公認(水曜日〜火曜日)
「お・は・よ」
「……何? 梅ちゃん」
朝、登校した途端に、親友・梅香のニマニマした挨拶を受けて若干後退る。
「見たよ〜、朝からゴチソウサマっ」
「……!!」
彼女の言いたい事が分かって顔が熱くなる。
きっと、雄大と一緒に登校して来たのを見られたのだ。
いや、登校は幼稚園の頃から……正確には登園だけれども……一緒で、特に珍しいものではないのだけれど。
違うのは、雄大の手が私のそれに触れていた事。しかも、べったり。絡められていたと言っても良い程に。
要するに、恋人繋ぎで登校した私たちを目撃されたのだ。
「あ〜、いいなあ〜、あたしも彼とおんなじ高校に通いたかった〜」
私ではなく、空中を眺めてうっとりと物思いに耽る梅香に苦笑して、頭に浮かぶのは昨日の出来事。
***
保健室から、有無を言わさずに手を引かれて教室へと帰って来て、そのまま躊躇わずに扉を開けようとする雄大に、慌てて体重を後ろに掛けた。
「何だよ」
「ちょ、ちょっと心の準備が……!」
焦って、小声で「待った」を掛けた私に、呆れ顔で小さく溜息を吐いたかと思ったら、次の瞬間、ガラッと扉が開けられた。
開けたのは、雄大だ。
「……っ!!」
声にならない悲鳴を上げた私は、ううん、私たちは、クラス中の注目の的。
一瞬、シーンと静まり返った教室は、ヒューッと誰かが吹いた口笛を皮切りに、蜂の巣をつついた様に騒然となった。
「えーっ、やっぱり2人付き合ってるんだ!?」
「何だよ坂井、見せつけるなよ!」
「保健室とか言って、デートしてた?」
「えー、ウソ、いいなー!」
予想はしていたけれども、クラス中に冷やかされて頬は疎か、耳もおでこも熱い。
暫くしても興奮の治まらないクラスメイトに対して雄大は、平然と言い放った。
「見ての通り、おれのだから」
「〜〜〜っっ!!」
更に騒々しくなった教室を横目に、限界まで火照っている私をちらりと見て、握っている手に力が込められた。
「……だろ?」
「……ッ」
「違うの?」
「そっ……そうだけどっ……」
吃りながらも何とか答えると、雄大が嬉しそうにハニカんだ。
そんな顔で笑うなんて反則だ。私がどれだけドキドキしてるか知ってるの?
知る訳が無いのはよく分かっているけれど、恥ずかしさのあまり、思わずにはいられない。
雄大には昔から、ふとした仕草や言葉にドキドキさせられっぱなしだ。
熱すぎる頬を被いたくて、繋がれている手を手前に引くけれど、まるでビクともしない。
「ちょ……ユータ、あの、そろそろ……」
怖ず怖ずと提言してみると、苦笑気味の視線を寄越して、漸く雄大の手の力が弛んだ。
ありがとう、と言いかけたところに、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「じゃ、あとで」
「あ、うん」
何気なく返事をして席に着いたところで、保健室での会話を思い出した。
そう言えば、家に行くとか言った? 今まで我慢してた分がどうとか……
え、あとでって、そういう意味?? 我慢って、我慢って……!!
頭から溢れる程の思考で一杯一杯になってしまって、もちろん午後の授業など全く聞いていなかった。
***
何となく速い鼓動が治まらないまま委員会を終えて、昇降口で一人、靴を履き替える。守田くんは、会が終わって直ぐに何処かへ行ってしまったから。まあ、特に私と帰る理由も無いだろうしね。
雄大は後でって言ったけど、部活忙しそうだし、帰ったら直ぐ晩ご飯だし、そんな時間無いよね……? また夜にでも、窓越しに話するのかな?
それは、割と日常的な光景ではあるけれど、「あとで」と約束を交わした事で、とても特別な時間に感じる。
今までと違って、何だか甘くなりそうなその時間を思って、自然に笑みを零しながら校舎を出て校門へと向かった。
「……何笑ってんの」
不意に、含み笑いで声を掛けられて、ビクッと全身が震えた。
「え!? え、ユータ? なんで?!」
まだ部活に励んでいるとばかり思っていた雄大が、校門に凭れる様に立っているのが見えて、鼓動がトクリと跳ねた。
「なんでって、待ってたんだよ」
「え? 部活、大会前で忙しいんじゃないの?」
「いや、それほどでも……」
「だって、今朝も朝練……」
そう言いかけたら、雄大が片手で口元を被って視線を逸らした。
「ユータ?」
「……それはホラ、あれだよ」
「は??」
あれ? って何が?
キョトンとした私の手を、当たり前の様にそっと取った雄大は、顔を背けたまま、言い難そうにモゴモゴと言葉を繋いだ。
「ごめん」
「……へ??」
何がごめんなのだろう。ますます疑問符が飛んだ私を、一瞬ちらりと見遣った彼は、繋いでいない方の手の指で軽く頬を掻いた。
「あれはその……口実っていうか……」
「え?」
「ちょっと……アキラと顔合わせ辛かったからさ……」
……そっか。初めて「いっしょに登校」をすっぽかされたのは、そう言う理由だったのか。それにしても。
「すごい悲しかったよ」
今朝の重い感情が体内に蘇って来て、知らず声が震えた。
暫く沈黙に包まれた後、俯いていた私の手は、改めて絡める様に繋ぎ直されて、更にその手に力が篭る。
私の手は決して痛くないけれど、胸の奥は痛い程にきゅうっと締め付けられた。
「……ごめん」
絞り出す様に呟かれたその声にそっと顔を上げると、瞳に真剣な表情の雄大が映った。
間近で見つめる彼の視線に捉えられて、鼓動がどんどん速まっていく。
「……やだよ」
「うん?」
「もう……置いてっちゃ、やだよ?」
僅かに下唇を噛みつつ、小さな声で告げると、雄大の頬が少し染まって視線が逸らされた。
「……わかった」
呟いた後、数秒の沈黙があって……私と目を合わせないまま、モゴモゴと言葉を発した雄大。
「あー……もー……」
不意に、何故か呻いて頭をがしがし掻く雄大をキョトンと見上げると、一瞬だけこちらに向いた視線は、直ぐに反対側に行ってしまった。
「どうしたの?」
「……反則」
「? 何が?」
「……いきなりそんな事言ったらビックリするだろ」
「……ッ」
いきなりそんな事言われたら、こっちが吃驚するよ!!
勢いよく、熱がおでこまで駆け上がった私を知ってか知らずか、ただ、繋がれている手だけに力が篭った。
まるでその手から鼓動が発生しているかの様に、大きく響くドキドキを感じる。
熱い顔をちらりと彼に向けると、表情は全く窺えないけれど、かなり赤く染まった耳が見えた。
どうしよう。嬉しい。嬉しくて鼓動がバクバクと踊ってる。
そして同時に、どうして今まで漠然と不安だったか分かったんだ。
きっと、自分が想う程、想われてる実感がなかったから。ずっと、おそらく今と同じ様に想いを寄せてくれていたんだろうけど、こんなに表に出してくれなかったから。
……そういえば、どうして急に??
その疑問を雄大にぶつけると、ムッとした様子で不機嫌な声が降って来た。
「だってアキラ、いつまで経ってもおれの事カレシ扱いしてくれねーし」
「……は?」
心外だ。さっぱり彼女扱いしてくれなかったのは雄大の方なのに。
「は? じゃなくて。だったらもう、公言するしか無いだろ」
「ええ?!」
そんな理由でクラス中に交際宣言したの?
目を丸くした私に雄大は、拗ねた様に呟いた。
「………やっぱ、迷惑だった?」