2人付き合ってるんだ!?」

「何だよ坂井、見せつけるなよ!」

「保健室とか言って、デートしてた?」

「えー、ウソ、いいなー!」


 予想はしていたけれども、クラス中に冷やかされて頬はおろか、耳もおでこも熱い。

 暫くしても興奮の治まらないクラスメイトに対して雄大は、平然と言い放った。


「見ての通り、おれのだから」

「〜〜〜っっ!!」


 更に騒々しくなった教室を横目に、限界まで火照っている私をちらりと見て、握っている手に力が込められた。


「……だろ?」

「……ッ」

「違うの?」

「そっ……そうだけどっ……」


 どもりながらも何とか答えると、雄大が嬉しそうにハニカんだ。

 そんな顔で笑うなんて反則だ。私がどれだけドキドキしてるか知ってるの?

 知る訳が無いのはよく分かっているけれど、恥ずかしさのあまり、思わずにはいられない。

 雄大には昔から、ふとした仕草や言葉にドキドキさせられっぱなしだ。

 熱すぎる頬を被いたくて、繋がれている手を手前に引くけれど、まるでビクともしない。


「ちょ……ユータ、あの、そろそろ……」


 怖ず怖ずと提言してみると、苦笑気味の視線を寄越よこして、ようやく雄大の手の力が弛んだ。

 ありがとう、と言いかけたところに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「じゃ、あとで」

「あ、うん」


 何気なく返事をして席に着いたところで、保健室での会話を思い出した。


 そう言えば、家に行くとか言った? 今まで我慢してた分がどうとか……

 え、あとでって、そういう意味?? 我慢って、我慢って……!!


 頭から溢れる程の思考で一杯一杯になってしまって、もちろん午後の授業など全く聞いていなかった。


***


 何となく速い鼓動が治まらないまま委員会を終えて、昇降口で一人、靴を履き替える。守田くんは、会が終わって直ぐに何処かへ行ってしまったから。まあ、特に私と帰る理由も無いだろうしね。

 雄大は後でって言ったけど、部活忙しそうだし、帰ったら直ぐ晩ご飯だし、そんな時間無いよね……? また夜にでも、窓越しに話するのかな?


 それは、割と日常的な光景ではあるけれど、「あとで」と約束を交わした事で、とても特別な時間に感じる。

 今までと違って、何だか甘くなりそうなその時間を思って、自然に笑みを零しながら校舎を出て校門へと向かった。


「……何笑ってんの」


 不意に、含み笑いで声を掛けられて、ビクッと全身が震えた。


「え!? え、ユータ? なんで?!」


 まだ部活に励んでいるとばかり思っていた雄大が、校門にもたれる様に立っているのが見えて、鼓動がトクリと跳ねた。


「なんでって、待ってたんだよ」

「え? 部活、大会前で忙しいんじゃないの?」

「いや、それほどでも……」

「だって、今朝も朝練……」


 そう言いかけたら、雄大が片手で口元を被って視線を逸らした。


「ユータ?」

「……それはホラ、あれだよ」

「は??」


 あれ? って何が?

 キョトンとした私の手を、当たり前の様にそっと取った雄大は、顔を背けたまま、言い難そうにモゴモゴと言葉を繋いだ。


「ごめん」

「……へ??」


 何がごめんなのだろう。ますます疑問符が飛んだ私を、一瞬ちらりと見遣った彼は、繋いでいない方の手の指で軽く頬を掻いた。


「あれはその……口実っていうか……」

「え?」

「ちょっと……アキラと顔合わせ辛かったからさ……」


 ……そっか。初めて「いっしょに登校」をすっぽかされたのは、そう言う理由だったのか。それにしても。


「すごい悲しかったよ」


 今朝の重い感情が体内によみがえって来て、知らず声が震えた。 

 暫く沈黙に包まれた後、俯いていた私の手は、改めて絡める様に繋ぎ直されて、更にその手に力が篭る。

 私の手は決して痛くないけれど、胸の奥は痛い程にきゅうっと締め付けられた。


「……ごめん」


 絞り出す様に呟かれたその声にそっと顔を上げると、瞳に真剣な表情の雄大が映った。

 間近で見つめる彼の視線に捉えられて、鼓動がどんどん速まっていく。


「……やだよ」

「うん?」

「もう……置いてっちゃ、やだよ?」


 僅かに下唇を噛みつつ、小さな声で告げると、雄大の頬が少し染まって視線が逸らされた。


「……わかった」


 呟いた後、数秒の沈黙があって……私と目を合わせないまま、モゴモゴと言葉を発した雄大。


「あー……もー……」


 不意に、何故かうめいて頭をがしがし掻く雄大をキョトンと見上げると、一瞬だけこちらに向いた視線は、直ぐに反対側に行ってしまった。


「どうしたの?」

「……反則」

「? 何が?」

「……いきなりそんな事言ったらビックリするだろ」

「……ッ」


 いきなりそんな事言われたら、こっちが吃驚びっくりするよ!!

 勢いよく、熱がおでこまで駆け上がった私を知ってか知らずか、ただ、繋がれている手だけに力が篭った。

 まるでその手から鼓動が発生しているかの様に、大きく響くドキドキを感じる。

 熱い顔をちらりと彼に向けると、表情は全く窺えないけれど、かなり赤く染まった耳が見えた。

 どうしよう。嬉しい。嬉しくて鼓動がバクバクと踊ってる。

 そして同時に、どうして今まで漠然と不安だったか分かったんだ。

 きっと、自分が想う程、想われてる実感がなかったから。ずっと、おそらく今と同じ様に想いを寄せてくれていたんだろうけど、こんなに表に出してくれなかったから。

 ……そういえば、どうして急に??

 その疑問を雄大にぶつけると、ムッとした様子で不機嫌な声が降って来た。


「だってアキラ、いつまで経ってもおれの事カレシ扱いしてくれねーし」

「……は?」


 心外だ。さっぱり彼女扱いしてくれなかったのは雄大の方なのに。


「は? じゃなくて。だったらもう、公言するしか無いだろ」

「ええ?!」


 そんな理由でクラス中に交際宣言したの?

 目を丸くした私に雄大は、ねた様に呟いた。


「………やっぱ、迷惑だった?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ